水納島の魚たち

ノコギリハギ

全長 8cm(写真は3cmほどの幼魚)

 魚たちの「擬態」には、枯れ葉や岩、海藻など、自分が魚ではないフリをするものがある一方、他の魚にそっくりな色形になる、という手段もある。

 このノコギリハギなどは昔から、「他の魚のそっくりさん」という話になると、ニセクロスジギンポとともに欠かせない存在だ。

 ご存知のとおりノコギリハギは、シマキンチャクフグのフリをしている。

 なんでわざわざフグの真似をするのか。

 フグは体内に強力な毒を含んでいるために、他の魚に襲われることがないからだ。

 すなわち、フグのフリをしていれば、身の安全は保障されたも同然。

 ここで問題です。

 下の写真、どちらがノコギリハギでしょう?

 そっくりでしょう?(正解は最下段に)

 色柄にとらわれず形だけに注目すれば、背ビレ尻ビレの形などフォルムはカワハギそのものだから、見慣れてくれば顔つき体つきですぐに区別がつくようになる。

 とはいえ尾ビレは閉じていることが多いし、背ビレ尻ビレは透明だから見えないし、そもそもサイズ、色柄、たたずまいがこれほどまで似ていれば、けっして危うきには近寄らない肉食系魚たちは、ウカツに手を出したりはしない。

 ニラに似ているからといって間違えてスイセンを食べてしまい中毒を起こすのは、人間だけなのである。

 でも、そのそっくりさに欺かれるのは、外敵だけではなかった。

 何を血迷ったか、ノコギリハギとシマキンチャクフグが、一時的にせよ仲良くペアになって泳いでいることがままあるのだ。

 リーフ際でどこでもフツーに出会える魚だったノコギリハギが、すっかりレアになってしまうほど個体数が減っていた2019年のこと、珍しく砂地の根で若いノコギリハギに出会った。

 年齢的にはそろそろパートナーと出会い、周囲にアツアツムード(死語?)をまき散らしながらペアでウロウロし始めそうな時期だ。

 が。

 おりからのノコギリハギ激減のため、あいにく相手がいない。

 だからだろうか、禁断の恋の道を歩んでいた。

 種類的にはどちらもごく普通のふたりは、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。

 でも、ただひとつ違っていたのは、奥様は…

 …フグだったのです。 by 「奥さまは魔女」

 もちろんどっちがオスなのか、そもそも2匹は雌雄なのかは不明ながら、どっちがシマキンチャクフグかは大丈夫ですね?

 え?

 わからない?

 お逝きなさい。

 この両者が一緒にいる写真をネタ的に是非撮りたいと長年願いつつ、なかなかそういう偶然には恵まれないでいた。

 まさにその願ってもないチャンス!

 でもこれはけっして偶然ではない。

 この2人、サマンサとダーリンのように、ホントにペアになっているのだ。

 上の写真がたまたま偶然2匹が交差したのではない証拠に、この後も2匹はずっと……

 ラブラブ。

 ラブラブ。

 ラブラブ。

 エサを探すときも……

 やっぱりラブラブ。

 オトナのノコギリハギは、砂地のポイントだと本来リーフ際あたりで観られるのがフツーなのだけど、この子はおそらく行きがかり上チビターレ時代をこの根で過ごすことになり、そのままここで暮らしているのだろう。

 シマキンチャクフグはオトナになってからもこういう場所にもフツーにおり、実際この根には他にもシマキンチャクフグがいる。

 この根にて他に選択の余地が無かったのかもしれないノコギリハギとは違い、シマキンチャクフグはたとえ先住者のペアに邪魔にされていたとしても、まだまだこの先いくらでも同種との出会いのチャンスはあるだろうに。

