水納島の魚たち

ギチベラ

全長 30cm

 冒頭の写真のような普段着(?)姿のギチベラは、他に比べてとりたててカラフルというわけではなく、姿形が際立って変というわけでもなく、「印象派」というイメージとはほど遠い。

 ところが。

 このギチベラにはここ一番の大ワザがある。

 彼らの口は、獲物をゲットするときやアクビをする際に、大変なことになるのだ。

 ↓これは、ある秋の夕暮れ時にリーフ際でホンソメワケベラのクリーニングケアを受けていたギチベラのオス。

 ホンソメワケベラに身を委ねている時は、どんな魚でも心地よさにウットリしてくるせいか、口元がいささかだらしなくなる。

 このギチベラも、あまりの心地よさにウットリしてきたようだ。

 あれ?なんか変だぞ。

 口元のクリーニングもホンソメにお願いしたいのだろうけど、それにしても妙だぞその口。

 するとその口はさらに伸びて……

 さらにさらに伸びて……

 波動砲発射準備完了。

 口が伸びるだなんてほとんどエイリアン級の荒ワザ、まぎれもなく印象派である。

 この波動砲発射状態は、観たいからといって見せてくれるわけではないものの、ギチベラが主に暮らしているリーフエッジからその下の死サンゴ転石ゾーンあたりを傍観していると、視界のどこかでビヨーンとやっている。

 リーフエッジ付近で小魚が群れているところにやってきたメスも……

 獲物ゲットの予行演習なのか、のんびりと口の準備運動。

 まるで顎が外れているかのように見えるこの波動砲発射態勢、口元に注目してみよう。

 やはり最初は、顎がガクンと一段下がるような感じになる。

 ここから前方にグッと突き出して…

 一気に前へ押し出す。

 伸びている部分は膜らしく、血管も浮き出ているから、攻撃兵器でありながら弱点でもあるのかもしれない。

 このような最終兵器を用意しているので、ギチベラはサンゴの枝間なども入念に物色する。

 たとえ枝間に潜んでいても、ギチベラが相手だと枝間の小動物たちとしては生きた心地がしないことだろう。

 他のベラでは観られない一発芸を秘めたギチベラは、水納島では砂地のポイントでも岩場のポイントでもごくごくフツーに観られる魚だ。

 立派なオスで30cmちょいくらいあり、けっして群れるわけではないけれどリーフ際近辺のどこにでもいるから、誰もが目にしているはず。

 よく観られるだけにいろんな姿を見せてくれるギチベラには、体色のバリエーションがある。

 オスに比べると遥かに小ぶりなメスの基本色は、褐色の体の背中あたりに小さな黄点がひとつ。

 でも同じように褐色でも黄点がないものもいるし、キレンジャーバージョンになると黄点の有無はわからない。

 うっすら黄色味を帯びつつ、顔はオスの特徴を備えつつあるものもいる。

 これはキレンジャーバージョンからオスに性転換する途中段階だろうか。

 一方オスの通常色は冒頭の写真のような色合いで、尾ビレや体の色味に変化はあっても、基本的に顔の部分が白く、目の上にラインが入る。

 もっぱらリーフ際の浅いところをのんびり泳いでいて、前述のようにオスは30cmちょいと大きめなので、ライディングが大好きなヘラヤガラの格好のパートナーになるようだ。

 もっとも、キレンジャーバージョンのヘラヤガラにとっては、同じキレンジャーメスのほうが好みらしい。

 黄色っぽければ、うっすら黄色でもOKのようだ。

 イエローラブなのはマルクチヒメジの黄化個体も同じらしく、ギチベラのキレンジャーメスと一心同体になっている様子をよく見かける。

 静止画像じゃわかりづらい両者の一心同体ぶりは、動画なら一目瞭然。

 そんなギチベラたちが、とりわけオスが、俄然張り切るのが、初夏から秋の初めころにかけての繁殖シーズンだ。

 この時期になると、オスはやる気モード全開になる。

 普段はリーフエッジやリーフ際の海底付近で餌を探してウロウロしているけれど、繁殖シーズンになると、尾ビレを背ビレ側にチョイと上げ、尻ビレ側との間が口を開けているハナヒゲウツボのように開け、中層を広範囲に渡ってグルグル巡って、縄張り内に囲っているメスにアピールする。

