エビカニ倶楽部

アシビロサンゴヤドリガニ

甲幅 3mm

 エビカニ変態社会が帝国化した弊害は多々あれど、私もまたその恩恵に与かっている、ということは紛れもないジジツである。

 私がアシビロサンゴヤドリガニと出会うことができたのも、エビカニ変態帝国の情報量とその発信能力に負うところ大で、エビカニ変態社会が昔のように小さな村のままで居続けていたら、私は今もなおこのカニの存在を知らないままでいたかもしれない。

 帝国化したエビカニ変態社会におけるガイドダイバーの変態度は筆舌に尽くしがたく(…誉め言葉です)、とりわけ変態度が凄まじい柏島のガイドさんがこのカニの生前の姿を海中で初めて紹介してくれたのだそうだ。

 アシビロサンゴヤドリガニ自体は随分昔にアカデミック変態社会においてその存在が知られていたようなのだけど、サンゴごと採集したところにいた標本だったのか、海中での彼らの生態は長くベールに覆われていたのだ。

 このカニが特定のサンゴの表面で観られるということがネット上で広くあまねく知られるところとなったのは2011年のことで、その後「柏島にいるのなら沖縄にもいるんじゃね?」と論理的に考えた石垣島のエビカニ変態帝国幹部級ガイドさんが沖縄でも発見、以後急速に県内のどこにでもいることが判明した。

 とはいえネット上の変態社会とは縁がない私なので、そのままアシビロサンゴヤドリガニを知ることなく一生を終えていてもおかしくはなかったところ、当店屈指の変態社会在住ダイバーかねやまんさんが、無知なる私の蒙を啓いてくれた。

 しかもセルフで潜っている彼は、

 「これがそのカニです」

 と、ご丁寧にも海中でわざわざ私に教えてくれたのだった。

 当店の「セルフダイビング」とは、魅惑的クリーチャー発見用の「眼」になるほか、スタッフに知識を分け与えるという責務をも負っているのである(どんな店なんだか…)。

 かねやまんさんのおかげで初めて実物を目の当たりにし私は、思わず…

 「小っさッ!」

 …と声が出てしまった。

 しかもうまい具合にサンゴの表面に自らの体形に合った窪みを成形し、そこにピト…とおさまっている。

 このテの人知れず埋もれて隠れてヒッソリと生きている小さなカニはたいてい隠れ家の色味に似ているものなのに、このカニときたら無理にこの場に置かれてしまったかのごとく、不必要なまでに美しい。

 こりゃエビカニ変態帝国で人気が出るのも当然だ。

 かねやまんさんのおかげで彼らの生息状況がわかってからは、ヨコミゾスリバチサンゴ(と思われるサンゴ)をサーチするたびに、私もそこかしこで目にするようになった。

 日中はほぼ例外なく窪みにピト…とおさまっている彼らながら、見比べてみると微妙に色味が異なることに気づく。

 これは隠れ家のサンゴの色味にある程度合わせているからだろうか。

 それでも隠れているポーズのままでいることには変わりがないから、世のヘンタイさんたちは、七つ道具のうちから細い針金なりロックタイを取り出し、アシビロサンゴガニが隠れ家から出るよう仕向ける技術を身につけた。

 なので、カニさんがたとえピト…となっていても…

 …手品~ニャ。

 日中にこういう姿が観られることはまずないにもかかわらず、アシビロサンゴヤドリガニが全身を惜しげもなくさらしているということは、すなわちその写真が十中八九ヤラセであることを物語っている。

 もっとも、アシビロサンゴヤドリガニは↓このように完璧に窪みに埋もれていることもある。

 この状態のものを無理矢理ほじりだそうとすると、カニが(物理的に)傷ついてしまうから注意が必要だ。

 隠れているカニの状態にかかわらず、せっかく隠れているところを追い出せば、いずれにせよカニは(精神的に)傷ついてしまうかもしれない。

 外に出ている姿を拝見して初めて知ったところによると、彼らはジッとしている分、体表に藻が生えるようだ。

 手品~ニャで外に出されてもアシビロサンゴヤドリガニはわりと落ち着いていて、脚に着いた藻をとっているのか、脚に付いた粘液を食べているのか、ときおりセルフフットケアをすることもある。

 どういうわけだかアシビロサンゴヤドリガニが好んで隠れ家を作るのはスリバチサンゴで、このサンゴが成育しているところでさえあれば、わりとフツーに見つけることができる。

 でも大きい物でも甲幅5mmとなれば、クラシカルアイのみなさんにとってアシビロサンゴヤドリガニは、もはやいないも同然に違いない…。