エビカニ倶楽部

カラッパモドキ

甲幅 20mm

 ゲストを案内する際にはマジ撮り用のカメラを携えない、というのは当店の基本理念なのだけれど、そういう場合おうおうにして千載一遇級の出会いがある。

 冒頭の写真のカラッパモドキと出会ったのは、ゲストを一本サンゴ(現在の旧一本サンゴ)にご案内しているときだった。

 そのゲストはワイドレンズで一本サンゴを撮っているので、私は距離を置きつつ自分が写りこまないよう場所を変えていたところ、10mほど離れた砂の上で、紫色の何かが動いた。

 紫色大・大・大好きな私としてはもちろんのこと放ってはおけない。普段だったらカメラを手にしていないことに地団駄を踏みまくったことだったろう。

 ところがその時のゲストは、ゲストとは名ばかりの(でもダイビングフィーは払ってくださる)昔馴染みの方で、他所の海で一緒に遊びで潜っていたこともあり、本人の了解を得て私もカメラを持っていた。

 なのでこれ幸いとばかりに10mダッシュ、一目散にその場へ向かった。

 …はずなのに、なんとその紫色の生き物は影も形もなくなっていた。

 なんで??

 マボロシだったのかとなかばあきらめつつも「ひょっとして…」と思い、あたりをつけたところを掘ってみると…

 …カラッパをタテに引き延ばしたような、紫色のカニが姿を現した(冒頭の写真)。

 カラッパモドキだ。

 感動も覚めやらぬまま写真を撮りはしたものの、まぁ砂中に潜る速さときたら。

 あまりの速さのため、かろうじて冒頭の写真を撮ったあと、あっという間に…

 …半身砂中のヒトに。

 一見どんくさそうに見えるのに、意外なほどの素早い動き。

 潜ったところをもう一度出てもらって…ということを繰り返さないかぎり、ちゃんと撮ることは難しそうだ。

 でもいくら名ばかりとはいえ、ゲストをほったらかしにしてずっと粘っているわけにもいかないから、このときは再会を固く誓って泣く泣くカラッパモドキとお別れした。

 今度は正真正銘遊びで潜っている時に、なおかつフィルム残量がたっぷりの時に会いたいものだ…

 …という願いも虚しく、その後彼と巡り会う機会はいっこうに訪れなかった。

 とはいえそういう願いは、すっかり忘れた頃にかなうもの。

 初遭遇から20年ほど経った2017年8月のこと、だんながゲストを案内中にカメラを携えて遊びで潜っていた私は、ついにカラッパモドキと再会を果たすことができた。

 あいにくかつて会ったものとは違って紫色ではなかったけれど、なんといっても20年越しの念願成就だけにヨロコビもひとしおだ。

 その場を通りかかったゲストにもご覧いただくことができたカラッパモドキ、なにしろ20年ぶり、しかも次回の再会は20年後かもしれないから、あらゆる角度から撮らせてもらった。

 前からだとわかりづらいところ、背中側から観ると…

 他のカラッパの仲間と異なり、背面の甲羅が、ハサミ脚をたたんだ際にそれを覆う形になっていないことがわかる。

 このあたりが「モドキ」の特徴だ。

 カラッパモドキに手を合わせ、「ちょっとゴメンしてけれ…」と言いつつ引っくり返ってもらったところ…

 体は紫色ではなかったかわりに、歩脚の紫色がかなり印象的だった。

 基本紫色で、白い砂地で目立たないように白っぽくなっているのだろうか。

 その他いろいろ興味は尽きないものの、だんなが案内中のゲストともどもじっくり観察した後、カラッパモドキはようやく放免とあいなった。

 すぐさま日中の普段のポジションに戻る彼。

 日中はほぼほぼこういう状態で過ごしているとなれば、たとえ居たとしても出会う機会がほとんどないのも無理はない。

 ちなみにこの子を発見したのは、まさにこのように砂から目だけ出ていることに気づいたからこそで、普段なかなか接続しない私のニュータイプ回路が、このときにかぎり奇跡のスパークを発してくれたらしい。

 ところで、本体にはなかなか出会えなかった間も脱皮殻はときおり見つけていて、本体も脱皮殻もいずれの場合も水深は20m以深の砂底だ。

 ソデカラッパとは逆に、浅く明るすぎるところは苦手なのかもしれない。

 そのあたりの水深で砂から出ている「眼」を、周りが心配するほど憑りつかれたようにサーチし続ければ、きっと誰もが出会えることだろう…。