13・いけす割烹 心誠

 旅先での食事については、事前のリサーチになみなみならぬ情熱を傾ける我々である。

 なので、冬の水納島を訪れ、飲食店がひとつも無いことを知って愕然としている日帰り観光客たちが不思議でしょうがない。

 無きゃ無いでいいやと割り切っているのならともかく、そこでこの世の終わりを迎えたほどに愕然とするのなら、なぜ少々の手間を惜しまず飲食店の有無を事前に調べないのだろうか。
 手にしているそのスマホはいったい何のためにあるのだろう?

 今回の五島旅行に際しても当然ながら、5泊の間にどの店に行くか、数少ない情報から入念なリサーチを繰り返した。
 というか、福江に5泊という旅程になった一因は、行ってみたい店が多すぎたあまり、といっても過言ではない。

 そんなリサーチの結果得た現地のお店筆頭家老が、前夜訪れた五松屋さんであることはすでに触れた。

 ウワサに違わぬ素敵なお店で、時化のための不漁でネタは限られていたにもかかわらず、大将の手による魅惑の酒肴に舌鼓を連打する夜になった。

 ただ、五島初心者である我々にとっては、そういった名店には弱点がひとつだけある。

 というのも、地元の方々に愛されている店はけっして観光客向けのお店ではないから、五島に行ったらこれを食え、的な、コテコテの観光客メニューはなかなか用意されていないのだ。

 冬の五島に来たらまず食べたい、と思っていたものがいくつかあって、その一つが花のように盛られたキビナゴのお刺身。

 五島の観光情報を調べていれば、必ずと言っていいほどその写真を目にするので、これは是非ナマで観てみたい、食べてみたいと願い続けてワタシはこの地にやってきたのである。

 とはいえお花盛り(?)のキビナゴの刺身ならいつでもOKなお店となると、実のところそんなに選択肢は多くはなく、やはり観光客向けに門戸を大きく開いた店ということになる。

 なるべくならそういうところは避けようと思いつつリサーチしてはいたものの、やはりキビナゴの刺身盛りを目の当たりにしてみたいという欲求にはあらがえない。

 日中散歩しながらそんなことをあれこれ考えつつ、今宵訪れる店をどこにするかまだ決断を下してはいなかったそのとき、坂部貞兵衛のお導きにより我々の目の前に現れたのがこちらのお店。

 いけす割烹心誠(しんせい)。

 ネット上の数少ない五島酒処情報にあって、何をどう調べてもこの店が紹介されていないことはまずないといってもいいほどに、とっても有名なお店だ。

 カウンター席から座敷席、果ては2階席まである大きなお店で、お昼も夜も割烹らしい充実したメニューが用意されているから、お酒を求めていない方々にもその名は知られているはず。

 二人ですけど入れますか?とホールスタッフにたずねてみると、予約の有無を問われた。

 さすが大手、マストとはいわずとも、予約しておくのがフツーであるらしい。

 予約をしていない我々はカウンター席に案内された。

 それは望むところだったので、雰囲気のある席に落ち着く。

 しかし、まだ心は落ち着かない。

 だって、キビナゴがなかったらどうしよう…。

 恐る恐る、長いL字カウンターの向こうに3人ほどいる板さんのひとりに伺ってみた。

 あのぉ……キビナゴの刺身はありますか?

 「ありますよ!」

 ホッ…。

 これでもう、この日この店に来た目的の90パーセントは達せられたも同然だ。

 その他に刺し盛りと中ナマをお願いし、心が落ち着いたところでしばらくあたりを見回してみる。

 すると、小物が何気に椿仕様であることに気がついた。

 楊枝入れも醤油さしも、いずれも椿のデザインだ。 

 商店街に、椿まつり中だからか常設なのか、椿をデザインした商品を並べていた瀬戸物屋さんがあったけれど、ひょっとして購入先はそこかな?

 そうこうするうちに、生ビールがお通しとともに登場。

 お通しはブリの胃袋のポン酢和え。

 ブリの胃袋!!

 大きな肉食魚の内臓はホルモンそのもので、アカジンの胃袋や腸も相当美味しいけど、まるでミミガ―のような食感をもたらすブリの胃袋もなかなかやる。

 以前もどこかで書いたとおり、「オッ!」というお通しが出てくると、酒飲みはそれだけでシアワセになり、そのお店が「アタリ」であることを確信する。

 そしてお待ちかね、ついに登場キビナゴの刺身!!

