水納島の魚たち

ヤマブキベラ

全長 25cm

 リーフエッジ付近の明るく浅いところが大好きなヤマブキベラは、ダイバーに限らず、サンゴ礁でスノーケリングをする方々もあっという間にお近づきになれる魚だ。

 その派手派手な色彩は、ベラ類を「ベラ」とひと口でまとめてしまう一部の(多くの?)ベテランダイバーのみなさんにはとっくの昔に興味の対象外になってしまっているのだけど、そんなスレてしまったベテランダイバーの美的感覚などこの際捨て置き、まずは素直に眺めてみれば……

 彼らヤマブキベラの美しさは衝撃的ですらある。

 特に成長したオスの容姿なんて、ああ、これぞ夢に描いた熱帯の海……てな感じ。

 実際、サンゴ礁の海で初めてスノーケリングをした方々からは、

 「あののような魚はなんというのですか?」

 スレたベテランダイバーから聞くことなどとうていありえない、詩的形容を伴った質問をよくいただく。

 ヤマブキベラ、純なマナザシで見つめれば、その姿はたしかにレインボー…

 レインボー…

 …レインボースペシャル(ゴールデンドリーム印)。

 しかしその一方で。

 スノーケリングのゲストにヤマブキベラを紹介する際には、

 「沖縄で最もいやしんぼうな魚です」

 と説明することもある。

 「最も」はいわゆる「※個人の感想です」ながら、エサを食べるということに対する彼らの真正直な行動は、ともすれば餓鬼道に落ちてしまったかのようにも見えなくもない。

 当店では自然環境にリスペクトする観点から餌付けは一切やっていないのだけれど、本島からやってくる様々な業者の多くは、スノーケリング客にフツーに餌付けをさせている。

 安易にご馳走にありつけるとなれば、リーフ上の魚たちのたいていはワイルドライフの誇りを捨て、相手構わず尻尾を振るイヌのように人間たちに媚を売る。

 その際、真っ先に餌付いてしまうのが、このヤマブキベラといっていい。

 とにかくその貪欲さ、いやしんぼさといったらもう……。

 餌付けられてしまったヤマブキベラは、水面にヒトが浮いていたら「エサ」と脳内で電気信号が送られるらしく、エサを持っていないヒトの指すら平気で齧りついてくるほどだ。

 その口は……

 前歯が発達したこんな口で齧られようものなら、出血するヒトがいるのも当然だ。

 しかもその量たるや。

 スノーケリング中の親子を水中から撮ろうとしたところ……

 集まったヤマブキベラたちのせいで、ゲストの顔が見えないんですけど。

 これ、前述のとおり当店は餌付けをまったくしていないので、ゲストの手にはエサなど何もない。

 ところが餌付けられているリーフ上の魚たちは、ヒトと見るやエサがあると思い込んでいるものだから、このように殺到してくるのだ。

 初夏までならここまでひどくないものが、夏休み時期になるともうスノーケリング業者はピストン輸送で客を連れてきては餌付けをするため、真夏になるとこんな具合になってしまうのである。

 餌付けられてしまっている場所のヤマブキベラはまったくヒトを恐れなくなってしまう。

 そのためリーフエッジ付近のサンゴにいい感じで群れているキンギョハナダイのチビたちを撮ろうとしても、人間=エサをくれる者と思っているヤマブキベラがエサを催促しにカメラの手前まで近寄ってくる。

 すると、せっかくいい感じで群れていたキンギョハナダイチビたちはみんな隠れてしまう…

 …ということもザラにある。

 オヤビッチャたちが卵を保育しているところにうっかり近づこうものなら、ダイバーを警戒してオヤビッチャが卵から離れるやいなや……

 ここぞとばかりにオヤビッチャの卵を集団で貪り食う。

 そんな最中でさえ、もっといいものがもらえるかも…とばかり、カメラに向かって催促をするヤマブキベラ。

 餌付けられていない場所ならヤマブキベラがリーフエッジよりも下の海底まで降りてくることはほとんどないから、本来なら卵の被害はチョウチョウウオたちの分だけで済んでいたはず。

