水納島の魚たち

オニカマス

全長 150cm(写真は100cmほど)

 伊豆半島近辺の海辺にお住まいの方や、和食のお魚料理が大好きな方にとってカマスといえば、なにをさておいても干物の魚種であろうと思われる。

 けれど多くのダイバーにとっては、カマスといえばバラクーダ、バラクーダといえばトルネード、と相場が決まっている。

 我々が学生の頃、すなわち80年台後半にはまだお魚愛好ダイバー社会も実におおらかで、シロウトが学名で魚を語るような現在のヘンタイ社会に比べれば、いい意味で「テキトー」な空気に満ちていた。

 そのため、多くの人が遠い目をして海の彼方の海を思い浮かべながらダイビング雑誌を見ていた当時は、渦巻くように群れているカマスたちのことを、フツーに「オニカマス」と言っていた覚えがある。

 しかしカマスたちの分類研究も進み、今では渦巻く巨群を作るカマスたちはオニカマスではなく、オオカマスかブラックフィンバラクーダである、ということを誰もが知るところとなっている。

 ではいったいオニカマスはどこに行ってしまったのか。

 オニカマスはもともと、巨群を作る種類ではないのだ。

 巨群は作らないかわりに昔からカマス類中最大という称号を誇っており、そもそもバラクーダという英名は、オニカマスの学名 Sphyraena barracuda  に由来している。

 すなわち、バラクーダといえば本来オニカマスのことなのである。

 狂暴な魚の代名詞でもあるバラクーダは、場所によっては実際にヒトに被害を出しているほどで、何でも力で解決する米人ダイバーでさえ、危険という意味で一目置くほどのデンジャーフィッシュだったりする。

 そりゃ成長すると150cmを超え、モノによっては2m近くにもなるというバラクーダが本気を出し、スルドイ歯がズラリと並ぶ巨大な口で襲ってこようものなら、屈強なアメリカンダイバーであってもタダでは済むまい。

 さすがにそこまででっかいバラクーダを養うほどの生産量はないからか、水納島では本気で身の危険を感じるほど巨大なバラクーダに出会うことはまずない。

 それでも1mくらいあるとやはり戦慄が走る。

 目線の位置にいれば。

 たいていの場合、ゲストをご案内中には特に、ダイバーがいる水深よりも遥かに上の中層に単独でいて、ダイバーの呼吸に伴う排気音がイヤなのか、その場からゆっくり去っていく。

 なので恐怖を感じるどころか、むしろもう少しお傍に寄らせて…とお願いしたくなることのほうが多い。

 ところが。

 水納島で出会うバラクーダではマックスサイズのどでかいヤツが、ある時どういうわけだか砂地の根の中層くらいで鎮座したままになっていた。

 一緒に写っているのはツムブリで、まだ小ぶりな若いサイズとはいえそれと比してこのでかさ。

 こんなのが、ハナダイたちが舞う砂地の小さな根のほんの少し上でたたずんでいたら、さすがに高い緊張感をもって対峙しなければなりますまい。

 せっかくだから横からのお姿も拝見したかったので、高い緊張感をたもちつつ、刺激しないようにそおっとそっと……

 やっぱでけぇ〜〜!

 まぁ実測すればせいぜい120cmくらいだったんだろうけど、海中で見る120cmは実感2m弱くらいですからね。

 しかも師走の海なもんだから夏のようなにぎやかなノーテンキモードではないし、洋上でボートが往来する喧噪もないし、ただただ静寂に包まれた中、そこはかとなく危険な雰囲気が…。

 これで5〜6匹群れていたらヤバかったかも?

 でも彼(?)にとってはワタシも意味不明の巨大生物に見えるわけで、どうやら向こうも高い緊張を強いられていたらしい。

 やがてゆっくりとその場を離れていった。

 このようなメーター超級と比べると、まだ若い50cmほどの子は、胸(?)の厚みに薄っぺらい感がある。

 ダイバーずれしていない子だと、吐く泡が小魚の群れの煌めきに見えるのか、最初は近寄ってくることもあるお利口さんサイズでもある。

 いずれにせよオニカマスと遭遇する際は、彼らが中層にいるのが定番だ。

 でも時にはどういうわけだか海底付近でジッとしていることもある。

 体に妙な斑模様が出ているのは、一応隠蔽効果のためなんだろうか。

 向かうところ敵なしっぽいのに、「隠蔽」する意味はどこにあるんだろう?

 あ、エサゲットのためとか??

 それにしても……

 ……サンゴとバラクーダって、ありそうでなさそうなツーショット。

 オオカマスやブラックフィンバラクーダのトルネードってわけにはいかないにしても、けっこう遭遇機会はあるオニカマス。

 せめて10匹くらいの群れは見てみたいものの、それが全部メーター超級だったら、It's time to die.になっちゃうかもなぁ…。