   

 わぁッ!!

 1人前なのでキビナゴの刺身たちが皿の上で360度の円を描いてはいないけれど、この美しい煌めき!!

 

 まさに、海の中で光のシャワーを降り注いでくれるキビナゴの輝き。

 あ、ちなみに海の中で観る彼らはこんな感じ。

  

 群れなす小魚が光を浴びて、夜空に煌めく満天の星空のようにキラキラキラキラ輝いている。

 皿の上に再現されたその輝きと、丁寧な盛り付けを存分に目で楽しんだ後、いよいよ実食。

 キビナゴの刺身は、お醤油もしくは酢味噌でいただくものらしい。
 まずはお醤油で……

 おお……美味いッ!!

 予想外に脂がのった身は、やはり冬ならではなのだろうか。

 沖縄民謡の「谷茶前節」でスルル(キビナゴ)とともに歌われるミジュンに比べると、上品かつやる気系に勝っていて、いわゆる光物に期待する味でいうならキビナゴのほうが美味しい。

 また、酢味噌に使われている味噌が独特で、原形をとどめている麦の実がたくさん入っており、やる気系に逸る気持ちを小気味よく押さえてくれる落ち着いた味わいだ。

 キビナゴの刺身盛りとともに、メインイベント級の刺し身5点盛りが登場!

  

 手前から、ミズイカ(アオリイカ)、クロ(メジナ)、シビマグロの背側と腹側、ブリ、最奥がタイかヒラメの白身。  それぞれ4切れずつあって、どうみても4人前といった量なうえに、どれもこれも美味しそうでウレシイ悲鳴をあげるオタマサ。

 こちらではクロと呼ばれるメジナは、このあたりの重要な沿岸魚のようで、水納島でいうならチヌマンのようなポジションらしき雰囲気。 
 ただしチヌマンと違ってお刺身で出てくるときは、たいてい皮つきで供されるようだ。

 また、ブリやアジといったお刺身には、たいてい表側に切れ込みが入っていて、その後どの店でも同じように処理されていたから、きっとこのあたりの文化的なものなのだろう。

 そうやってお刺身で盛り上がりつつも、我々にはもうひとつこのお店での野望があった。
 キビナゴの刺身と同様、五島に初めて来たならこれを食え的魚であるハコフグだ。

 こちらではハコフグが伝統料理のひとつとなっているのである。
 「かっとっぽ」と呼ばれている料理で、味噌とハコフグの肝を和えて焼いたものだという。

 ただしハコフグの旬は秋とのことで、この冬の真っただ中にそれを期待するのは無理かな…と半ば諦めてはいた。

  そこで、遠慮がちに板さんに訊ねてみると……

  「ありますよ!!」  

 またしても力強いお言葉が。

 というわけですでに注文してあったハコフグちゃんが、カウンターの向こうにある大きなコンロの中で、まさに今焼かれんとす、の段階を迎えていた。

   

 でもハコフグなんて、こうやって焼いて食べるところあるの?

 しかしこれはまだ下ごしらえの段階で、このあと再び手を加えられたハコフグはホイルに包まれ、再び火を通される。

  その間に、こちらをいただく。

 

 キビナゴの天麩羅♪

 キビナゴだけじゃなく、カボチャやナス、レンコン、ニンジンといった各種野菜の天麩羅までついて、えらく安いお値段だったので驚いた。

 天麩羅には天ツユと大根おろしがセットになってはいたものの、このキビナゴの天麩羅、そのままいただいてもすこぶるつきで美味しい。

  この頃にはオタマサがすでに日本酒に移行していた一方、ワタシはもちろん五島芋のお湯割り。

 

 ただ、こちらではかなり健康的な濃度のお湯割りだったので、二杯目を頼む時、許されるギリギリのラインで濃い目でお願いします、とおねーさんに言ってみたところ、板さんが笑いながらも希望が通るよう後押ししてくれた。

 おかげで、二杯目からは個人的最適濃度にて登場。

 なんでも言ってみるもんである。

 そうこうするうちに、ついにハコフグ料理「かっとっぽ」がやってきた。
 はたして皿に盛られて出てくる姿は……

  

 まさに「かっとっぽ」てな感じ。

 パッカリ開かれたお腹に、味噌その他を詰め込まれた丸焼き状態。
 なのでハコフグの姿勢としては、仰向きになっていることになる。

 ちなみにこのハコフグのサイズを対人比で表してみると……

 

 こんな感じ。

 ハコフグの身を剥がしながら、お腹に詰められた焼き味噌と合わせていただく。

 これがまた……美味い!!

