エビカニ倶楽部

カンザシヤドカリ属の1種

Paguritta harmsi

甲長 6mm

 たしか前世紀のことだったと思うのだけど、カンザシヤドカリとは種類が異なるカンザシタイプのヤドカリがいることを、ゲストから教わった。

 それも、そういう種類が世の中にいる、ということではなくて、一緒に潜ってご案内していた水納島の海にいたとおっしゃる。

 すなわちゲストから教えていただいたおかげで水納島にもいることを初めて知ったヤドカリ、それがこのカンザシヤドカリ属の1種だ。

 カンザシヤドカリと似てはいてもでは何が違うのかというと、決定的に異なるのがそのハサミ脚の模様だ。

 ダイバーの平均年齢がすっかり高齢化している現在とは違い、20世紀のダイバーはまだみんな若々しかったから、こんな小さなヤドカリのハサミ脚の色模様の違いを、目を皿のようにしてサーチする根気と視力があったのだ。

 当時すでにダイビング業界的にもカンザシヤドカリ似の別種がいるということが話題になっていたようなのだけど、残念ながら学名はおろか和名もつけられてはいなかった。

 ところが、今世紀初頭に刊行された図鑑にて、カンザシヤドカリ似の別種に「ニシキカンザシヤドカリ」という和名がつけられた。

 ニシキというだけあってそのハサミ脚はカラフルなもので、冒頭の写真のヤドカリとはいささか違って見えはしたものの、例によって短絡思考でハサミ脚の色の違いはきっと個体差の範囲に違いないと決めつけ、

 「なるほど、これもニシキカンザシヤドカリなのであるな、フムフム…」

 …と勝手に納得、旧エビカニ倶楽部でも一時期このヤドカリを「ニシキカンザシヤドカリ」として紹介してしまっていた。

 そんな無知蒙昧なる私に、天からの声が。

 当時未知なるエビカニについていろいろとご教示をいただいていたご縁があった、千葉県立中央博物館・分館海の博物館の奥野淳兒氏から、畏れ多くもメールにてご指摘をいただいたのだ。

 いわく…

 (旧エビカニ倶楽部で)最近更新された「ニシキカンザシヤドカリ」とされている種ですが、ニシキとは別種と思われます。ニシキではハサミ脚の爪の先が赤いことが種内で安定している形質のようです。

 …とのことだった。

 そのほか氏は冒頭の写真の種類について、雑誌等でよく出てはいるもののまだ標本を採集して精査したことがないため、詳細はハッキリしていない(当時)という旨お知らせいただいた。

 わりと見かける機会があるのに学術的研究が進まない理由として述べられていた、「カンザシヤドカリの仲間のサンプリングって、即環境破壊につながるので、見かけてもできないんです…」という研究者の苦悩(?)も興味深かった。

 ちなみにこのヤドカリさんとの初遭遇から四半世紀近く経っている今に至るも、まだ和名はつけられていない。

 なかなかサンプリングできない事情が、本邦の研究を遅らせているのだろう。

 ただし学名はついていて、Paguritta harmsi

 経緯は知らないけれど、その昔ノーマルカンザシヤドカリに付けられていた学名がこのヤドカリのものになっている。

 水納島では初遭遇以来毎年1~2匹と出会っているこのカンザシヤドカリ属の1種、略してカンザシエスピーは、憑りつかれたようにカンザシヤドカリを撮影しているにもかかわらず遭遇頻度がその程度だから、ノーマルカンザシと比した個体数の割合は、おそらく99.9対0.1よりも低いと思われる。

 そんなに少ないカンザシエスピーにコンスタントに出会えているのは、ほかでもない、なぜだかずーっと同じサンゴのほぼ同じ場所に居続けてくれているから。

 フィルムでも撮っていた記憶があるんだけど見当たらず、デジタル記録の最古画像は2007年で、時々ブランクを空けつつも現在までずっと撮り続けている写真をザッと見てみると…