 それでもラブラブぶりは徹底していて、どちらか一方が根から離れて砂地の上を泳いでいると、すぐについていくもう一方。

 そんな熱愛カップル(死語?)のおかげで、かねてからの念願だった、「そっくりさん同士のツーショット」を、偶然に頼らず撮ることができたのだった。

 姿形が似ているだけで、フグとカワハギはイヌとネコほどに異なる生き物なのだから、本来であれば恋の対象になるはずはない。

 互いにパートナーを求めているときに出会ってしまったら、焦る心がアヤマチを起こしてしまうのも無理はない……のか。

 やっと彼女と巡り会えたと思ったら相手はフグだった……と知ったときのノコギリハギ君のショックは、察するに余りある。

 ノコギリハギがフツーに観られるくらい個体数が多いと、もちろんフグにかまっている場合ではなくなる。

 基本的にメスのほうが少ないのか、繁殖期を迎えると、ノコギリハギのオスたちはメスをめぐって激しくバトルを繰り広げる。

 相手から自分がより大きく見えるよう体を膨らませ、ライバルと張り合う2匹のオス。

 普段の体色とは随分異なる興奮色が、シマキンチャクフグとのそっくり度合いを減殺させてしまっている。

 お腹まで伸びていたはずの黒帯模様が途中までで消失し、その先っちょだけ黒点として残っている。

 シマキンチャクフグに似せてなんぼのセキュリティという意味では大変な危険を冒しているわけだけど、彼女をめぐる争いの際に、我が身の安全などかまってはいられないらしい。

 これすべて、愛しい愛しい彼女のためである。

 それなのにメスたちときたら、両者が相争うそばで、涼しい顔をしているだけであることが多い。

 そんなメスに対して、オスはオス同士のバトルの熱も冷めやらぬ興奮モードのまま熱烈にアピールする。

 てっきり、こういう興奮モードのままオスのリードで産卵に至るのかと思いきや、戦いの果てにしっかりペアとなった2人の暮らしは、想像とはちょっぴり違っていた。

 ひところの大激減を乗り越えたのか、再びノコギリハギのオトナと出会う機会が増えてきた今秋(2021年10月)、興奮色モードではないものの、なにやらやる気モードを感じさせるノコギリハギのオスが、リーフ際で小柄なメスのあとにずっとつき従っているところにでくわした。

 この様子、どこかで観たことが……?

 あ、テングカワハギペアの産卵床物色だ!

 その様子が産卵床の物色であることがわかったのは、そのあと実際に産卵したからこそで、今年初めて遭遇していた(詳細は上記リンク先に)。

 そして夫唱婦随ならぬ婦唱夫随状態で広範囲を物色しているらしき目の前のノコギリハギの様子はというと……

 テングカワハギの時とそっくり!(途中でペアが出くわしているのは、そっくりさんのモデルであるシマキンチャクフグです)

 であれば、このあときっと産卵に至るに違いない。

 すると、メスがようやくここと決めたような仕草を見せ始めた。

 だらしなくビロン…と垂れ下がった海藻がちょうどいいらしい。

 おお、卵を産み付ける場所までテングカワハギの時と似ている。

 そして……ついに産卵へ!

 ワタシがノコギリハギペアの様子に気がついてからでさえ15分以上経っているのだから、オスはそれより遥かに長くメスに焦らされ続けていたはず。

 妥協を許さないメスがずっと産卵床を物色している間、ちょくちょくメスに催促をする様子からして、相当シビレを切らしていたことだろう。

 にもかかわらず、メスがついに産卵へと至り、いざ放精!となったオスの出番は、文字どおり「アッ!」という間に終了。

 たったこの瞬間のためだけに、ずっと辛抱していたのだろうか。

 それとも、メスは何カ所かに産み分けていて、オスはその都度放精しているのだろうか。

 とにもかくにも、ノコギリハギの産卵シーン初目撃だった。

 こうして産み付けられた卵はやがて孵化し、浮遊稚魚生活を経て、やがて↓こんなに可愛いチビターレとなる。

 そのまま持って帰ってしまいたくなるほどにカワイイ、1cmに満たないほどのチビターレ。

 このころはまだハッキリした白黒模様になりきっておらず、尾ビレは透明だ。

 地味な色合いで、目立たぬよう何かに寄り添いながらひっそりと暮らしている。

 これがもう少し大きくなると、薄いままでいたり親の色に近くなったり体色を変えられるようになり(尾ビレがうっすら黄色くなってくる)……

 さらに成長すると、小さいながらもずっとオトナの色のままになる(尾ビレは真っ黄色)。

 これらのチビターレが可愛くて可愛くて、カメラを携えている時に出会えばたいてい撮ってしまう。

 一時は激減したノコギリハギだけど、こうしてまた産卵が繰り返されれば、この先もまだまだフツーに出会える魚で居続けてくれることだろう。

 本文中の問題の答え…左がノコギリハギです。