水納島の魚たち

ヘコアユ

全長 8cm

 みんながみんな逆立ちしている不思議的魚、ヘコアユ。

 アユといいつつ鮎とは関係ないのはもちろんながら、同じく関係ないと思っていたヘラヤガラやカミソリウオ、ヨウジウオなどと同じグループ(トゲウオ目)の魚ということを知った時は驚いた。

 しかしその顔をよく観ると……

 なるほど、そっくり。

 そういえばヘラヤガラもカミソリウオも、もひとつおまけにニシキフウライウオなども、カモフラージュのために逆立ち姿勢になることはあっても、上向きになることはない。

 彼らの遺伝的習性には、逆立ち姿勢で落ち着く何かがあるのかもしれない。

 とはいえヘコアユの逆立ちは、集団密集隊形になる。

 近年の水納島ではせいぜい冒頭の写真くらいの群れしか観られなくなったヘコアユも、前世紀にはたまにリーフ際付近で相当な数の群れを見せてくれたものだった。

 その数たるや……

 これで群れの一部分。

 集団で逆立ち行進をする様子は、まるで「大はしあたけの夕立」、印象派の画家たちが真似たという、浮世絵の雨の描写のようですらある。

 しかもヘコアユたちは、カメラが近づく=危険を感じるとワザと向きを変え、お腹側もしくは背中側を向けてくる。

 

 背や腹を向けたヘコアユなんて、松の葉っぱのような単なる細い線でしかない。

 これが密集隊形の群れだったら、まさに「夕立ち」。

 ヘコアユたちにとって、それが身を守る立派な手段なのはわかる。

 でも目立たないほうがいいのだったら、集団でいるのはかえって逆効果ではないのだろうか……。

 もっとも、彼らは何が何でも絶対逆立ち!というわけではない。

 いざとなれば、体の向きをフツーの魚のように横向きにし、ダッシュで逃げる。

 いざとなれば横向きになるのに、普段は逆立ち。

 逆立ちにはいったいどんないいことがあるんだろう?

 ヘコアユたちは、チビターレの頃から逆立ちしている。

 ネット社会以前、カメラを携えてダイビングをするヒトなんてごく限られた数でしかなかった時代には、ヘコアユチビターレの画像など滅多なことでは目にすることができなかった。

 そのためこの木屑のような物体を魚と認識するには、それ相応の経験と知識が必要で、慣れない方がご覧になっても、きっとゴミとの区別がつかなかったはず。

 そしてそれが実はヘコアユの幼魚だなんてことを知っているヒトなんて、前世紀にはそうそういなかったろう。

 なにしろ↓こうだもの。

 さて、この中でどれがヘコアユでどれがゴミでしょう?

 正解は最下段に。

 それにしても、フツーにしていてもゴミくずにしか見えないのに、そのうえわざわざ逆立ちすることにいったいなんの効果があるのだろうか。

 我々からすれば、逆立ちしてくれているおかげで、ゴミの中から見つけ出すのが容易になっているんだけど…

 いいのか?それで。

 ゴミにしか見えなかったチビターレも、次第次第にヘコアユ化してくる。

 これくらいに育っている子とゴミ同様のチビターレが同時期に同じ場所で群れていてくれるからこそ、ゴミチビターレがヘコアユのチビであると推察できたのだった。

 水納島では毎年夏頃になると、桟橋脇の水淀みゾーンをやや変態的にサーチすれば、ヘコアユのチビチビと出会える。

 以前はゴミ同然のチビターレからすぐ上の写真くらいのサイズに育つまで、ずっとその桟橋脇に居てくれたものだった。

 ところが砂がどんどん堆積し、桟橋の「付け根」がどんどん沖側になるに従い、「付け根」は水が全然淀まない場所になってしまったせいか、ゴミチビはたどり着いてくれても、ある程度ヘコアユ化するまでその場に居続けられなくなっている。

 オトナとの群れと遭遇する機会もリーフの外では激減しているから、いつの間にやら水納島では、幼魚を除き「会えない魚」になってしまったヘコアユ。

 でもかろうじて姿を拝めるかもしれない場所がある。

 桟橋の連絡船側だ。

 桟橋の連絡船側は、浚渫されている分海水浴場側よりも水深があり、ヘコアユが好む環境になっているからかもしれない。

 もっとも、昔日の巨群というわけにはいかないけれど…。

 でもこうして見てみると、同じ数が群れるのならば、フツーに横向きになっている場合に比べ、逆立ち姿勢でいたほうが、必要な床面積は小さくて済むという利点はありそう。

 10人乗れるエレベーターでも、10人は寝られないものなぁ……。

 かつての桟橋の連絡船側の海底には、リュウキュウスガモらしき海藻が群生していて、まるで緑の草原のようになっていた。

 そこにヘコアユの小さな群れが来ると……

 思わず「旅人よ」@加山雄三 を歌いたくなる。

 この藻場にはそのほかにもこういう場所ならではのステキな魚たちがいて楽しかったのだけど、砂の堆積と浚渫が繰り返されていくうちに、藻場はいつしか姿を消してしまった。

 そういえばオトナのヘコアユなんて、もう10年以上目にしてないかも……。

 ひょっとすると、今や桟橋の連絡船側でさえ見られない魚になっているかもしれない。

 島の南側の、リーフが細かく入り組んでいるあたりなら、もしかしたらまだヘコアユが観られるかもしれないけど………はたして。

 正解

 ぜ〜んぶヘコアユです(笑)。