 やる気モードになっているオスの体色は、メリハリが効いて派手めになり、一方で尾ビレは黒に染まる。

 メスたちの方もなにやらソワソワしつつ次第次第にやる気になってくるらしく、いったいぜんたいこんなにたくさんどこに潜んでいたの?ってくらいの数のメスが、オスが巡ってくる場所にゾロゾロと集合し始める。

 その際のオスとの位置関係は↓こんな感じ(矢印の先は全部ギチベラのメス)。

 メスのやる気を感知したオスは、体を横にして波打たせる独特の「ムード盛り上げ泳ぎ」をしてメスを産卵へと導こうとする。

 ただ、オスは一生懸命だしメスも徐々に盛り上がってはいるようなのだけど、ギチベラの産卵はオスとメスのペア産卵方式だから、集まっているメスたちが同時に産卵するわけではない。

 なので順番待ち状態になっている間のメスはけっこうヒマらしく……

 のんきにアクビをしているものたちの姿も。

 このようなメスの様子を観ると、形の上ではオスがメスを囲っているように見えつつ、実のところはオスは単にメスに利用されているだけのような気が……。

 ともかくも、数多くいるメスの中から盛り上がってきたものから順に、オスのもとへ。

 このときにオスはサッと胸ビレでメスに手を差し伸べるようにするのが重要らしい。

 ↑これは動画からキャプチャーしたもので、動画を見るとメスを抱えている側の胸ビレも泳ぐために動かしてはいるのだけれど、反対側の胸ビレと比べるとピッチは遅く、動画でも手を差しのべている感がある。

 そして2人して盛り上がり、クライマックスへと続く。

 その一連の様子を動画で。

 メスがその気になってくれさえすれば産卵まであっという間ながら、そこに至るまでがけっこう大変で、メスは何度も途中で離脱してはもう一度…というのを繰り返している。

 でもだんだんメスたちのテンションが上がってくるとそういった躊躇がまったくなくなり、挙句の果てに↓こういうことにもなる。

 ギチベラ、なにげに絶倫……。

 このようなシーンは夏場なら毎日のように観られるし(満潮時ちょいあとくらいからしばらくの時間)、ギチベラの個体数もけっこう多い。

 にもかかわらず、たくさん誕生しているはずのギチベラのチビターレに出会う機会はなかなかない。

 どうやらギチベラのチビターレたちはリーフの中のおだやかな環境が好みらしく、パッチ状にサンゴ群落が広がる浅いところでサンゴの枝間を覗くと…

 オトナとは似ても似つかぬ1cmほどのチビターレの姿が。

 健気なこのチビターレの口も、オトナ同様にビヨヨ〜ンと伸びるのだろうか?

 そうそう会えないし、いたとしてもビビリだから枝間でオドオドしているので、彼らチビターレの口のヒミツはいまだ謎のままなのだった。

 追記(2022年11月)

 ↑このギチベラチビターレと遭遇して撮影したのは何を隠そうオタマサで、実はワタシはこれまで一度も目にしたことがなかった。

 ところが今秋(2022年)桟橋脇に潜っていたところ、ようやく人生初遭遇。

 10mmはあっても15mmには至らないくらいのチビターレ、このサイズの頃ならではの、白い帯模様がなんともステキ。

 でも警戒するとサンゴの枝間に隠れてしまってなかなか出てこないんだよなぁ…

 …と半分覚悟しつつ観ていたところ、この激チビ君はなかなかおりこうさんで、多少逃げ隠れするもののまるっきり姿を隠してしまうことはなく、むしろゴキゲンそうにスイスイ泳いでいた。

 おかげで、本文中でも触れている「ギチベラは激チビの頃でも口をビヨ〜ンと伸ばすのか?」というギモンもたちまち解決!

 …という大事な時にいささかフライングしてしまい、ゼロコンマ3秒くらい早くシャッターを押してしまった。

 そのため少なくともあと3mmくらいは伸びていたはずのマックスビヨ〜ンは撮れなかったものの、たかだか1cmほどのチビチビもまた、オトナと同じ機能を備えていることがわかったのだった。

 というか、1cmほどのチビが口をビヨ〜ンと伸ばしたからといって、何か便利なことがあるのだろうか…。