水納島の魚たち

アカシマタキベラ

全長 6cm(オトナになると12cm)

 コロナ禍のためにいい季節になってもヒマなおかげで、カメラを携えて潜る回数が増えている分、新たな出会いも多くなっている2020年。

 普段あまり行かない砂地の根を訪れてみたところ……

 ん?

 束の間目の端を横切った細長い魚は、いまだ観たことがないベラではあるまいか。

 中層を泳ぎ回るようなタイプではなさそうだったので、再び姿を現すまで、そのままジッと待ってみた。

 しかしワタシがその場にいるせいだろうか、なかなか表に出てこない。

 まさか出会いはあれっきりで終わってしまうとか??

 あれだけじゃあ、正体を調べる手がかりも何もない。

 …と思ったら、居た。

 これは!!

 ……誰だ?

 誰だかその場ではわからなかったけれど、とにかく「いまだ会ったことがない魚」という、最初の「目の端チラリ」時の直感は正しかった。

 どうやらタキベラ属のベラのようで、他の仲間と同じく岩肌の何かをロックオンしては食べていた。

 帰宅後ベラ・ブダイ図鑑で調べてみると…

 このベラは、日本であって海中は日本ではない小笠原ではお馴染みらしいものの、その他の日本の海ではとんでもなくレアな「タキベラ属の1種」だった。

 見間違いようがないこの体色。

 腹ビレに見える赤い模様。

 尾ビレの先のほうまで伸びる白いライン。

 以降加筆修正(2023年3月)

 …と以上の特徴からこれまでずっと、この魚はまだ和名は無いけれど学名がある Bodianus neopercularis である、と確信をもって述べていたのだけれど、それはあくまでもとある図鑑にそのように記述されていたからこそ。

 ところが昨年、日本で確認されているこのベラを研究しておられる和田英敏氏から、現在世間で B. neopercularis と認識されているタキベラ属の1種は、実はインド洋で確認されているレッドストライプド・ホグフィッシュこと B. opercularis なのである、というご指摘をいただいた。

 当初そのように認識されていたものが、その後インド洋のものとは別種ということになり、晴れて(?)「タキベラ属の1種」になっていたはずなのに?

 どうやらそれは、件の図鑑の著者が参考にされたのであろう洋書図鑑を含めた一部限定の…といっても世間への影響力は極めて高い誤解だったようだ。

 小笠原では頻繁に、日本の他の海でもチラホラ出現しているこのベラは B. opercularis 、すなわちインド洋で観られるものと同じ種類で、 B. neopercularis はマーシャル諸島限定ということに落ち着いたのだそうだ。

 そして、新たにこのベラに和名が!

 その名も「アカシマタキベラ」。

 ご指摘をいただいた際はまだ論文発表前のことで、光栄なことにこの稿で紹介している写真も論文内で使用したいというご依頼をいただいた。

 で、その論文がようやく今年(2023年)3月に、神奈川県立博物館研究報告(自然科学)誌52号内にて発表された。

 タイトルは「ベラ科魚類 Bodianus opercularis アカシマタキベラ(新称)の標本にもとづく太平洋初記録および分布記録の再検討」。

 ご興味のある方は、このタイトル名で検索すれば、PDFファイルをダウンロード可能なサイトに行きつきます。

 ところで件の論文内では、各地で撮影されたこのベラの海中写真が掲載されており、それぞれの撮影者等が巻末の「謝辞」にて記載されているのだけれど、名だたるダイビングショップ名が並ぶなかに、「海と島の雑貨屋さん」とあるのがあまりにも意味不明すぎ、我が事ながら思わず笑ってしまった…。

 さてさて、そのタキベラ属の1種改めアカシマタキベラ。

 水納島で出会ったものは、5cmよりは大きく10cmには満たないサイズなので、まだこれでも若魚というところだろうか。

 ただ、ネット上で散見される写真の撮影水深はどれも40m前後と深い。

 やたらと深いところにいるらしい。

 ところが今回ワタシが初めて出会ったのは、水深25mほど。

 しかも、現在のところ沖縄ではほとんど観察例がないのではなかろうか。

 ベラは何でもベラだ、という方にはどーでもいいことなのだろうけど、この写真は「沖縄で撮影された」という意味で、今もなおならまだ超絶的レアであることは間違いない(小笠原では多いそうです)。

