水納島の魚たち

ヤシャハゼ

全長 5cm

 チンアナゴとならび、水納島を代表する魚が、このヤシャハゼだ。

 世にその名を知られるようになった頃は、やたらと深い海底にある砂地での発見が相次いだため、ヤシャハゼといえばそのような深いところで観られる魚、と思っておられた方が多かった。

 ところが水納島の砂地のポイントなら、若魚が増える夏場なら水深10mそこそこからごくごくフツーに観ることができる。

 しかも場所によってはやたらと個体数が多く、1個体を息をひそめてジリジリと撮影する必要などなく、引っ込めば次、また引っ込んだらその次…と、いくらでもとっかえひっかえしているうちに、フレンドリーな子に出会えることもある。

 ヤシャハゼが業界的に「レア」だった頃からの古いダイバーの中には、ウジャウジャといっていいほどたくさんいるヤシャハゼを前に、

 「ヤシャハゼ地獄……」

 とつぶやかれた方もいる。

 それにしても、「夜叉」とはまた恐ろしい名前だ。

 こんな可愛げな魚に、なぜこのような名がつけられたのだろうか。

 インド洋にドラキュラシュリンプゴビーと呼ばれるネジリンボウのそっくりさんがいる。

 一説によると、その魚につけられている種小名がdracula(ドラキュラ)なので、それに対抗して恐ろしげな和名をつけたのだそうだ。

 なるほど、この顔を見たら「夜叉」にも納得する?

 そんな人間がつけた名前などには関係なく、彼らは砂地にある巣穴の上で、たいていペアでヒョコヒョコ浮いている。

 巣穴の上付近でホバリングしつつ、流れてくるプランクトンなどをパクついている。

 可憐でカワイイ姿ではあるものの、エサを食べる時もやはり大口だ。

 こうしてのどかにお食事中の姿を見せてくれるのは水温が高い季節のことで、水温が低い時期は、活動が鈍くなる分警戒心が強く、じっくり近づこうとしても、その前にアッサリと巣穴に逃げてしまうことが多い。

 夏になって水温が高くなれば、彼らの動きも活発になるから、ギリギリのラインまで近寄らせてくれるケースが増える。

 アクビをしている写真などは、レンズの前面から10cmほどの距離でしかない。

 また、水温が温かくなる初夏から、ヤシャハゼの幼魚の数が増えてくる。

 梅雨明け前後から7月初旬は、そこかしこでヤシャハゼ・チビターレがチビチビしはじめる。

 これまでの人生最小級は……

 2018年6月下旬に撮ったこのチビターレ。

 最もファインな砂粒に比してこのサイズ、おそらく1cmほどだろう。

 ニシキテッポウエビと思われるパートナーも相当小さく、チビ同士で健気に共生していた。

 これくらい小さいと、ヤシャハゼのラインは光を当てても赤くはないようだ。

 でもチビとはいえやるときはやる。

 ヤシャハゼ版アクビ娘の巻。

 初夏になるとこういったチビチビが増えてくるのだけれど、増えた分の巣穴があらかじめ用意されているわけではないから、彼らは突如住宅難状態に陥り、同じ巣穴に3匹、4匹いる様子も見られる。

