オーロラ撮影における具と愚のフーリエ級数的考察

はじめに

 僕が一眼レフカメラを使って写真を撮り始めたのは、仕事で熱帯魚屋さんを回って水槽や水槽の中の魚たちが最初であって、けっして水中写真がきっかけではない。でも、同時進行的に水中写真も始めた。
 その後もっぱら水中が被写体になって、もともと所持していた陸で用いるカメラグッズはどこかへ消えた。
 露出計しかり、スレーブ発光装置しかり、大きなディヒューザーしかり。
 今回オーロラを撮るに際し、新たに必要なものがたくさんあるのではないかと思われた。
 が、いろいろ調べてみると、オーロラ撮影というのは、もちろん最低限の器材はいるが、それほど手の込んだ作業をしなくてもいいということを知った。今持っている器材で充分対応可能であるとわかった。 

目的

 けっして安くはない旅費を払って、はるばる何十時間もかけて行くのである。そこで見るオーロラを写真にとって残したい……。それは誰もが考えることだろう。
 だが、正直に言うと僕は迷っていた。
 5泊の予定とはいえ、オーロラは一瞬も出ないかもしれない。1日だけかもしれない。そう謙虚に思っているのに、撮影グッズだけは10日分のオーロラを期待しているかのように持っていくのもなぁ……と思っていたのだ。
 それに重い。
 海外へ潜りに行くのに水中写真器材を持っていくほどではないにしろ、どうしても長時間露光になるので三脚は必需品になる。それにカメラだフィルムだレリーズだ交換レンズだとなると、なんだかとてつもなく面倒くさく思えてしまう。

 でも、証拠写真がないってのもなぁ……。
 他に誰も見ていないのに、一人だけ
 マンタがいた!
 といっても、
 「ゴミ袋を見間違えたのだ」
 と、その他の人々にいわれる。そういうのを我々は追い風参考記録といっている。
 しかし、写真さえあれば、公式記録になれるのだ。
 オーロラも然り。

 とにかく一枚だけでも写真を残そう。

 デジカメで撮れれば話は早いのだが、最新の高性能デジカメならともかく、僕の持っている最初期のオリンパスのデジカメでは太刀打ちできない。新兵器のデジカムって手も考えたが、寒冷地でのバッテリーの急速消費事情を考えると、とても現実的ではないように思えた。

 結果。
 ここ8年くらい箱の中で眠っていたニコンnewFM2
 新たに980円で買った安物の軽い三脚
 水中で使っている28ミリレンズと16ミリフィッシュアイレンズ
 富士フィルムのRHP400を12本
 レリーズ
 スナップ用にデジカメ

 という陣容で臨むことにした。あくまでも証拠写真のために。

 それが………。
 あーー、もっとフィルムを持ってきたらよかった!!
 あーー、ビデオも持ってくればよかった!!
 あーー、もっと奮発して明るいレンズを手に入れればよかった!!
 あーー、もっと上等なデジカメを買っとけばよかった!!

 などということになろうとは………。

 写真という意味で今回の旅行で最も驚いたのはデジカメだった。
 数々のオーロラ旅行記を読んでも、デジカメでは撮影は無理だ、と多くの方が書き残している。稀にデジカメでもこれくらいは撮れました、って写真が載っていることもあるが、テンで話にならないものばかりだった。
 ところが、本編登場のコービィ石橋さんがこのために手に入れたというミノルタのデジカメは、ご本人も予期せぬほどの圧倒的なスグレモノぶりを発揮した。絞り、感度、露光時間をまるで1眼レフカメラのように設定できるので、撮った写真の露出を見て、1眼レフカメラの露光時間の検討をつけることもできるのだ。
 何十万もする大それたデジカメではない。普通の廉価版なのに……。
 モニターで見る分にはまったく遜色ない写真を写すことができるから、オーロラの写真を撮りたい、でも1眼レフカメラはよくわからない、という方にとてもオススメしたい逸品だ。

