水納島の魚たち

マナベベラ

全長 10cm

 マナベベラはミヤケベラと同じマナベベラ属の魚で、ミヤケベラが1981年になってようやく新種として記載されたのに対し、マナベベラはそれよりも50年も早く魚類分類学的デビューをはたしている。

 その際に付けられた種小名 manabei からマナベベラという和名がつけられたのだろう。

 種小名が「〇〇i」というぐあいに「i」で終っている場合、それは「献名」、すなわち魚類研究における先駆者、功労者に対するリスペクトに基づいて命名されていることを意味する。

 おそらくリスペクトの対象はマナベ氏なのだろうけど、その美しいリスペクト文化のために、ただでさえ地味なマナベベラは果てしなく地味な存在になってしまったのだった(世のマナベさんに他意はありません)。

 でもじっくり観てみると、オスの滲み出るようなオレンジがなにげにシブいマナベベラ。

 リーフ際近辺のサンゴが多いところでフツーに観られるマナベベラは、やはりベラなのでチビターレの頃はまったく体色が異なっている。

 近い仲間のクロベラのチビターレと姿形も居場所もそっくりだからややこしいけれど、クロベラのチビターレは……

 …目の周りを通る白線が1本。

 オトナも食をサンゴに依存しているマナベベラは、チビターレの頃はさらに住までサンゴに頼っており、サンゴの枝間やイソギンチャクの周辺などでクネクネクネクネしながら、サンゴのポリプをつまみ食いしているらしい。

 これくらい小さな頃はやや気まぐれ的にクリーニング行動も見せることもあり、腰から下を左右にくねらせながら、かいがいしく他の魚のケアをしてみせる。

 ただ、同属のミヤケベラや近い仲間のクロベラ同様、彼らの口はどういうわけだかセクシーリップになっていて、それは幼魚の頃も同じはず。

 同じくちょくちょくクリーニングをするミヤケベラのチビターレともども、この口で細やかなケアなどできるのだろうか?

 というか、サンゴのポリプを食べるのに適しているようにも見えないけどなぁ…。

 チビチビの頃は口の形が違うんだろうか。

 チビターレの頃はサンゴの枝間にいるマナベベラは、成長とともに体つきがしっかりしてくるとともに行動範囲が広がり、だんだんサンゴの枝間を頼らなくなる。

 その頃には、純白だったラインが青味を帯びてくる。

 その後この特徴的なライン模様は成長するにつれて消失していくのだけれど、消失の仕方には2パターンある。

 ひとつはこのまま色が薄れていくパターン(同一個体ではありません)。

 これくらい(7cmほど)になっていると、もうメスとして性成熟しているはず。

 もうひとつは、ラインが細くなっていきながら薄くなっていくパターン。

 ↑この写真を撮った当時(2010年1月)この場にいたマナベベラは、この個体のほかにまだラインが白い状態の幼魚がもう1匹、合計2匹だけだった。 

 それから3ヵ月経って同じ場所に来てみると、同じくマナベベラは2匹だったのだけど、そのうちの1匹は↓こうなっていた。

 この間追跡調査をしていたわけではないので100パーセントの保証はないものの、もう1匹はなお幼魚模様のままだったことからして、↑これは3ヵ月前のオトナになりかけ君が成長した姿なのではないかと思われる。

 マナベベラもベラだけにやはり雌性先熟の性転換をするのだろうから、通常の成長パターンではまずメスタイプになるはず。

 でも社会状況(?)によってはこの子の場合のように、若魚の時点ですでに周囲にブイブイいわせているオスがいないこともあるかもしれず、そういう場合は若魚からただちに飛び級で「オス」になるのかも。