 というわけで、本来「珍」マークは3つが最上級のところ、スペシャル級ということで興奮とともに……

 追記(2020年9月)

 タキベラの属の1種あらためアカシマタキベラとのスペシャル級の興奮の出会いは2020年6月のこと。

 しかしその後タキちゃんの姿は、その月のうちに忽然と消えてしまった。

 やはり本来の生息場所とは異なる環境のため、長居できない運命だったのだろうか。

 …と勝手に諦めていたところ。

 9月に同じ根に立ち寄ってみたところ、タキちゃんはナニゴトも無かったかのようにほぼ同じ場所にいた。

 まったく同じ根だし、一生に一度級が2匹も3匹もいるとは思えないし、パッと見のイメージはさほど変わらないけれど、前回に比べて体は大きくなっている。

 同じ個体が成長したものと考えて間違いないだろう。

 細部を前回と見比べてみると、尾ビレの黒い染みが薄くなっていて、腹ビレの赤い模様はより一層クッキリハッキリしている。

 初遭遇から3ヵ月経って、ほぼオトナになったようだ。

 本来の居場所ではないのだろうに、ひと夏じゅうずっと頑張っていたのか……。

 3か月前は逃げてばかりいたのに、随分とフレンドリーというか馴れ馴れしいというか、彼のほうからカメラに近寄って来るほど。

 しっかりカメラ目線なのがおわかりいただけますか?

 この3ヵ月、同じ仲間と一度も出会うことなく過ごしてきた彼にとって、カメラのポート面に映る鏡像は、初めて出会う「本能を呼び覚ます仲間」だったのかもしれない。

 そんな人懐こさ(?)が災いしたのだろうか。

 再会から1週間後、再び訪れてみたところ、本来この根に来る予定じゃなかったという巨匠コスゲさんが、何かを撮るべくゴープロによる動画撮影のセッティングをされていた。

 タキちゃんの姿も見えたから、せっかくなので巨匠にもひと目ご覧いただこうとしたところ……


写真提供:巨匠コスゲさんこと古菅正道さん

 まるで辻斬りに遭って袈裟掛けに斬られたような痛々しくも生々しい傷が、体側中央に。

 体右側も……


写真提供:巨匠コスゲさんこと古菅正道さん

 体側中央部の傷もさることながら、エラ付近では皮が剥がれかかっている…。

 ふとそばを見ると、わりと大きなゴマウツボの姿が。


無傷の時に撮ったものです

 ひょっとしてタキちゃん、ウツボに咬みつかれてゲットされる寸前のところをかいくぐり、ギリギリのところで虎口ならぬ鱓口からの脱出を果たした際に傷ついたのではあるまいか。

 本能のおもむくままにウツボにクリーニング行動をしようとしたのはいいけれど、存在激レアにつきクリーナー認定ができていないウツボは、これ幸いとばかりにガブリとやったのかも……。

 傷はかなり深く、ダメージが大きそうだったから、これではさすがに生き抜くのはキビシイか。

 その5日後、念のために生存確認をしに行ったところ…

 

 健在!!

 左側には中央部にザックリ刻まれていた深く痛々しい傷も、ほとんど癒えているようだ。

 では反対側は……

 右側中央部にもあったと記憶している傷はすっかり癒え、エラのあたりの深い傷も、すでに痕跡程度になっている。

 巨匠コスゲさんから貴重な写真をご提供いただいたおかげでひと目でわかる、タキちゃんのこの自然治癒力!!

 母なる海はなにげに厳しいサバイバル環境だから、煌びやかに群れ集っているように見える小魚たちも1匹1匹注視してみると、なかにはかなりの傷を負っていたり、相当の深手からなんとか立ち直っているものの、ヒレや背中の一部が欠損してしまっているものを目にする機会もよくある。

 どれもこれも、ヒトだったら鏡で自分の傷を見た途端に生きる気力を無くしてしまうかもしれないところ、「生きる!」ことに全力を尽くす彼らは、その程度の傷など自力で癒してしまえるのだ。

 一寸の虫にも五分の魂と昔からよく言うけれど、実はその魂、ヒトなんかより遥かに強く逞しいのかもしれない。