写真・文/植田正恵

89.離島にも押し寄せる税金・保険料
月刊アクアネット2010年10月号

 

 田舎暮らしはお金がかからない。
 水納島くらい田舎になると、商店もコンビニも喫茶店も飲み屋もないから、そもそもお金の使いようがない。
 都内に勤めていた頃は、片道
1時間半くらいかけて会社まで通っていたから、その道中も勤め先近辺でも、魅惑に満ちた消費ゾーンがあったのに、自宅が事務所も兼ねている今では、「通勤」の費用さえ必要ない。

 人間が生活していくためには、衣食住をはじめとする、生活に必要なものを確保しなければならない。
 ところが水納島での「衣」は、夏はTシャツ短パン、冬でもラフな格好で十分だ。「食」は、特に冬であれば野菜は売るほどできるし、魚介類は季節を問わず天気のいいときに海から獲ってくればいい。「住」も、吹けば飛びそうとはいえ一応持ち家なので、家賃も必要ない。
 そうなると島外に出て豪遊したり生活必需品の何かが壊れたり、自分自身が病気さえしないかぎり、あまり現金の必要がなくなる。

 これは程度の差こそあれ沖縄の田舎に住んでいればフツーのことで、事の善悪はともかく、無理をしてガツガツ仕事をしようという気にはなかなかならないのが道理。普段プラプラしつつ、暮らしていけるだけのお金をときおり稼げばいいやあ、という生活になっても生きていけるのだから。
 沖縄の田舎に来ると、日が高いうちから集まってお酒を飲んでいるおとっつぁん方や、定職に着いていなさそうな若者がウヨウヨしているのも、やはりその辺に理由があるのだろう。

 そういうわけで、私もせっかく田舎で暮らしているのだから、何もガツガツ血眼になってお金儲けをする必要なんてない生活を目指していた。夫婦二人食べていければ特に問題はないのだ。

 ところが最近は、格差社会を助長するかのような政策のせいで、生活に必要な費用とはまったく関係なく、低い所得なのにごっそり税金やら保険料やらをもっていかれるようになってきた。島で慎ましやかに暮らすのに必要なお金の、何十倍もの税金や年金や各種保険料を支払わなければならない社会っていったい何なのだろう??

 今では高齢者すらももぎ取られるようになったそれら各種保険料などは、もちろん島のおじいおばあたちも年金から天引きされている。行政の手が届かない島では公道ですらその整備・清掃は島民の手で、もちろん無償で行っており、当然のように島の高齢者もその作業に参加する。「行政の義務」を無償で行いながら、そのうえナケナシの収入から「国民の義務」を行政にもぎ取られてしまうだなんて……。

 その他離島ならではの不便や苦労を甘んじて受け入れながらもつましく生活しているというのに、税金や保険料は都会と同額というのは、普通に考えて理不尽極まりない。しかし国民すべてがサラリーマンであれといわんばかりの国の政策がこの先もずっと続く限り、霞を食べて生きているだけの仙人さえも、やがてはなんらかの保険料をむしりとられるようになるのだろう。

 「田舎暮らし」はそのうち、セレブな方々しか享受できないような、限りなくゼータクな暮らし方の一つになるのかもしれない……。