 一方、これも本編に登場するタケウチさんは、本業が写真撮影を伴うお仕事であることもあって、僕らが涎をたらすような高級レンズを駆使していた。
 カメラのレンズの明るさを示すF値というのは、それが小さければ小さいほど明るいレンズであるという意味になる。通常、カメラとセットになっている安価なズームレンズなどの場合、ワイド側でF3,5、望遠側でF4,5くらいであることが多い。一方、僕らが海で使っている程度の単焦点レンズは、たいていF2,8くらいである。
 このF2,8よりも先は、途端に高級レンズワールドになる。タケウチさんのF1,4とかF1とかいうのは、そうそう手に入れられるお値段ではない。
 いったい、そんなに明るいレンズだと何が有利になるのか。
 それは露光時間だ。
 暗闇に輝くオーロラは、明るく見えても実際は弱い弱い光でしかない。それをフィルムに焼き付けるには、フィルムの感度に合わせた露光時間が必要になる。その時間は、レンズのF値が小さければ小さいほど、短時間で済む。
 じっと静止している一定の明るさのものを撮るのであれば、三脚を立ててレリーズボタンを使えば5秒と10秒の差は大してないかもしれない。しかし、オーロラの動きはとっても早い。頭上で龍のように動き回る美しいオーロラを、何十秒もかけて撮影していたのでは、せっかくの美しいきらめきがすべてひとかたまりの光になってしまう。
 それを1秒とか2秒くらいで撮れれば、水中から見上げる太陽光線のような光のひだひだまで正確に再現できる……。
 レンズは、明るければ明るいほど、出来あがる写真は美しいのだ。
 先に述べた後悔の一つは、こういう事情による。

 さて、フィルムの感度はどうすればいいだろう。
 暗い光だから感度が高いものを使えばそれだけ露光時間は短くて済む。しかし、感度が高くなればなるほど、フィルムの粒子は粗くなり、プリントにするとノイズが気になる写真になる。
 最近ではASA400までなら粒子の粗さは気にならない程度ですむようだ。
 僕が持っているレンズだったら800くらいがいいのだろうけど、オーロラ撮影にバッチリと評判のRHPV400を持っていくことにした。

方法

 長時間露光には三脚を用いる。そしてそのためには、直接カメラをさわらなくて済むレリーズボタンを使用する。
 それらをセットして、ピントは無限大に合わせ(テープで止めておくと、何かにつけピントリングが動いてしまうことがなくて便利)、絞りは解放値(最も数字の小さい側)にし、オーロラに向けてただパシッパシッと撮っていけばいい。
 その際の技術的な問題は、フィルム感度とレンズの明るさに起因する露光時間だけだ。
 細かい方は、メトロノームなどを駆使してちゃんと時間を計るそうだが、僕はまるで子供のお風呂のように、すべて口頭のカウントだけにした。
 それで、たとえば5秒、10秒、15秒とか、もしくは15秒、25秒、40秒という具合に、一つのシーンを撮るのに3段階くらい時間を変えてみた。

 もとよりそれは、オーロラ自体の明るさに左右されるので、結局どれが正解なのかはわからない。数打ちゃどれかは当たるだろうという、極めて大雑把な方法である。

 また、オーロラを撮るなら比較対照物を画面に入れることが重要だ。
 本編でも触れているが、オーロラだけ撮ると、往々にして超能力者の念写のようになってしまうからである。
 オーロラを観察するところには木であれ建物であれ何かしらあったので、画面に積極的に入れた。時には酒を飲んで寝転がっているうちの奥さんも……。

 こんなわけで、写真を撮ること自体はまったく難しくはない。
 問題は寒さである。
 ほとんどオートで何でもやってくれるようになった昨今のカメラには電池が必要だが、あまりに寒いとその電池の消費が早いので、ここ一番というときにカメラが駆動しなくなる、という話がある。また、自動でフィルムを巻き上げるので、その際、冷え切ったフィルムがその力に耐えられずに切れる、ということもあるという。
 ムムム。
 そのためにニコンFM2という、これまでずっと箱の底で眠っていたカメラを持ってきたわけだ。これなら電池は関係ないし、手動ですべての操作を行うのでそういった心配がない。

 ところが蓋を開けてみれば、ベテルスロッジの場合はいつでもロッジに戻れるので、特に電池の消費とかフィルムの巻上げとかは気にする必要はなかった。
 また、寒暖の差でカメラやレンズが結露したり氷結したりで壊れるかもしれないから、部屋に入るときは袋に入れてから……などとさんざんネット情報でびびらされていたのだが、夜中じゅう出ずっぱりなわけではなく、そのつどロッジに戻っている分にはまったく問題なかった。たとえ一瞬表面が曇っても、もともとが乾燥しているからロッジにしばらく置いておけばあっという間に元に戻った。

 そんなわけで、わざわざ選んだFM2は、かえって不便なマシンとなった。
 それどころか、最初に1本撮りきったあとに悲劇が………。

結果

 手動なので、撮りきったフィルムは巻き戻さねばならない。
 その際、カメラの下にある小さなボタンを押す。
 そのときもちゃんとそう操作したはずなのに、

 フィルムが巻き上げられない!!!

