13・スバルを見る石はダイハツ

 晴れてこの日最大のミッションをコンプリートした我々は(ここはWeではなくIのような気がするけど)、今宵もえび屋−Mさんにご馳走になった。

 この夜は、夕食に出られる時間が遅くなることが最初からわかっていたこともあって、車えび料理撮影ミッションはなし。

 つまり車えび料理がない夜になる。
 なんだか、オセチもいいけどカレーもね♪みたいな感じ。

 ああ、なんてゼータクな日々だったんだ……。

 連れてきてもらったお店は、市街地にある食堂だった。
 夜、知らずに通りかかったら、けっして飲食店と気づくことはないであろう、なんとも慎ましやかな外装。
 どちらかというと、新世界にある将棋会館とか囲碁会館のような風情もある……。

 

 しかし地元のタクシーが2台ほど停まっていて、運ちゃんがそれぞれ食事をしていたということからもわかるとおり、地元の方々に愛されているお店なのだ。

 店内は洒落た内装で、イタ飯やフレンチが出てきそうな雰囲気をかもし出しつつ、メニューには和風系のシアワセ料理の数々がラインナップされている。

 石垣に観光に来て、ありとあらゆる沖縄料理、八重山料理を味わいつくした方であれば、ホッ……と安堵の吐息を漏らせるような、そんなお料理の数々だ。

 うちの奥さんは鯵の干物定食、僕はチキンソテー定食をいただいた。
 正真正銘の和風料理ながら、お皿を含めた料理のたたずまいがまたオシャレで、なるほどこのお店、タダモノではない。
 これがまた美味しいのなんの。
 そして安い。

 そんな料理に舌鼓を打ちつつ、今宵もしっかりビールをいただくのであった。
 運転手のえび屋−Mさんだけ、アルコールフリーで……。

 それにしても、石垣島ってなんでこんなに、どこもかしこも美味しい素敵な飲食店だらけなんだろう!!

 ……それってつまり、案内してくださっているえび屋−Mさんのおかげ。

 ありがとうございます。

 ところで、知るヒトぞ知る、えび屋−Mさんはロマンチストなのである。
 空や星、気象、飛行機、機内からの眺め、そして石垣の自然などに関するエッセイ風のブログをお持ちで、食堂でガッツリ系丼モノを注文されるお姿からはとても想像できないほど、その内容はロマンに満ち溢れている。

 この夜、養殖場への帰り道、そんなえび屋−Mさんに、星に関する「あるもの」を案内していただいた。

 幹線道路の傍らに、静かにたたずむ一本の石。
 星見石というのだそうな。

 一見なんの変哲もない石灰岩のように見えるこの石、そこには意味ありげに穴が開けられている。
 そこから特定の星を観察することによって、農作業、特に種蒔きの時期を明確に定めていたという、古の人々の大切な暦ツールだったのだ。

 八重山地方にはこの星見石がいくつか発見されていて、昔の人の生活がいかに「空」と密接に関わりがあったかということを今に伝えてくれている。

 ちなみに、観察対象だった特定の星とは、たいていの場合プレアデス星団、すなわちスバル。
 この「すばる」という語源についても、深い薀蓄をえび屋−Mさんから伺った。

 「すばる」というのはもちろんプレアデス星団を指すやまと言葉。それが沖縄では、「むりぶし(群星)」と呼びならわされている。
 県内各地方で微妙なマイナーチェンジはあるものの、基本的にこの「群れ星」を語源とする呼び名は、遠く奄美大島付近まで広く分布しているそうだ。

 ところが、それより北のトカラ列島から先は、突如として傾向が変わり、スマル、スモル、スバイ、といった呼称になるという。

 いうまでもなくそれは「すばる」に繋がる言葉の系譜で、そもそもの語源は「すぼめる」とか「統べる」という言葉なのだとか。

 その昔探偵ナイトスクープで、「日本アホバカ分布図」という、タイトルはバカらしくとも、日本民俗学的にとても奥の深い企画があった。
 このプレアデス星団の呼称もまた、アホバカ分布と同様、ある地域からスッパリと呼び習わし方が異なっているのが面白い。

 その「ある地域」がまた、とっても興味深いのだ、とえび屋−Mさんは熱く語る。

 なんと「群れ星」系呼称と「すばる」系呼称を明確に隔てるラインは、生物地理学でいうところの「渡瀬線」とピッタリ一致するというのである。

 渡瀬線というのは、その昔ウォレスが東南アジアの諸地域で見つけた、地質学をも巻き込んだ島嶼ごとの生物分布の明瞭な境界線、すなわちウォレス線の親戚筋にあたるもので、それ以南の南西諸島と、それ以北のトカラ列島との生物相をキッチリ分けている境界線のことだ。
 代表的なものに、ハブがそのラインを境にそれ以北にはいない、という例がある。

 生き物たちの様相がそのラインで区分けされているのは、日本列島の生い立ちという地質学が関係している。
 その生き物が生息域を広めていたタイミングで、その土地が地続きであったかどうか、ということが、後の分布域に大きくかかわっているのだ。

 その境界線と、言葉の境界線が一致しているというのは、いったどういうわけだろう。

 かつての琉球王国の勢力範囲がそこまで及んでいたからじゃね?って言えばそれまでのことながら、ではなぜ琉球王国の勢力範囲はそこまでだったのだろうか。

 すばるを巡る不思議なミステリー。
 ああしかし、酔っ払った頭にはそれ以上の追求はできないのだった。

 そのかわり、酔っ払いにピッタリな話もあった。
 ここの星見石は、もともとはここの土地を所有している企業の敷地内から見つかったもので、せっかくだからということで片隅に場所を設けられ、立てられているそうだ。
 だから現在は、実際には穴からスバルは見えないのかもしれない。

 でもスバルは見えなくても、すぐそのそばに……

 ダイハツが。

 そう、スバルを見るこの星見石が見つかったのは、ダイハツの土地なのであった。

 Dマーク入りの看板が、温かく星見石を見守っていた。