 そう考えると、前者は通常パターンで順当に「メス」になっていて、後者は非常事態用飛び級パターンで「オス」になっているのかもしれない。

 …単に個体差だったらすみません。

 いずれにしても、マナベベラのオトナの体色にはハッキリした雌雄の差が観られないものの、行動は随分違って見える。

 1匹のオスが複数のメスを縄張り内で囲っているから、オスは縄張り内のメスチェックを欠かさないのだ。

 ↑この写真では、上側が「メスチェック」しているオスで、下側がチェックされているメス(と思われる)。

 …という具合いに、「オス」が雌雄を教えてくれるおかげでメスであることがわかった「メス」の姿はこんな感じ。

 もっとも、初夏から夏場にかけての繁殖期には、卵でお腹が大きくなっているから、オスに教えてもらわなくてもそれとわかることが多いんですけどね。

 こうして見てみると、雌雄で体色に差が無さそうに見えつつ、同じようにオレンジ色が滲み出ているように見えて、メスの場合は全体的に控えめにオレンジ、という感じ。

 一方オスは、そのオレンジに随分個体差がある。

 これは本当に個体差なのか、それとも興奮色のようにモードで切り替わるのか、ずーっと同じ個体を追い続けているわけではわからないけれど(同じ個体でも濃淡は多少変えているフシあり)、なんとなく感覚的に、オレンジがより輝いていてその範囲が広いものがオスオスしている「オス」と思っていた。

 岩場のポイントのように暗めのところを悠然と泳いでいるマナベベラの立派な個体なんて、地味というイメージを払拭するほどオレンジ色が輝いて見えるほど。

 でも、実は尾ビレの付け根あたりの色味に「ブイブイいわせている度」があるのかもしれない。

 ↑これを撮ったのは2010年9月のことなのでまったく記憶にないものの、写真を見くらべてみたかぎりでは、ここで紹介しているオスたちのなかでは、どうやら彼が最大だ。

 いずれにしても体色については相当マナベベラ専属になって観察しないとわからないかもしれない。

 そんなことなどマナベベラにとってはどこ吹く風で、彼らは今日もスイスイ泳いでは、ゴキゲンそうに口笛を吹いているのだった。

 この口でどうやってサンゴのポリプを食べてるんだろう……。

 同じような口の構造で同じような食性のクロベラについて、電子顕微鏡で口の構造を、そして超高性能ビデオでクロベラの採餌を研究したというジェームス・クック大学の海洋生物学者さんによると、クロベラは…

 採餌の際は、サンゴにゆっくり近づいて表面を探して顎を出し、唇がサンゴに触れると100分の2秒の間、強力な接吻で肉と粘液を吸い取る

 のだそうな。

 おそらくマナベベラも同様と思われる。

 恐るべし口笛大将、その筒形の口は伊達ではなかった。

 追記(2022年6月)

 オスがメスにアピールするシーンはよく目にしても、なかなか産卵シーンに遭遇することがなかったマナベベラながら、このたび(2022年5月)ようやく産卵シーンを記録に残すことができた。

 ようやく産卵シーンを目撃して、これまで産卵を観たことがなかった理由がわかった。

 動画が始まる以前からずーっと、↓このお腹プンプクリンのメスはオスの気を引く動きをし続けていて…

  …オスはオスで3匹ほど集まって互いに牽制しあっており、そのうちの最も大きいもの(↓)が主導権を握っているようで、他のオスをかなり遠いところまで追い払ったりしていた(でもすぐ近くに戻ってくる)。

 基本的にこのオスがずっとメスの周辺で気を引こうと頑張り続けていたわけだけど、どうやら産卵における主導権は完全にメスが握っているようで、さんざんオスを焦らし続けた果てに、「さぁ、行くよ!」とばかりに体を震わせて合図を送るやいなや、すぐさまオスが反応し、ほんの少し上昇してあっという間に終了。

 こりゃずーっと観続けていないと気づかないわ…。

 メスのお腹はこの1度で萎みはしなかったから、ひょっとするとこのあとも何度か繰り返していたのかもしれない。

 ひょっとして別のオスと…だったりして。