甲幅 15mm
美ら海という海の美しさを称える言葉だけは昔のままでも、実際の海は昔のままとは言い難い。
近年ようやく世界的に問題視されはじめたプラスチックをはじめ、洋上を漂うゴミも相当増えている。
ダイビングをしているときに海中を漂っているビニール袋などに遭遇してしまうと、たとえガイド中でも事情が許す限り回収しているものの、洋上を漂うゴミまではなかなか手が回らない。
ときにはとんでもないサイズのゴミが漂っていることもある。
ある秋の日のこと、どこから流れてきたのか、工事現場の資材or土砂運搬用巨大袋(トン袋)が、波間にたゆたいながらポイント上に停めてあったうちのボートに近づいてきた。
こんなものを拾ってしまうと、ちゃんと「もやすゴミ」として捨てるための手間が大変なんだけど、だからといって見ぬフリもできないので舷側から回収した。
するとそこに……
…小さなカニが住み着いていた(背景はトン袋です)。
甲羅の幅は15mmほどと随分小さく、よくもまぁこんなところに暮らしていられたものだ。
きっと本来は流れ藻などの漂流物を拠り所にしている類の稚ガニなのだろう。
ポイントごとにあるボート係留用のブイやロープをすくい上げるとついていることがよくあるオキナガレガニ系かな?
しかしよく見ると甲羅の両サイドには鋭いトゲが、そして第4歩脚はヒレ状になっている。
どうやらガザミ系のようだ。
その形状からしてジャノメガザミかな?でも特徴的な斑紋が無いけど、チビの頃は模様が出ないのかも…
…と、例によってシロウトの思い込みで決めつけてしまうとまたひとつガセネタを増やすことになってしまいそうだから、ここはひとつ万全を期すためにも、沖縄県内のエビカニ第1人者である県立芸大のF教授に訊ねてみることにした(撮ってから2年後に…)。
さすがエビカニオーソリティ、年度初めの忙しい身にもかかわらず、すぐさまご教示いただいた。いわく、
ジャノメは割と小型でも紋があったと思いますが、2cmだとちょっとわからないですね。
ジャノメによく似た種としてはタイワンガザミがいます(体色は違いますが、形態的には相当似ています)。
タイワンガザミに最も似ているように思いますが、ハサミ脚の感じは別のように思います(写真だと棘などがよく見えないです。雰囲気はむしろジャノメに似ています。でも小さいので、いずれにせよ特徴は出ていないように思います)。
Portunus属で間違いはないです。
とのことで、結論的にはタイワンガザミの幼体か、その近縁種(の幼体)とのこと。
さすがに上から撮った全体写真1枚だけで種類まで求めるのは図々しかった。
とはいえ、少なくともタイワンガザミやジャノメガザミが属するガザミ属の誰かであることについては、エビカニ第1人者からお墨付きをいただいた。
ガザミ属のオトナの姿は、水産資源方面でちょくちょく目にする機会があるけれど、これくらいのチビとなると水産試験場くらいのもの。巨大ゴミが漂っていなかったら、出会う機会はなかったかもしれない。
でもこのテのカニさんのチビたちは、本来流れ藻などに寄り添って広く旅するものなのだろう。
あ。
なるほど、だから「渡り蟹」と呼ばれるのか!
< 泳いで遠くまで移動することができるからです。
巨大なゴミを拠り所にしていたこのチビカニには申し訳ないけれど、カニのために巨大ゴミを再投棄するわけにはいかない。
なので止むなくゴミを回収したその場で、チビカニを放流した。
すぐさま魚に食べられてしまったろうか、それとも持ち前の遊泳力で次なる拠り所にたどり着くことができたろうか?