水納島の魚たち

イトマキエイ?

全長 200cm

 かつてハイジャンプ投法をはじめとする番場蛮の数々の魔球がそうだったように、そしてアルファ星からイレギュラーで長く飛び出してきた太陽フレアに対処すべく、沖田艦長が古代に「波動砲で撃て!」と告げた命令のように、ナニゴトにも常識を打ち破る瞬間というものがある。

 この、おそらくはイトマキエイであろうと思われるマンタ(イトマキエイもとりあえずマンタの総称に含めていいとして)の出現は、まさに常識を打ち破った瞬間だった。

 その常識とは、

 水納島でマンタは観られない。

 誰もが当然のこととして受け入れている、厳然たるジジツといってもいい。

 ところが。

 2008年8月初旬のことだった。

 その時期にお越しになることが多いゲストお1人だけの日のことで、ワタシがご案内係で、オタマサはコンデジ1丁を手に遊びで潜っていた。

 岩場のポイントだったこともあって、中層を心地よく泳ぎつつ、何か出てこないかなぁとときおりキョロキョロしていると……

 まさかのマンタ!!

 驚天動地前代未聞、天地を揺るがす古今未曾有の大衝撃である!!

 もちろんのことすぐさまゲストに指差してアピールしつつ、こういう時にカメラを手にしているオタマサが近くにいないなんてッ!!

 …と悶え苦しもうと思ったら、オタマサがヒョコヒョコとアテもなさげに眼下を泳いでいるではないか。

 ただでさえ呼んでもなかなか気づいてくれないオタマサのこと、この距離、しかも上方からだとフツーに呼んでいたら絶対に気づいてくれないに違いない。

 幸い、マンタはのんびり悠然と上層を泳いでいる。

 そこでワタシは全身全霊、ありったけの力を振り絞ってオタマサを呼び続けていると、一念通天、奇跡的にオタマサがこっちを見た!!

 すかさず身振り手振りで上方にいるマンタの存在を伝えると、いかなオタマサといえどさすがにすぐさま事態を察し、手にしているコンデジをマンタに向けて……

 …くれたまではよかったのだけど。

 後刻見せてもらった写真はどれも目も当てられないキヨタ君の念写のようなものばかりで、かろうじて、かろうじて形状がわかるものが2枚あった。

 その1枚を無理矢理画像処理したのが冒頭の写真で、もう1枚はこちら。

 この世にあるありったけの四字熟語をかき集めても言い表せないほど限りなくレアな体験は、わずか2枚の超ピンボケ写真のみで終わってしまったのだった。

 とはいえただでさえ当時の低性能なコンデジに低性能な撮影者、おまけに表層やや薄濁りのコントラスト皆無状態となれば、写真がエクトプラズム化するのも止むを得まい。

 ピンボケでも、特徴的な「糸巻」部分は、紛れもないマンタの印。

 もっとも、これがイトマキエイなのかヒメイトマキエイなのかナンヨウマンタなのか他の何かなのか、エクトプラズム写真からわかろうはずはなし。

 元写真を観るかぎりでは、口の周りも含めて腹面が真っ白っぽかったから、おそらくイトマキエイかヒメイトマキエイと思うんだけど……。 

 なにはともあれ、マンタに遭遇した時にカメラを手にしているオタマサが近くにいたってこと自体、考えてみれば奇跡的なことだったのだから、これ以上求めてはゼータクなのかも。

 さて。

 これまでの25シーズン(2019年現在)で唯一のこのマンタ遭遇事件、この時の栄えあるゲストはほかでもない、現ごっくん隊隊長オクサマそのヒトである。

 当時はオクサマではなくお1人でのバケーションステイ、クロワッサンも貸切状態でしかもマンタと遭遇!

 さぞかしマンタが印象に残ったことだろう……

 …と思いきや。

 「植田さんの興奮している姿が強烈すぎて…」

 いつでもどこでも冷静沈着隊長オクサマ、たとえ水納島でマンタと遭遇しようとも、その最中にクールにワタシを観察されていたのだった……。

 以下、余談ながら。

 お馴染みのマンタという通称は、オニイトマキエイ属を意味する(manta)からきている。

 学名のラテン語はマントに由来しているそうな。

 一方、オニイトマキエイに比べ遥かに小さなイトマキエイ類もいて、それらはイトマキエイ属(Mobula)に属する。

 モルディブなど魚影の濃い南洋の海では、どちらもともにかなりフツーに観られることもあって、ダイバーの間でキチンと呼び分けられており、いわゆるマンタはマンタ、一方小さなイトマキエイ類はその属名でモブラと昔から言われていたらしい。

 いつの間にか日本のダイビング業界でもその言い回しが定着していて、イトマキエイ類についてはみなさんちゃんと「モブラ」という通称で呼び、マンタとは区別しているようだ。

 かたや、これまでオニイトマキエイとされていたマンタが2種類に分けられ、石垣のマンタスクランブルや座間味など日本で観られる沿岸域にいるマンタは、「ナンヨウマンタ」という和名になった。

 で、このナンヨウマンタの学名は当初オニイトマキエイ属(manta)になっていたようなのだけど、その後和名はそのままに、イトマキエイ属(Mobula)に変更されたらしい(2018年)。

 マンタという名のモブラってあんた…。

 ややこしいことこのうえない。

 最新情報にはとんと疎い当サイトなので、現在和名や学名がどうなっているのかは不明ながら(それ以前にここで述べていることがジジツなのかどうかも不安ながら…)、それくらいややこしいのだから、イトマキエイのことをマンタって呼んでも別に大したモンダイじゃないですよね?

 ええ、ようするに言いたかったのはそういうことです(笑)。