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ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

54回.美しきファーストネーム

月刊アクアネット2007年11月号

 私の旧姓は「築地(ツキジ)」という。

 そう言うと本誌読者の多くは、東京の築地市場を連想するに違いない。

 ところが残念ながら、その築地とはまったく縁もゆかりもない、れっきとした(?)埼玉の片隅の地元土着民の姓である。

 地元では同級生に「築地君」がいたし、電話帳をめくれば、けっこう「築地さん」がいたものだ。

 ところが高校や大学に進学したときは、他に同姓の人がいなかったのでかなり珍しがられた。

 そんな私も、沖縄に引っ越してきて、まず大学の入学式でひっくり返りそうになった。

 何名かの代表者が呼名されたのだが、「ナカンダカリさん」「アハゴンさん」「ズケランさん」など、まるでウルトラマンに出てくる怪獣のようで、聞いただけではまったく漢字が思い浮かばない姓ばかりなのだ。

 ちなみに漢字にするとそれぞれ仲村渠さん、阿波根さん、瑞慶覧さんとなり、逆に漢字だけ見たらまったく読めないのだった。

 その後しばらくするうちに、沖縄県内に多い姓は「大城」「比嘉」「金城」がベスト3だということが分かった。

 それくらいならさすがについていけるものの、7位8位くらいからは、埼玉で育った私にはまったく異質で、聞き慣れない姓が多かった。

 水納島ではどうかというと、大城さん、島袋さん、仲宗根さん、屋富祖さん、湧川さんと、けっこうバラエテイーに富んでいるものの、けっして読めないわけではない。

 読めなくはないけれど、それとは違うところで引っ越してきたばかりの私は大変戸惑った。

 誰も姓で呼び合わないのである。

 島の人々は人の名前を基本的にファーストネームで呼ぶのが普通なのだ。

 小さな子供たちならまだわかる。でも御齢80近いおじいに対してみんなファーストネームで呼んでいるのである。

 これが当時の私には非常に違和感があって、自分の親より年配の人を呼びづらかった記憶がある。

 また、本島の役場に電話をして「○○さんをお願いします」といったら、「すみません、どの○○でしょうか、下の名をお願いします」と言われてしまい、困ったことがある。

 同じ姓の人が同じ部署にいる率が、本土に比べて格段に高いためだ。たとえ先方が小さな部署であっても、フルネームがわからなかったら呼び出しもできないのだ。

 ところがファーストネームだけで事足りることが多くなった今となっては、逆にその人の苗字は知らない、ということがままあるようになった。

 毎年アルバイトでビーチにやってくる若者たちなんて、たいていの場合ファーストネームしか知らない。

 まあそれで誰も困らないからいいのだ。

 結局水納島のような大きな家族程度の人口の島にあっては、「姓」なんてものはまったく必要ないということなのだろう。

 ちなみに私は、3歳の子供から80過ぎのおじいおばあまで、「まさえ」もしくは「まさえさん」と呼ばれている。

 本土でなら普通に「おばちゃん」と呼んでもおかしくない世代の子供たちから「まさえさん」と呼ばれると、なんだか若返ったような気分にもなる。

 そしてなにより、ファーストネームで呼ばれると、とても親近感が感じられて嬉しくもあるのだ。

 その人の名前ではなく肩書きが重要なサラリーマンの世界とは、まったく逆の世界である(ま、会社でファーストネームで呼ばれても……って気もするけど)。

 そんな水納島での生活が、心地よい今日この頃なのだった。