●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2011年2月号
ある年の冬のこと、シーズンオフ真っ只中にもかかわらず、後輩夫婦が島に遊びに来た。
そしてポカポカ陽気に誘われて島内を散歩してきた二人は、やや興奮気味に口を揃えてこう言った。
「灯台への道は、蝶のパラダイスでした!」
ある研究者の論文によると、迷蝶(たまたまその個体がいただけで、その地で繁殖しているわけではない蝶)を含めれば、水納島ではなんと50種類もの蝶が確認されている。
そのなかで水納島を代表する蝶といえば、ほかでもないリュウキュウアサギマダラだ。
ひらけた原っぱではなく、沿道に木々がこんもり茂っているような道を散歩すると、まるで人工的に放たれたかのごとく、そこらじゅうでヒラヒラと舞い踊るこの蝶々たちに包まれる。
後輩夫婦が蝶のパラダイスというのももっともな光景だ。
島の沿道でもよく見られる、ツルモウリンカという雑草が彼らの食草だと知っていれば、幼虫を見るのも簡単だ。
とはいえ幼虫はなかなかグロテスクな色形なので、わざわざ見たいと思うのはマニアック方面の限られた方々だけかもしれない。
ちなみにその蛹は、オオゴマダラのそれに勝るとも劣らぬ、宝石のように光輝く黄緑色の美しさを誇る。
成虫は水色と黒のコントラストが美しく、花を求めて海岸でもヒラヒラ飛んでいたりするから、砂浜や海を背景に見ることもできる。
リュウキュウアサギマダラは、亜熱帯の沖縄を演出してくれる素敵な蝶なのだ。
そのうえ1年で2、3回繁殖するらしく、年により個体数の増減はあるものの、年中いつでも見ることができる。
そう、彼らは成虫の姿で冬を越すのだ。
真冬でも、風がなくお日様が出ている日にはヒラヒラとたくさんの蝶が舞い、そこかしこに咲いている花の蜜を吸っている。
島に引っ越してきてからすでに16年になる私にとっては、いつの間にか当たり前の光景になってしまったけれど、蝶たちが真冬でもたくさん飛び交っているなんて、埼玉で暮らしていた頃にはあり得なかった。
ただし、今冬のように冬将軍が異常にがんばってしまうと、さすがに沖縄といえど蝶たちは機能を停止してしまう。
そんなときリュウキュウアサギマダラたちは、風が当たらない木陰で、何十匹もが身を寄せ合って寒さを凌ぐ。
鱗粉のある生き物は大嫌いという方にとっては地獄の光景かもしれないけど、初めてこの光景を見た私はかなり感動したものだった。
かつてテレビの自然番組で観た、渡り先の北米で大集団になって越冬をするカバマダラという蝶の様子とそっくりだったのだ。
そういえば両者は分類的にも近い。
こんな素敵な蝶なのに、シーズン中に水納島に来る観光客の方々は、海に目を奪われてしまうためか、リュウキュウアサギマダラにはあまり注目してはくれない。
これほどメルヘンチックな空間なんて、自然下でそうそう味わえるものではないと思うんだけどなぁ…。
そもそも食草自体が海岸近くに生える植物なので、開発が進んでしまった現在の本島地域では、それらが繁茂している土地はかなり少なくなっていると思われる。
やがてますますこの蝶が減っていき、ちょっとやそっとじゃ観ることができなくなり始めたとき、人々はようやくその価値に気がつくのだろう。
食草が自然に生える環境も含め、このまま蝶のパラダイスであり続けることもまた、この島が世に誇っていい貴重な観光資源のひとつであることは間違いない。