海のなんじゃこりゃ?

其之三十七

鰹の冠

 カツオノエボシという猛毒を持つクラゲの仲間は、危険生物としてつとに有名だ。

 本体から長く伸びる触手がやっかいで、本体の存在に気づかないうちに触手の強い毒にやられてしまうからたちが悪い。

 もっとも、浮袋でプカプカ浮かんでいる彼らは風まかせ波まかせだから、水納島の場合安定的に南風が吹いている夏場に彼らが海水浴場側に漂うことはまずない。

 急に北風になったときなどに海岸に多数打ち上がっていることがあるのはたいていオフシーズンだから、これまで海水浴客がカツオノエボシの被害に遭ったという話は聞いたことがない。

 そんなカツオノエボシとそっくりな色をしたものが、シーズン中に観られることがある。

 カツオノエボシという超有名キャラさえいなければ、誰もが「なんじゃこりゃ?」ってなるところだろうけれど、なまじ似たような生き物が危険生物として常に名を馳せているものだから、すぐに「そっち方面のクリーチャー」ということがバレてしまうカツオノカンムリだ。

 エボシにしろカンムリにしろ、まるで鰹専用頭部装飾用品のような名前ながら、もちろんのこと鰹が身につけているわけではなく、エボシもカンムリも黒潮に乗って鰹が上ってくる場所で鰹と一緒に観られることからこの名があるらしい。

 色も名前も似てはいてもエボシとカンムリは同じ仲間ではなく、分類項目でいうと「目」の段階でまったく異なるグループになるという(哺乳類でいうならコウモリとウシくらい異なる)。

 カツオノカンムリは先に登場したギンカクラゲと近縁の生き物だ。

 ただしギンカクラゲには大して毒が無いのに対し、カツオノカンムリはわりと強毒だという。

 とはいえカツオノエボシのような長い触手があるわけではなく、体から伸びているのはこの程度。

 横から見ても…

 …火星人が海水浴をしている程度でしかない。

 これなら、自らすすんで手ですくおうなどとしないかぎり、知らない間に刺されてしまうなんてことはなさそうだ。

 なにしろ「冠」がまるで帆のように水面上に出ているから、近くにいれば気づかないということはない。

 彼らがたくさん流れているのであろう黒潮本流から水納島は距離があるので、たまたま流れ着くにしてもその数は知れている。

 毎年季節の変わり目など風向きが急に変わったりすると海岸に流れ着いてくる程度なので、さほど珍しいものではないカツオノカンムリ、一応強毒保持者とはいえ遅るるに足らず。

 ただし時として大量漂着ということもある。

 2015年のGWには、どういうわけだか目を疑うほど大量のカツオノカンムリが桟橋脇に集まっていた。

 上から見るとこんな感じ。

 この時にはすでに団体様の半分くらいは砂浜に打ち上げられていたのだけれど、それでもなおこの数。

 これがカツオノカンムリと初遭遇だったら、さすがに「なんじゃこりゃ!?」となるだろう。

 コロナ以前の平和なGWだったから、フツーに海水浴客も大勢訪れたはずなんだけど、カツオノカンムリ被害の話はどこからも出てこなかった。

 カツオノカンムリ、実は大したことがないのかも。

 でもこの大量漂着よりちょっと前には、アメリカのとある海岸でとてつもない数のカツオノカンムリが押し寄せたというニュースがあった。

 その数なんと10億匹!

 億ですぜ、億。

 ニュース画像を見てみたら、10億匹のカツオノカンムリが押し寄せた広大な海岸が青く染まっていたので驚いた。

 ナショナルジオグラフィックのニュースサイトにまだ残っていて(2022年5月現在)、ヤフーその他で「ナショナルジオグラフィック カツオノカンムリ」と検索すればわりと上位に出てくるので、興味のある方は是非。

 ともかく我々としては、軽石の次はカツオノカンムリ…なんてことにならないよう、海神様に祈るしかない。