 そんなエサに対する貪欲さが仇となり、桟橋で遊んでいる子供たちの他愛のない釣りセットですら即座に釣られてしまうヤマブキベラ。

 しかし彼らのひたむきな(?)エサに対する執着心も、ときには役立つことがある。

 リーフエッジ付近でサンゴを撮ろうとしても、魚影がすこぶる濃厚…というわけではない晩秋や冬の水納島の場合、サンゴだけだといささかサビシイ写真になってしまう。

 ところがそんなとき、ひょっとしたらエサをくれるかも?と勘違いしたヤマブキベラが近寄ってきて、画面内のここに何かいてくれたらなぁ…というところに来てくれる。

 ヤマブキベラがいるといないのとじゃ、同じサンゴを撮るにしてもイメージが全然変わってくる。

 ヤマブキベラ、なにげにお利口さんでもあるのだ。

 しかしこれもやはり餌付けのなせるワザ。

 こうしてただ集まってくれるだけならともかく、ヒトが与えるエサにはなにかとつきものの各種添加物。

 たとえヒトに対しては「無害」となっていようとも、本来自然下に無いものを恒常的に摂取し続けると、魚たちは……

 …こういうことになる。

 ヒトが与えるエサのなにがどうかかわっているのか、実験したわけじゃないから「因果関係」はしかとはわからない。

 でも各業者がスノーケリングをする際によくボートを停めている場所で、この体表の白いブツブツが観られるケースが多いという状況証拠はたしかにある。

 場所によっては、ブツブツがないヤマブキベラを探すほうがムツカシイということもあるほどだ。

 ヤマブキベラに限らず、また直接ヒトからエサを食べている魚に限らず、よく目にするこのブツブツが、「無害」であるとはとうてい信じがたい。

 ヒトから直接エサを食べるわけではない魚たちも、食物連鎖の果てなのだろう、↓こういうことになっていることもある。

 これは白いブツブツだらけになっているヘラヤガラの胴体だ。

 リーフエッジ付近で小魚を襲うこともあるハンター・ヘラヤガラだから、添加物まみれの小魚たちを食べ続けているとこうなってしまうのだろう。

 魚たちに安易に与えるソーセージや冷凍サンマが、静かにヒタヒタと海中世界にダメージを広げているかもしれないのだ。

 サンゴにダメージを相当与える日焼け止めをたっぷり塗って、魚たちにソーセージを与えながらワーワーキャーキャー言っているヒトたちは、ほとんど環境テロリストであるといっても差し支えない。

 そんなブツブツ問題を抱えつつも、ヤマブキベラはたいへん個体数が多い。

 レインボーになっている立派な体格のものがオスで、縄張り内に複数のメスを囲っているらしい。

 オスがレインボーなのに対し、メスはその名のとおりの山吹色が基調のベラだ。

 水温が上がり始める梅雨頃になると、リーフエッジ付近ではいろんなベラたちの産卵が毎日のように観られるようになる。

 潮が引いていくタイミングを選ぶから、ピークの時間帯は日ごとに変わるのだけど、ヤマブキベラの仲間たちはオスがメスの遥か上方にポジションを取り、胸ビレを忙しなくビュンビュン高速ピッチで動かしながらメスにアピールする。

 すると気分が盛り上がってきたメスはオスのもとへと上昇し、2匹が一緒になってさらに上方へ突き進み、プシュッと産卵をする……

 …のを連日繰り広げていれば、そこらじゅうにヤマブキベラ・チビターレがいるのも当然。

 もっとも、オトナのように目立つことはなく、リーフ上のサンゴの傍をウロチョロウロチョロしている。

 これは2cmくらいのチビターレ。

 ヤマブキベラだとその場で認識できるミニマムサイズに近い(Rクラシカルアイ)。

 ベラ類には幼魚期の際立ったカラーリングで知られるものが多いけれど、ヤマブキベラの仲間たちのチビチビはいたって地味だ。

 もう少し成長して4cmほどになっても……

 知らなければこれがヤマブキベラのチビとはとても思えない。

 水納島ではこのように背中がオレンジのものが多いのだけど、たまに明るい緑色になっているチビもいる。

 八重山では多いそうながら、水納島ではレアなのでお見逃しなく。

 もっとも、↓クギベラのチビターレとお間違えなきよう。

 ちなみにクギベラのチビターレは、黒い線がもう1本あるので見分けられる(クラシカルアイには厳しいかも…)。

 ヤマブキチビターレはオトナや若魚のようにサンゴから離れて中層をスイスイ泳ぐことはまずなく、目立たぬよう、目立たぬように暮らしている。

 もう少し育って5〜6cmくらいになると……

 体の真ん中よりも背中側だけが、ややヤマブキベラっぽくなってくる。

 この頃はわりとサンゴの上をスイスイ泳ぐようになっていて、10cm弱くらいになると……

 おそらく生理機能的にも「メス」になっていると思われる。

 これくらいになると、オスの胸ビレチャカチャカ泳ぎプロポーズに反応して、一緒に盛り上がってペア産卵するようになっているはず。

 多くのベラ類同様、ヤマブキベラもオスからメスへと性転換するとはいえ、闇雲にみんながみんなオスへとまっしぐらに突き進むわけではなく、繁殖戦略的に群れの中でオスポジションでいるのにふさわしいものが、社会的立場としての「オス」(「二次オス」とか「オス相」などという)になる。

 なので上の写真の子は、一生メスのままかもしれないし、メスの色柄のまま生理機能がオスになるかもしれないし、群れに何かコトがあれば、社会的立場として「オス」になる日が来るかもしれない。

 オスになるのかメスのままなのか、いずれであっても、やはり白いブツブツに苛まれることがなく暮らせることが、ヤマブキベラたちの最大のシアワセであることはいうまでもない。