海のなんじゃこりゃ?

其之十九

口中のエイリアン

 もう随分前のことになる。

 当時、シーズンになると、決まって同じポイントの浅い砂底にベラギンポ(おそらくリュウグウベラギンポ)がたくさん出現した。

 繁殖期になると宙に浮いて群れを作り、オスがメスにアピールする様子を見せてくれるリュウグウベラギンポは、繁殖期以外にはそれほど目立った動きは見せず、砂底にチョコンと全身を現している。

 そして身の危険を感じるとサッと砂中に潜り、砂から顔だけ出してあたりをうかがう。

 冒頭の写真を写真を撮ったときも、その顔をしばしの間眺めていたのだけれど……

 ん?

 なんだか様子がおかしい。

 意味もなくずっと口が半開きなのである。

 そのためか、他の個体に比べて動きがやや緩慢なように見える。

 どうしたのだろう??

 とりあえずカメラを構え、顔だけ出して口を半開きにしている彼をファインダーで覗いてみた。すると……

 なんじゃこりゃ!?

 なんとベラギンポの口の中から、正体不明の物体が不気味な複眼を覗かせているではないか!!

 どう見てもこれは生き物だ。

 そして複眼となれば……これはつまり寄生虫ってこと!?

 なんと迷惑な寄生位置………。

 この写真を撮った前世紀末当時は、その正体が判明しないままで終わってしまった。

 不気味な口中エイリアンとの再会は、それから5年ほど経った2004年のお盆に開かれた「巨匠コスゲさん漫談スライドショー」まで待たねばならなかった。

 そのスライド漫談ショーにおいて、コスゲさんが見せてくださった素敵な写真の1つに、この正体不明の寄生虫が写っていたのだ。

 それも、クマノミの口の中。

 どうやら、宿主は砂地にいる魚限定というわけではないらしい。

 その後さらに3例目を目撃する機会が訪れた。

 3度目は再び海中でのことで、宿主はタテジマヘビギンポである。

 前2例に比べると比較にならないほど小さな魚であるにもかかわらず、まったく同じフォルムに見えるクリーチャーが同じポーズでタテジマヘビギンポの口の中におさまっていたのだ。

 タテジマヘビギンポの口中にいるかぎり、サイズ的にどう考えてもこれ以上の成長は見込めないというのに………。

 彼らはいったい………なんじゃこりゃ!?

 追記

 このような不気味チッククリーチャーの世界も日進月歩で知識の発展が進んでいるらしく、この稿をご覧になった読者から、このエイリアンの正体をご教示いただいた。

 どうやらこの口中のエイリアンの正体は、ウオノエという生き物らしい。ウオノエとはつまり魚の餌という意味だろうか。

 釣りをされる方にはおなじみの生き物らしく、「ウオノエ」で検索してみると、出てくる出てくる、意外にメジャーな生き物のようだ。

 こうしてようやく正体を知ったある日のこと。

 高級魚アカジンをさばいていたオタマサが、例によって素っ頓狂な声をあげながら、台所から変なものをもってきた。

 ウワッ!生きているウオノエだ!!

 その後知ったところによると、ウオノエの仲間はその寄生場所も口の中や顔の表面、鰓の中など様々で、聞くところによると寄生場所ごとに種類が異なるらしい。

 オタマサによればこのクリーチャーは、アカジンを三枚におろした後、タッパに詰めようとしていたときに、まな板に1匹落っこちていたという。

 そのためアカジンのどこに寄生していたものなのか、種を特定する重要な手掛かりは皆無ながら、少なくとも口中エイリアンの親戚筋であることは間違いない。

 この際だから、じっくり観てみよう。

 見やすいようにと黒い画用紙の上に乗せたところ、モゾモゾ動いているうちに引っくり返ったのでパシャ。

 さすが寄生虫だけあって、一般的な甲殻類のお腹とは異質に見える。

 この状態で正面から観てみると…

 あ、なんか可愛いかも……。

 そして口中にいる種類だと最も特徴的なその複眼は、やはり種類が異なるからか形は違えど…

 おお、エイリアーン!ってな感じ。

 そういえば、ちりめんじゃこに混じっている不思議的生き物たちのことを、ちりめんじゃこのモンスター、略してチリモンと呼ぶそうな。

 となると、アカジンから出てきたこのクリーチャーは、さしずめアカモン?

 ちなみにウオノエ類はまったく無毒なので、誤って魚と一緒に食べてしまったとしてもまったく問題はない。

 というか、刺身にする筋肉部分など、人間が食べる部位に寄生していることはないから、「誤って…」ということは起こりそうもないのだけれど、世の中には突出した変態世界にお住まいの方もいらっしゃり、わざわざウオノエを食べる方もいる。

 魚の寄生虫をこれまで20種類以上食べていると豪語するアカデミズム方面の変態社会の方ときたら、いろいろ食べた中でこのウオノエが最も美味しいとご自身のサイトで語っていた(知人ではありません)。

 寄生虫と聞くとなんでも体に悪そうに誤解してしまいがちだけど、魚の寄生虫の場合、アニサキス以外はほとんどが無害なのだそうである。

 食べても無害とはいっても、口の中に居座られた魚にとっては、すこぶるつきの有害だろうけど…。