 すでにペアになっているところに紛れ込んでしまった若い子はけっこう虐げられる運命にあり、巣穴に逃げる順番は一番最後という地位を甘受するしかない。

 ところが、たまたま独り身になっているところへたどり着いたチビチビは、ちゃっかりパートナーの座を射止めていたりもする。

 なんだか「小さな恋のメロディ」。

 ちなみにヤシャハゼの雌雄は、腹ビレの先の色で見分けることができる。

 メスが無地なのに対し、オスは先端に褐色の模様がついているのだ。

 ここで見分ければ、先ほどの小さな恋のメロディカップルの場合、大きい方がオスであることがわかる。

 面白いことに、ペアでいるヤシャハゼが巣穴に逃げる際は、ほぼ100パーセントの確率でオスが先に逃げる。

 なので、ネット上に出回っているヤシャハゼの単独の写真は、たいていの場合メスのはず。

 …でも稀に例外はあって、相当年季が入っていそうな立派なオスが、単独で気張っていることもあった。

 不慮の事故かなにかで伴侶を失ったばかりなのだろうか…。

 ペアで暮しているハゼたちはたいがいオスが先に逃げるようなのだけど(ハタタテハゼも)、目視で雌雄を判別できないから、ホントかどうか確かめようがない。

 その点ヤシャハゼは見分けられるので、藤木君ばりのオスの卑怯ぶりがよくわかるのだった。

 ところで、ご存知のとおり、ヤシャハゼは共生ハゼの一種だ。

 共生ハゼと総称されるハゼたちは、テッポウエビ類と一緒に住んでいる。

 おおまかにいうと、テッポウエビがセッセと巣作りに専念し、ハゼが見張り役をするという、双方にとって利益がある相利共生である。

 テッポウエビたちは概して視力が弱いから、巣穴の外に出て巣作り作業をしている時は、危険に身を晒すことになる。

 そこで彼らは、巣穴の出入り口付近にいるハゼに触角をたえず接触させておき、ハゼが体を使って危険を知らせるシグナルをキャッチするや、シュッと巣穴に逃げこむという寸法だ。

 この赤と白のおめでたい色合いのエビは、コトブキテッポウエビという。

 共生ハゼとテッポウエビの間には、それぞれの種ごとに切っても切れない縁があるようで、本来の生息環境で暮らしているヤシャハゼたちは、このコトブキテッポウエビを好んでパートナーにする。

 ところが初夏に始まる住宅難の流れからか、なかには別のテッポウエビと暮らしているヤシャハゼもいる。

 水納島の場合ヤシャハゼは、コトブキテッポウエビでなければこのニシキテッポウエビ、ということになる。

 幼魚の頃に同じく小さなニシキテッポウエビと暮らしているケースはちょくちょく観るけれど、オトナではわりと珍しい。

 ただ、本来のパートナーではないせいか、ときおりコミュニケーション不足になるらしく、ヤシャハゼを頼りに巣作りに励んでいるニシキテッポウエビをほったらかしにして、ホバリングしながら採餌に励んでいるヤシャハゼもいる。

 危険察知センサーを失ったニシキテッポウエビ夫婦は、ただただ途方に暮れていた。

 パートナーのエビの種類が異なるケースがある一方、ペアを組んでいる相手の種類が違う、ということもある。

 テッポウエビたちの巣穴は、地中に意外なほど縦横に広がっている。

 その巣穴が地中で繋がることに起因するのか、同じコトブキテッポウエビをパートナーに選ぶ共生ハゼが、ついつい別種のハゼとペアになってしまっていることがある。

 同じくコトブキテッポウエビをパートナーに選ぶ傾向があるヤノダテハゼと暮らしていることがあれば…

 ヒレナガネジリンボウとペアになっている子もいる。

 白黒に紅白が組み合わされば、冠婚葬祭なんでもござれってところかも。

 これらの異種間カップリングがイレギュラーなのに対し、異種のハゼなのに恒常的に一緒に暮らしているモノがいる。

 彼だ。

 ヤシャハゼたちの上方で身を翻している青いハゼ。

 近年になってようやく和名がついた、スミゾメハナハゼである。

 これまで彼らは、ちょくちょく「居候」と紹介されてきた。

 というのも、エビは巣作り、パートナーのハゼは見張りとそれぞれに役割があるのに、スミゾメハナハゼはただそこにいるだけで、しかも真っ先に逃げる役立たず、というわけだ。

 ところが実際は、より高所から周囲を見渡し、危険を察知するや瞬時に巣穴に逃げるから、じゅうぶんに早期警戒警報発令の役割を果たしているのである。

 ヤシャハゼ専属というわけではないにしろ、夏場なら彼を目印にすることにより、けっこうな確率でヤシャハゼに出会える。

 それによってダイバーを寄せつけるという意味では、むしろ脅威を自ら招いているともいうけれど……。

 とにかく警戒心が強いから、なかなかその姿を拝ませてはくれないスミゾメハナハゼ。

 でもその場でジーッと待っていると……

 やがて顔を出してくれる……こともある。

 スミゾメハナハゼに比べればはるかにフレンドリーなヤシャハゼではあっても、彼らにとって巨大なダイバーなんてものは、脅威以外のナニモノでもない。

 だから、つれなくサッと巣穴に隠れてしまうことが当たり前、と割り切るしかない。

 そう開き直ってしまうと、全身から放出される「観たい観たい」「撮るぞ撮るぞ」オーラがかなり薄まり、多少はハゼたちとお近づきになりやすくなるかもしれない。

  水納島のヤシャハゼは、水深20m以浅でも普通に見られるので、発見するのも観察するのも簡単だ。

 個体数が多いから、淡泊かつ粘り強く出会いを待てば、そのうち最短距離まで近寄ってもアクビをしてくれるような、超ゴキゲンなフレンドリー君に出会えることだろう。