●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2009年4月号
島のカニ獲り名人からガザミをいただいた。
ガザミとはワタリガニの親戚で、内湾の河口やマングローブに住むカニのことだ。
いただいたものは本名をアミメノコギリガザミといい、甲羅の幅が20cm以上にもなるからかなり食べがいがある。
たまたま居合わせたうちのゲストともども、たっぷり堪能させてもらった。
十年ほど前、このカニを捕まえて食べたという昔の写真を見せてもらったことがあった。
おそらくその人は、こんな大きなカニを「獲ったど~」という昔話を自慢したくて見せてくれたのだろうが、当時の私としては、カニの大きさよりも何よりも、陸水が無い水納島のようなところに、汽水域に住むカニがいたということのほうが大きな衝撃だった。
そのときは何かの偶然でたまたま1匹いたのかな、と軽く解釈しただけだったのだが、このところ数年に渡ってこのカニを獲っている冒頭の名人の話を聞くと、どうやら1年に20匹くらい獲っても大丈夫なくらいの数が、水納島に住んでいることが判明した。
それも、我が家から目と鼻の先の、潮が引くと干潟になる内湾状の海に。
まったく陸水のないこんな小さな島なのに、なぜ汽水域に生息するカニがいるのだろう?
数ある水納島での共同作業のひとつに、御願所清掃がある。
島内に4箇所ある御願所の草刈伐採その他をするのだけれど、そのうちの2箇所は、30年程前までは実際に使われていた井戸だ。
水納島ではどれだけ掘っても海水しか出てこないだろうと思っていた私は、井戸があると知ったときはかなり驚いた。
満潮のときは井戸の水の半分くらいが海水になってしまっていたらしいが、それでも天水だけの生活に比べればよほど便利だったらしい。
聞いたところによると、飲料水ではなく、大人たちは畑にまいたり洗濯するのに使い、子供たちは海で遊んだ後に体の潮を流すのに使ったとか。
その頃は井戸の周囲にカエルも住んでいたという。
これらの話からすると、どうやら水納島の地下には、琉球石灰岩とそれ以前との地層の間に、大量の水を貯めていられる層があると思われる。
それがたくさんの栄養分とともにどこかからかしみ出してきていて、裏浜の湾内をガザミが暮らせるほどの汽水域環境にし、カニをはじめとする数多くの生物たちを育んでいるのではなかろうか。
近年の沖縄県内では、頻発する水不足問題対策のひとつとして、地下水を有効利用しようと地下ダムが各地で造られている。
そう聞くとたしかに合理的に見えるものの、そこには、地下水脈がもたらしている自然環境、ことに生物への影響に対する考察はほとんどないといっていいだろう。
地下水が流れ込んでいたからこそ育まれていた多くの生き物たちにとって、その流れを大きく遮断する地下ダムがいい影響を与えるはずはない。
また、従来は透明な水が湧出していたところが、ダムのせいで泥混じりの水が流れ出すようになり、地下ダムとはまったくかけ離れたところにある海の透明度が格段に落ちたという話も耳にする。
それやこれやを考えると、近頃はやりの海洋深層水とか、海水純粋化プラントとか、自然のサイクルを大きく変えるテクノロジーというものを、素朴に素直に信じていていいのだろうか、という気もしてくるのだった。