  もちろん味は味噌が勝っているから、実際のところこれがハコフグではなくてもいずれにせよこういう味になるのだろうけど、これはやっぱり見た目のインパクトが大事な料理なのであるからして、ハコフグでなければ有り得ないに違いない。

 でまたここで使われている味噌が美味しく、先ほどの酢味噌といいこの味噌といい、とても印象深い。
 そこで、これらの味噌はスーパーなどで手に入るものなのかどうか、板さんに訊ねてみた。

 すると、これは長崎みそを主体にブレンドしたこのお店独自の味噌なのである、と、板さんはやや誇らしげに教えてくれた。
 やはりこだわりの味噌だったのだ。

  是非とも見たかった食べたかったキビナゴの刺身とハコフグちゃんを賞味することができ、大満足でこの日のシメに。

  こちらは割烹だけあってお寿司も守備範囲で、好みのものを一貫ずつオーダーできる。
 流れ的にここはひとつキビナゴの寿司を…と思ったら、あいにく刺身用のキビナゴはすでに売り切れ。

 最初に刺身をオーダーしておいてよかった……。

 その他、この時期の定番のはずのハガツオも時化が続いているために水揚げされておらず、品切れ状態。

  お願いしたのは……

 

 左から、アジ、アラ、しめサバ。

  どれもこれもシメにふさわしいお寿司だったけど、興味深かったのがシメさば。
 分厚い昆布が載せられているのだ。

 

 大阪名物バッテラでは、薄い白板昆布が載っていたりもするし、昨年訪れた鶴橋のすしぎんでも、松前風シメさばの寿司には薄い昆布が載せられていた。

 けれどこんなに分厚い昆布が押し寿司でも巻きずしでもない握り寿司に載せられている姿は、これまで見たことがない。

  昆布もシメさばも大好物のオタマサ、満足の一貫である。

 

 こうして、この一晩で旅の大きな目的のひとつをクリアでき、大満足のうちに店をあとにした。

 観光客向けのコテコテのお店かと思いきや、地元の常連客らしきおとっつぁんの姿もあったところをみても、国際通りの一等地で、琉球王朝装束に身を包んだ店員を配しつつドデンと店を構える大きな店とは一味違うのであった。

  そして大きな店ならではのメニューの多さは、観光客として初めてこの地を訪れる酒飲みにとって、とても有難い店であることを教えてくれた。

 心誠、ああ、来てよかった。

 そうだ、坂部貞兵衛にもお礼を言っておこう……。

 まだ時間的には宵の口だったので、ここからほど近い常灯鼻の夜の様子を観に行ったのがこの夜のこと。

  そのあとテケテケ歩き、福江滞在中の僕にとってのトレビの泉、石田城跡蹴出門のお濠に行ってみた。

 おお、ライトアップされている。  

 その様子を撮ろうと思ったのだけど、どうにもこうにも小用を足したくなってしまったから、落ち着いて撮るためにもコンビニRICでトイレを借りることにした。

  が。

 トイレが無い!!

  島内唯一の24時間営業のコンビニには、お手洗いが無かったのだった。

 けっこうテンパっている状態で、あると信じていたところに手洗いがない状況…というのは、みなさんも多かれ少なかれ経験されていることだろう。

 ピンチである。

 まだ括約筋は健全だから、パワー全開でガマンしつつ、目指すは同じく石田城跡の外堀公園。

 ここには……

 

 お城を模して建てられた公衆トイレがある。

  こういう緊急事態用のトイレの場所を把握してあったのは、これすべて昨日今日とこのあたりをウロウロウロウロしていたおかげ。

  でまた前述のとおり、各所にある公衆トイレがきれいで、トイレットペーパーが無いなんてことがけっしてない状態をキープしてくれてあるから、安心して利用できる。  

 このような、緊急事態にならなければ気づくことすらないところをキチンと整備しておくというのは、観光地としてとても素敵なことだと思うのであった。

 ありがとう、五島市の担当部署のみなさん。

 さて、身も心も落ち着いたので、再び蹴出門の濠にへ。
 ライトアップされている様子はこんな感じ。

 

 写真じゃわからないけど、ここに立っているとあの湧水が溢れている音がサワサワと聴こえるから、なんとも心地がいい。  

 美味しい酒肴に素敵な風景。

 これでまた、今宵もいい夢を見られそうだ。