水納島の魚たち

マダラトビエイ

全長 250cm

 マンタがいるわけでも、ハンマーヘッドが群れるわけでも、大型回遊魚がわんさかいるわけでもなければ、ジンベエザメが出るわけでもない水納島の海では、マダラトビエイといえば大物中の大物だ。

 サイパンのイーグルレイシティというダイビングスポットは、このマダラトビエイが何十枚も群れ、眼前を悠々と泳いでくれるということで、ひところ一世を風靡した。

 そんな圧巻パノラマを見てしまった日には、マダラトビエイの1匹や2匹、なんてことのない存在になってしまうのかもしれない。

 とはいえ、行けば必ず見られるイーグルレイシティのマダラトビエイよりも、水納島でマダラトビエイを見た、というほうがよっぽど自慢に値する幸運であることはたしかだ。< ホントか?

 随分昔になるけれど、ゲストをご案内して砂地の根の近くを泳いでいると、眼前を悠々とマダラトビエイが通過していった。

 それをゲストとともに観ていたら、セルフダイビングで潜っているごっくん隊リーダーT沢さんが、猛然ダッシュでそのマダラトビエイを追いかけてゆく…。

 マダラトビエイよりも、ダッシュリーダーの残像のほうが印象深かったのは言うまでもない。

 当時すでに1000本超のダイバーだったリーダーですら、マダラトビエイとなると居ても立ってもいられないほどに血が騒ぐのである。

 100本200本程度で「フーン、マダラトビエイね…」なんてヒトがいたら、鼻に両指突っ込んで頬っぺたパンパンッの刑確定だ。

 とにかくマダラトビエイは、水納島でよく見られるおなじみのヤッコエイと同じエイの仲間ではあるものの、その存在感の大きさはまったく違う。

 英語ではヤッコエイのような海底へばりつき型のエイをスティングレイと呼び、マダラトビエイをはじめとするトビエイたちは、イーグルレイと呼んで区別している。

 海中を優雅にはばたくその姿は、まさに大空を舞う鷲だ。

 

 ギガントに似ているともいう…。

 ところで、ビヨヨンと伸びているマダラトビエイの尾ビレは、すぐ上の写真のようなオトナの場合はこれくらいに短くなっていることがよくある。

 それどころか、もっともっと短くなっているものも。

 

 これらは後天的になんらかの原因で短くなってしまったものらしく、冒頭の写真の子(左右のヒレの端から端まで50cmくらい)のように若い個体だと、その尾ビレはこんなに長い。

 体の長さの3倍くらいある。

 また、若い頃は体の模様は点々で統一されているのに対し、老成魚なのか個体差なのか、オトナの中には点が輪になっているものもいる。

 かと思えば、点々模様がほとんど消えているものもいる。

 体の模様や尾ビレの長さには個体差があるマダラトビエイも、体形や容貌にはほとんど違いはない。

 ただ、自分で勝手に思い込んでいた容貌と、実際の顔が大きく違った、ということが過去にあった。

 ダイビングを初めて間もない学生時代のワタシは、マダラトビエイといったら、受け口が特徴的なエイだとばかり思っていたのだ。

 突き出た部分が下顎で、その上に口がある…

 …と思い込んでいたのである。

 ところが、当時は美ら海水族館ではなかった海洋博水族館の「黒潮の海」の水槽で、このマダラトビエイが餌を食べているのを観たとき、星一徹がひた隠しにしていた「星飛雄馬が実は右利きだった」という大どんでん返し級の衝撃を受けてしまった。

 彼らの口は、矢印のところにあったのだ。

 マダラトビエイは何ひとつ変わっていないのに口の位置がそこまで違えば、マダラトビエイのイメージが根本的に変わってしまったのは言うまでもない。

 彼らはこの口で底ものを漁って食事をするので、エサを食べるときは海底に舞い降りている。

 満潮時にはリーフ内に入っていることもあるくらいだから、そういうシーンを間近で観させてくれるとうれしいところ。

 もっとも、用心深い水納島のマダラトビエイは、ダイバーの気配を察知すると脱兎のごとく逃げていくことが多い。

 中層を優雅に泳いでいるときも、マダラトビエイだ!!とばかりダッシュしてしまうと(リーダーのように…)、驚いたマダラトビエイはすぐさま逃げてしまう。

 マダラトビエイがのんびり泳いでいるのを見かけたら、ダッシュして近づきたいのをグッとこらえてジッとしていると、わりとのんびりと優雅に泳ぎながら近づいてきてくれることもある。

 残念ながら水納島の周辺では、ここに行けばマダラトビエイが必ずいる、という場所がないので、出会いはいつも海神様の匙加減次第。

 その匙加減で、時には5匹前後が群れていたこともあった。

 個人的最多記録は7匹で、それが日常的に同じ場所で観られれば、ワタシは迷わずそこを「イーグルレイヴィレッジ」と名付けたことだろう。

 複数匹といわずとも、たった1匹でさえ、ただ青いだけのはずだったところに優雅にはばたく物体がいると、アドレナリンが一気に体内を駆け巡る。

 マダラトビエイの出現は、何度見ても心がときめくものなのだ。

 そんな大事な瞬間にもかかわらず………

 写真撮影に夢中になるあまり、せっかくマダラトビエイが接近遭遇してくれているにもかかわらず、明後日の方向を向いたまま気づかずに終わるオタマサのようなヒトもいる。

 マダラトビエイは、リーフ際にもちょくちょく現れるのだ。

 もともと興味がないのならともかく、観たいのに下ばっか観てたら、会えるものも会えなくなるのでお気をつけください。

 追記(2022年12月)

 本文でも触れているように、マダラトビエイはリーフ内にもちょくちょく姿を現すので、桟橋上からその姿を見かけることもある(矢印の先)。

 こんな浅いところで泳いでいるくらいだから、リーフ内で潜っているときに遭遇することもある。

 写真のマダラトビエイはけっこう大きめの個体で、闖入者のワタシが気になったのか、グルリと2度も巡ってきてくれて、最初の通過時よりも2度目のほうが近かった。

 普段リーフ内で潜る時はチマチマした魚をチマチマ撮る目的であることが多いから、こういう千載一遇のチャンスを得ても観るだけで終わるところ、たまたまこの日はフィッシュアイレンズ装備だった。

 「フィッシュアイレンズでよかったぁ!」というほど近くから撮れたわけではないものの、少なくともマクロレンズじゃなくてよかったぁ…。

 ちなみに墓標のように立ち並ぶ棒はモズク養殖で利用されていたなれの果てで、漁業権という権利を主張する漁師さんたちは後片付けという義務はまったく果たさないから、水納島のリーフ内のあちこちに、このような鉄筋が広範囲に渡って立ち並んでいる場所がある。

 そのせいで、なんだか墓標上を漂う妖魔のような雰囲気も…。

 見上げればすぐ水面、水深2メートルもない浅い浅いところで出会うマダラトビエイ。

 どうせなら、すぐそばのサンゴ群落の上を通ってくれていたらなぁ!