エビカニ倶楽部

アザミカクレモエビ

体長 10mm

 今や四国は愛媛の有名パン屋さんとしてその名が轟く「ぱんや107」の店主よいち氏は、その半生においてクロワッサンのドレイとして過ごした1年もある。

 彼が道を踏みはずしかけていたのは2000年のことで、シーズンを通して貴重な戦力として働いてくれた。

 21世紀となった翌年にはしっかりシャバに戻ってまっとうな勤め人に返り咲いていたのだけれど、GWにはヘルプもかねて遊びに来てくれていた。

 その際彼は、「観たことがないエビがいた」と知らせてくれた。

 たまにゲストとしてお越しになる方がいう戯言(?)とは違い、1シーズンを通して水納島の海を潜り倒し、被写体探しにも明け暮れた彼の目が「見たことがない」というのだから、そこは迷うことなく彼の言葉を尊重すべきケースである。

 が。

 何度も言うように、自分の目で確認するまでは「いない」ということと同義になってしまうB型人間の私は、ここでもまた彼の言葉を真に受けはしなかった。

 というのも、そのエビがいたという宿主が、これまでずっと虱つぶしにサーチを重ねた結果、「エビが棲むことはない」と結論付けたサンゴの仲間だったのだ。

 エビGroup4でUnknown5として紹介してるエビの稿でも触れているように、チヂミトサカだかカタトサカだかの仲間と思われるこのソフトコーラルは、社長付き運転手が高級車を掃除する際に使うほこり取りのようなたたずまいで、流れに合わせて海底でいつもユラユラしている。

 当時はどこで潜ってもたくさん見られたこのトサカの仲間も、近頃では随分姿を減らしてしまった。

 よいち氏がいた頃はまだまだそこらじゅうでこのトサカがユラユラしていて、何かいはせぬかとサーチを試みるものの、一度として「何か」が暮らしていたことはなく、「サーチし甲斐のないサンゴ」と当時の私は認定していたのだ。

 そのソフトコーラルに見たことがないエビがいたといわれても、エビのイラストまで描いて教えてくれようとも、にわかには信じられなかったのも無理はない。< 自己弁護です。

 ところが、GWの繁忙期も終わりようやく時間ができたので、半信半疑、いや、一信九疑でよいち氏に案内してもらったところ、驚いたことにそこには本当に見たことのないエビがいた!

 が。

 事前に彼が絵に描いてくれたエビとは、まったく似ても似つかないんですけど?

 すると傍らにいた彼は、スレートに「この前のと違うような気がする」と書いていた。

 それはともかく、目の前にいる小さなエビが、これまで目にしたことがないエビであることは間違いない。

 その色形と宿主への執着ぶりからして、このソフトコーラルを拠り所にしているであろうことについても、もはや疑いの余地はない。

 後刻調べてみると、当時の日本国内ではまだ小笠原でしか発見例がないナガレモエビ属の1種ということだった。

 前述のようにこのソフトコーラルは相当リサーチしたつもりでいたのに、このような新たな発見があろうとは…。

 それ以後当店では、発見してくれたよいち氏に敬意を表し、このエビのことを長い間「ナガレヨイチモエビ」と呼んでいた。

 初遭遇から随分たってめでたくアザミカクレモエビという和名がついたのだけど、なにぶんナガレヨイチモエビ時代が12年続いたために、リセットできない私の脳はなかなか馴染めないでいる。

 それにしても、絵を描くのは苦手な彼があれほど一生懸命描いてくれたイラストと、まったく違う模様だったのはなぜなんだろう?

 その答えは、長いGW休暇を終えた彼が無事社会復帰したあとに待っていた。

 ヒマな梅雨時に発見現場を再訪してみたところ、同じサンゴに同じようにいる同じ大きさのエビにもかかわらず、模様がまったく異なるエビがいたのだ!

 その姿、まさによいち氏のイラストそっくり。

 結局のところ、発見直後に彼が言っていたことは、すべて真実だったのである。