↑@2007年


↑@2008年


↑@2010年


↑@2011年


↑@2017年7月


↑@2017年11月


↑@2019年


↑@2020年


↑@2021年

 そして昨年末(2022年)も健在だった。

 15年間に渡って撮った写真はすべてが寸分たがわぬ同一の穴というわけではないものの、いずれも同じサンゴ群体の直径10cmほどの範囲に収まる圏内でのこと。

 一時は2個体いたこともあったり、サイズダウンして若返っていることもあったから、世代交代を何度か繰り返しているのだろう(寿命はどれくらいなんだろう…)。

 特異的にカンザシエスピーが観られるこの直径10cmのエリアは、いわばカンザシエスピーの世襲制ライフスペースででもあるかのよう。

 それにしても、同じサンゴにはノーマルカンザシも暮らしているのだけど、ヤドカリが分裂増殖するわけじゃなし、個体数僅少なカンザシエスピーがずーっと同じサンゴ、それもほぼ同じところで観られ続けているっていうのは、いったいどういうわけなんだろう?

 類が友を呼ぶ仕組みがあるのだろうか。

 なぜ彼らが同じ場所で観られ続けるのかは不明ながら、この間カンザシエスピーはけっして安穏と暮らし続けていたわけではない。

 彼らの巣穴があるコブハマサンゴはなんてことのない小さな岩で育っていて、そのすぐそばの砂底では、毎夏キヘリモンガラがはりきって産卵床をいくつも作る。

 そしてあまりにも近いところで産卵床作りが行われると、おうおうにしてカンザシエスピーの巣穴は…

 砂に埋もれてしまうのだ。

 しかも大事な触角をよく観ると…

 砂粒が……。

 でも心配御無用。

 エサゲットにも活躍している大事な触角は、↓こういう動きでいともたやすくクリアになる。

 ↑この動画は2008年に撮ったもので、ホントの主題は右側のハサミ脚でトントン…とサンゴをたたく様子がまるでモールス信号のよう…ということなのだけど、それとは別に、彼らが触角を使ってどのように食事しているのか、というのがわかりやすい。

 カンザシヤドカリの仲間たちは、このようにけっこう忙しなく触角を動かしているのだ。

 その他、写真を見返していたところ、肉眼ではまったく気がついていなかったことがあった。

 ノーマルカンザシもカンザシエスピーも、ハサミ脚の脇から歩脚を慎ましやかに覗かせていることが多いのだ。

 ノーマルカンザシはこんな感じ。

 そしてカンザシエスピーは…

 ノーマルカンザシはときに↓このように身を乗り出すこともあるとはいえ…

 基本的には遠慮がちに歩脚を出しているように見える。

 それに対しカンザシエスピーは、ハッキリ2本ずつ見えるほど歩脚を大胆に外に出している状態が通常スタイルのような気がする。

 かつて貝殻を宿にしていた頃の情報が、ノーマルカンザシよりもより多く遺伝子に残っているってことだったりして…。

 とまぁこんな調子で、これまで撮ったカンザシエスピーの写真はそのほとんどがカンザシエスピーライフスペースで撮ったものなんだけど、ごくわずかながら他の場所で撮影されたものもいる。

 これはだんなが2007年に撮ったもので、当時すでにこのカンザシエスピーの存在も既知のものになってはいた。

 とはいえ巣穴の周りが真っ赤なカイメンに覆われているカンザシエスピーだなんて、私はこれまで一度も観たことがなく、おそらくだんなも今のところこのときかぎりのはず。

 ところがどういうわけか、別カットが他に1枚もない!

 なんでぇ?どーしてぇ?と子どものように訊かずにはいられない。

 しかし一般的に考えれば、同じ種類のヤドカリを、何年も何枚も撮り続けている私こそ

 なんでぇ?どーしてぇ?

 ってことになるのだろうなぁ…。