 中のフィルムのせいなのか、巻き上げダイヤルのせいなのか。
 どこをどうすればいいのかわからなかったので、ちょっと力を加えたところ、

 ブチッ……。

 突然、ダイヤルが軽くなった。
 フィルムが切れてしまったのだ。
 これが寒さの実力か。極北の脅威か。
 せっかく撮ったそれまでの写真は、すべて儚く夜空に消えた。

 さすがの僕も、旅行前にこのカメラを使って各所問題なしということを確認していた。それなのになぜ?このあとどうすればいいのだろう。撮り終わるたびにブチブチ切れ続けるのだろうか……。

 その答えは次のフィルムの巻き上げ時に判明した。
 先ほど述べたようにフィルムを巻き上げるときはカメラの下にある小さなボタンを押すのだが、なんと手袋をはめたままの指で押すと、押したはずなのに押されていないのである!!
 つまり、巻き戻し防止状態で無理に巻き戻そうとしていたのだ!
 寒さも極北も何にも関係ないのだった。強いて言うなら手袋のせいか……。

 こうして、準備したフィルム12本のうち、被害にあったのは1本で済んだ。

 その他フィルムの結果はオーロラ写真館をご覧いただいたとおりである。
 結論
 品質を問わないなら、オーロラ写真は、オーロラが出さえすれば誰でも撮れる。

考察

 定位置にあるもの、明るさが決まっているものであれば、露出を決めるのは簡単だが、オーロラはその時その時で輝きが違えば、動く速さも異なる。そのため一概にこのデータで撮ればいい、という結論は出せない。
 今回はオーロラの見やすさということで新月から数日までの、月の無い日を旅程に選んだ。たしかにオーロラは夜空にくっきりハッキリ見えた。
 ただ、そうすると長時間露光する写真にはオーロラの光がモロに入ってくる。
 全体に緑黄色がかぶったような感じになっていた。
 一方、いろんな人が撮影している月明かりのある中でのオーロラの写真を拝見すると、写真には涼しげな青色が入り、まったくイメージが異なる。月明かりがあれば地上の物体もわりとハッキリ写るので、幻想的という意味ではそちらのほうがいいのかもしれない。

 また、ついつい活発になっている状態のオーロラを撮りたくなるのが人情なのだが、前述のような理由で露光時間を短くすることができない。今回、ASA400のフィルムを使って800相当の露出で撮り、増感現像をするという方法を用いたけれど、それでもやはりできあがった写真には肉眼で見ていたときのような美しいヒダヒダがなく、のっぺりした1本の光になってしまう。
 活発なオーロラを見た目に近い形で撮りたいなら、やはり明るいレンズが必要だ。

 一方、夜空に静かに浮かんでいるオーロラの場合は、長時間露光をしてもそれほどぶれないので、けっこう美しく撮れることもあった。今回はそういうオーロラをフィルム1本だけ感度400に合わせて露光してみたのだが、結局それが最も気に入る写真となった。
 それが撮影方法のせいなのか、オーロラそのものの出方の違いなのかは同時に撮り比べていないのでわからないけど、下の二つの写真のうち、右の写真は部屋の中から撮ったものだが、オーロラの赤い色は肉眼では見えてはいなかった。

 いずれにしても、撮影をよりたしかにするためには、やはり、

 頑丈で自在にカメラの角度をとれる自由雲台の三脚
 水準器
 F1〜F1.4の明るいレンズ
 画角の異なる2種類以上のレンズをそれぞれにつけたカメラ複数台
 カメラをすぐさま三脚から取り外しできるクイックシュー
 感度400のフィルム
 そしてもちろんレリーズボタン

 を用意すればいいようだ。
 ま、道具がどれほど立派であっても、使うのは人間である。ボタン一つ満足に押せずにフィルムを千切ってしまう人もいるのだ。具が揃っても愚であればどうしようもない。
 だからというわけではないが、次回というチャンスがあったとしても、間違いなく僕はそんな大層な器材は用意しないと思う。
 そう、どんなに美しい写真であってもそれはオーロラではない。
 その場で観てこそのオーロラなのである。 

謝辞

 今回の旅行中、5泊のロッジ滞在期間、撮影に関して数々のアドバイスをいただいたのはコービィ石橋さんであった。彼の持つデジカメ写真が、どれほど露光時間の算出に役立ったことか。
 彼に大いに感謝を捧げる次第である。
 また、ベテルスロッジの設備や過ごしやすさは、冬の北極圏の夜にオーロラを観るにはこれ以上ないところだった。そして、夜食用にクッキーを焼いてくれていたロッジのスタッフ、ヒサさん、ありがとう。
 また、撮影中、何をするでもないけど片時も離れずそばにいたうちの奥さん……
 いつも自分だけのんびり酒飲みながら観てやがってェ〜ッ!!
 ……もとい、いろいろ手伝ってくれてありがとう。