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ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

239回.県蝶オオゴマダラ

月刊アクアネット2023年4月号

 沖縄県の「県蝶」を定めるための県民投票が、いささか唐突に2017年に行われた。

 県内に約150種類もいる蝶からひとつ選べと言われても、一般的に知られていないもののほうが圧倒的に多いということもあり、予選を通過した選ばれし5候補者から選択する、という投票だった。

 その県民投票で「輝け第1位!」に選ばれたのが、オオゴマダラだ。アゲハの仲間を除いた「チョウ」のなかで、翅の面積が日本最大ということでも知られる南国のチョウである。大きいだけにヒラヒラと風に乗って舞う様子はなんとも優雅で、「南国の貴婦人」という通り名にも素直に納得できる。

 投票結果が反映されて県蝶に指定される以前から、オオゴマダラは県内各地で保護・増殖活動が行われてきたチョウでもある。

 オオゴマダラの幼虫の食草であるホウライカガミは海辺に育つ植物で、そういった自然環境をことごとく破壊している沖縄県内では自然環境下でオオゴマダラが繁殖しにくくなっているため、ホウライカガミを人工的に増やし、安心して卵を産める環境を提供することにより増殖してもらおうというわけだ。

 そのため近年では、ホームセンターの園芸コーナーでホウライカガミが販売されていることもあるほど。

オオゴマダラの楽園を人工的に作れば、目論見どおり訪れる観光客の目を楽しませることができるかもしれない。でも同じ1匹のオオゴマダラでも、それが自然下で繁殖したものではなく、人工的に作り上げられた環境下で増やされたものとなると、『島の自然のチカラ』の印象は随分矮小化してしまう。大事にすべきは、何もせずともフツーにたくさんオオゴマダラが観られる、というかけがえのない島の自然のチカラそのものであるということに、多くの人はまだ気がついていない。

 環境破壊によって絶滅に瀕している昆虫は他にいくらでもいるというのに、なぜオオゴマダラだけがもてはやされているのか。それは「日本最大」という称号もさることながら、サナギが金色という特徴が大きくものを言っている。

 見ようによっては金色に見える…というようなアヤフヤなものではなく、初めて目にすれば誰もが目を奪われるほどの金色だ。

 以前もこの稿で紹介したことがあるように、かつて「水納島で観察されたチョウ」という趣旨の論文を拝読する機会があった。それによるとこの島では迷蝶も含めて50種類ものチョウが確認できたという。この小さな小さな島だけで50種類!

 もちろんそのなかにはオオゴマダラも含まれている。小さいながらも自然海岸と植生がほとんどキープされていることもあり、食草のホウライカガミも島内に小規模ながら安定的に繁茂しているようで、晴れた日に散歩をすれば、オオゴマダラがヒラヒラ…と優雅に飛んでいる姿をよく見かける。

 環境さえ整っていれば、フツーに出会えるチョウなのだ。

 ところがなまじ「県蝶」指定されたものだから、まだ休校になっていなかった当時の島の小中学校では、学内でホウライカガミの苗を購入して育て、オオゴマダラを殖やそう!という運動が始まった。

 わざわざ高価な苗を買ってきて校内で増やさずとも、島で観られるオオゴマダラはいったいどこで卵を産んでいるのか、その植物はどういう環境で育っているのか、なぜそこにしか観られないのか、といったことを少しずつ学び、オオゴマダラに増えてもらうためにはそのような環境をどのようにキープすればいいのか、ということを考える方がよほど「環境教育」ではなかろうか…と思ったものだったけれど、環境保全と人工的増養殖がイコールになってしまっているニッポンでは仕方がないことなのかもしれない。

 島の小道を散歩するだけでオオゴマダラに出会える自然環境の素晴らしさ。その価値を知らずして人工的にオオゴマダラを殖やしたところで、オオゴマダラにとって暮らしやすい島でなくなってしまえばなんの意味もない。

 陽光の下でのどかにヒラヒラ舞うオオゴマダラを眺めながら、そんなことを考える春の午後なのだった。