水納島の魚たち

クロソラスズメダイ

全長 10cm

 水納島の場合、クロソラスズメダイはリーフの内側にだけ住んでいるため、ボートダイビングではまず出会うことがない。

 リーフの内側オンリーという意味ではルリスズメダイも同様ながら、瑠璃色に輝くルリスズメダイを観たいからビーチでスノーケリングをする、というヒトはいても、この地味なクロソラスズメダイのためにわざわざリーフ内を泳ぐ方は極めて少数派だろう。

 観たがる人は少なくても、クロソラスズメダイは、リーフの内側なら極めてフツーに出会うことができるほど個体数が多い。

 体の色が極めて地味なため、魚だけだとほとんど目立たないんだけど、インリーフでは探す手間がかからないほどやけに目立っているため容易に出会うことができる。

 というのも、彼らクロソラスズメダイは自らの縄張り内で藻類(イトクサ)をかなり広範囲で育てているので、彼らがいるところはそこだけポッカリと藻類養殖場のようになっているからだ。

 そのためパッチ状にサンゴ群落がある水納島のリーフ内環境だと、むしろ居場所が目立つという特徴がある。

 

 ↑この写真ではソフトコーラルが群生している一角がサンゴの空白地帯になっていて、そこに藻類がビッシリ育っている。

 それがクロソラスズメダイの縄張りだ。

 縄張りが隣接しているためか、複数のクロソラスズメダイたちが集会を開いていることもある。

 そのほか、島の南側のリーフ内に多い大きなコブハマサンゴ群体の死んでいる部分を、すっかり藻類養殖場にしているものもいる。 

 これすべて、彼(もしくは彼女)が管理している藻類養殖場の一部分だ。

 これは藻類が育っているところをちゃっかり縄張りにしているのではなく、エサとなる藻類を彼ら自身がまるで畑仕事のようにセッセと育てているのだ。

 これはオスもメスもそれぞれ行うそうで、それゆえに英名ではDusky Farmer Fish(黒っぽい百姓魚)と呼ばれることもあるクロソラスズメダイ。

 昔から「一所懸命」という言葉があるように、自らの縄張りとそこで育てている藻類には他の藻食性の魚を誰も近づけさせない、という気合いが彼らにはみなぎっている。

 まさに「一所懸命」。

 同じ藻食性の魚たちだけではなく、プランクトン食のスズメダイ類ですら、たちまち追い払うクロソラスズメダイたちである。

 そんな彼らも、恋の季節には装いをあらためる。

 興奮色を発しているオスは、体に白い模様が浮かび上がるのだ。

 その白黒クッキリ感はイロワケイルカもかくやというほどで、これが興奮色だと知らなければ、とてもじゃないけど同じクロソラスズメダイとは思えないところだ。

 聞くところによると午前中が彼らの恋の時間らしい。

 だから朝のうちしか観られないのかなと思いきや、上の写真を撮った時は真昼間にこのような色になっており、産卵床らしき周辺を守っているオスが3匹くらいいた。

 別の時にもときおり昼間に見かけたことがあるけれど、不思議なことにこの色になっているのはたいてい5cmほどの個体で、広い牧草地(?)を守っている10cmくらいのものがこのような色になっているのは観たことがない。

 でっかいオスたちが早朝ラブアワーを独占していて、小さめの子たちはおこぼれ時間帯ってことなんだろうか。

 色の変化といえば、オトナのノーマルカラーは黒っぽい地味な色味ながら、オトナになり切る前は若干淡く、体の慎ましやかな模様もよく見える。

 さらに若い頃だと…

 もっと明るい。

 常時この色なのか、ときどきダークになるのか、ずっと観続けたことがないからわからないけど、一般的に若魚の頃はこういう色と認識されているようだ。

 ここまではせいぜい濃淡の変化程度だからまぁ驚くほどのことはないのに対し、これが幼魚となると話は別で、まったく別の魚としか思えない色をしている。

 オトナと子供で劇的に体色が異なるというのはスズメダイ類でもよくあることながら、オトナがあまりにも地味だけに、幼魚の可憐さが際立つ。

 これでせいぜい2cmくらいで、藻類養殖畑を死守するオトナとは違い、幼魚はサンゴの枝間から見え隠れしながらひっそりと暮らしているので、そこらじゅうにたくさんいる、という印象はまったく無い。

 もっぱら10月だけの観察例ながら、オトナの数に比べれば、幼魚はむしろ探してもそうそう見つからないほどに少ない感すらある。

 写真だけ見ると絵的には超地味ながら、藻畑を経営しているその暮らしぶりは、NHKの「ダーウィンが来た!」で取り上げられてもおかしくないほど面白い生態をもつクロソラスズメダイ。

 わざわざ泳いで観に行くかというモンダイはともかく、一見の価値があることだけはたしかだ。