水納島の魚たち

カノコベラ

全長 10cm

 ミツボシキュウセンの仲間たちには、細長い体つきのものが多い。

 ところがこのカノコベラは、他に比べて随分体高があるから、なんだか別グループのベラのよう。

 しかもオトナの「オス」は15cm超と大きいので、いくら「ベラはベラ」でもこの存在感で目の前をウロウロされれば、さすがに印象に残りそう。

 が。

 せっかくの存在感ボディだというのに、彼らが好む環境はリーフ上の浅い浅いところで、水納島でボートダイビングとなれば、ダイバーには最も縁遠い場所でもある。

 そのためオスの存在感のわりには出会う機会は少なく、ただでさえ多くのダイバーにスルーされる仲間たちの中で、スルーさえできないカノコベラ。

 ただしこれが繁殖期(初夏から夏場)となると話は別だ。

 せっかく産んだ卵をより広い世界へ拡散させるためにも、彼らの産卵は潮のタイミングに合わせてリーフエッジ付近で行われるのだ。

 リーフエッジ付近なら、ボートダイビング中でも訪れる機会が多い場所だから、タイミングが合いさえすれば、普段見慣れないカノコベラの産卵祭りを観ることができる。

 普段のカノコベラの「オス」は、これ見よがしに背ビレや尻ビレを広げることはあまりなく、体色もやや地味系だ。

 ところが繁殖のためのやる気モードになっているオスは、体の暗色部分が明るくかつ鮮やかになって……

 ↑こんな色味になって、リーフエッジ付近に集まってきているメスたち1匹ずつにアピールする。

 典型的ベラベラ仮面なオスに対し、メスはいたって地味だ。

 雌雄の差がほとんどないものがいるかと思えば、なにもここまで違わなくても…といいたくなるカノコベラのオスとメス。

 ↑これは5cmほどと小さく、サイズだけなら若魚かな?ってところながら、そのお腹はもう卵でパンパンに膨れているから、メスであることはまぎれもない。

 小さなものから10cmくらいの大きめのものまで、卵でお腹を膨らませたメスたちが一堂に会しているところに、さきほどのオスがアピールしに来る。

 オスのアピールに誘われたメスは、最初は多少の戸惑いを見せるのですぐさま産卵というわけにはいかず、見ようによっては思わせぶりな素振りをみせるのだけど、どんどん気分が盛り上がってくると、メスはオスのもとに…

 この状態で2匹一緒に緩やかに上方を目指し、ここ!というところに達すると、ロケット発射で急上昇、産卵に至る……

 …様子を撮りたかったのだけど、あまりにも素早いためにメスが画面に入りきらず、カメラを向け直す頃には産卵・放精を終えて(赤い矢印のところ)すかさずリーフ上に戻るところだった…。

 面白いことに、メスを産卵に誘って放精を終えたオスは興奮が冷めやらぬのか、それとも誇らしさゆえなのか、はたまた照れ隠しなのか、ヒレ全開ポーズで産卵を終えた直後のメス(下の写真では赤い矢印の先)に束の間猛烈アピールをする。

 彼なりのアフターサービスなんだろうか?

 もっとも、この「オス」は彼女ひとりだけのものではなく、まだ順番を待っているメスたちがたくさん控えているために、アフターサービスはあっという間に終わり、すぐさま次のメスへアピールする「オス」。

 順番を待っているメスの数は多く、序盤こそ1匹ずつオスの誘いに乗っていたメスたちも、やがて待ちきれなくなるとわれ先にと産卵しようとし始める。

 こうなっちゃえば、いっそのこと3匹一緒に産卵しちゃえばいいじゃん……

 とはならず、カノコベラの「オス」もメスも、ペア産卵というしきたりを厳密に守る。

 なので↓こういう場合でも……

 一歩出遅れている右側のメスはしっかりルールを守り、この場は身を引いて次の番を待つのだ。

 ウーム……ミツボシキュウセンの一次オス主催の集団産卵とは、明らかに異なる格調の高さ。

 儀式にも似た彼らの産卵行動によって誕生するチビターレは、いかにも〇〇キュウセンのチビって感じの色柄をしているらしい。

 好んで暮らす場所が場所だけに…ということなのか、まだ出会ったことがないカノコベラ・チビターレ、ひょっとすると、ターボスネイル生息密度調査をしているときに出会えるかも?

 追記修正(2022年12月)

 その後3月(2021年)に、オタマサがリーフ際の死サンゴ石堆積ゾーンでカノコベラの3cm弱くらいのチビターレに遭遇した(本人は何かわからず撮っていただけだったけど…)。

 おかげでカノコベラの「鹿の子」の由来を初めて知った。

 その半年後に少しばかりターボスネイル生息密度調査をしてみたところ、リーフ上にカノコベラのチビターレがチラホラ観られた。

 やはりオトナ同様、チビたちもリーフ上のような浅いところが本来の生息環境なのだろうか。

 ところがその後、軽石禍のためにボートを島に置いておけなくなってからリーフ内で潜る機会が増え、実はカノコベラのチビターレはリーフ内でなら容易に会えることがわかった。

 まさに「鹿の子」ベラ。

 わりとそこらにいるから、様々な成長段階の子に会える。

 これは「メス」になる少し前ってところだろうか。

 安住の地がリーフ内となれば、そりゃなかなかリーフエッジ付近で会えなかったはずだわ…。