8・銀座の夜景

 時刻はまだ早かったけれど、なにしろジャガイモが効いた。
 それにかなりビールを飲んでいたので、すでに満腹中枢は飽和してしまった。

 これが最後の夜だったら、まだまだこのあと、もう一軒行ってみます!などと吉田類化するところながら、銀座彷徨記は始まったばかり。
 彷徨記的クライマックスはこの先に控えている今、ここで胃腸に無理をさせては元も子もない。

 というわけで、夜空のお星様をシュンとさせてしまうほどの、煌々と光り輝く銀座のイルミネーションを眺めつつ帰路についた。

 師走なのでクリスマスモードになっている街は、ただでさえオシャレなウィンドウが一層美しく、それでいてさりげない一風景になっている。

 そんな銀座の夜景のなかでもひと目で銀座とわかるのは、なんといってもここだろう。

 ご存知和光ビル。
 四丁目交差点に存在感たっぷりにたたずむその姿は、パレルモのクワットロカンティの一角のような厳かさだ。
 東西南北それぞれに時計がついているその姿は、阿修羅男爵のようでもある。

 このあたりをプラプラしているときに聴く、毎正時ごとになる鐘の音が学校のチャイムと同じメロディだなぁ…とのどかに思っていたところ、まさかそれに「ウェストミンスターの鐘」という曲名があったとは知らなかった。

 僕たちが子供の頃からこの「キンコンカンコーン……」だった学校のチャイム、終戦直後はただのベルの音だったらしい。

 しかしそれだと空襲警報を思い出すからやめてくれという子供たちの声を受けて、じゃあ音楽を奏でるチャイムにしようってことになった。
 で、その発明者(日本人)が、当時
BBC放送でたびたび聞いていた「ウェストミンスターの鐘」を、たまたま採用したのだそうな。
 そうして学校にいわゆる「チャイム」が登場したのが昭和29年のことという。
 以来全国津々浦々でお馴染みのメロディになったのだった。

 「ウェストミンスターの鐘」の元をたどると、それはウェストミンスター宮殿の時計塔、すなわちビッグベンの鐘が奏でるメロディなんだって。

 これを書いている今の今まで、チャイムといえば学校のメロディだとばかり思っていたのに、そんな由緒正しい由来があったとは。

 まさに銀座のど真ん中で奏でるにふさわしい鐘の音なのである。

 そんなこととはツユ知らず、銀座のど真ん中でなんで学校のメロディ?と不思議に思っていたのだから、無知蒙昧とはオソロシイ………。

  二丁目交差点では、銀座通りを挟んでイルミネーションの紅白歌合戦になっていた。

 紅組カルティエ!

 対するは白組はブルガリ!

 これって、いつもこうなんですか?
 それともクリスマスシーズンだからなんですか??

 カルティエのデザインはリボンを表していることはすぐわかったけど、ブルガリのこれって、カモメ??

 ……と、物を知らない我々はずっと不思議に思っていた。
 しかし後日ウィンドウを覗いてみると、たちどころにその疑問は解決した。

 なるほど、トレードマーク的デザインと同じものが、ビルをグルリと巻いている……の図だったわけですな。
 それにしても、いったいいくらするんだろう、このブレスレット。

 そうそう、値段といえば、他の店のウィンドウに飾ってあった時計には、なんと

 525万円

 の値札がついていた。
 500万の時計って………。

 そんなのつけてナイロビあたりにいけば、腕ごと持って行かれそう。

 そんな値段を表示しているのは小売店のウィンドウであって、ブランド企業のウィンドウはあくまでもオシャレに上品に。

 クリスマスの装飾に包まれたティファニーの玄関脇にあったウィンドウは、さりげないので先を急いでいればそのままスルーしてしまうところ。

 しかし我々は基本的にフリータイムなので、そういうところも覗いてみる。

 するとそこには……

 わぉ……。

 振り返ればオードリー様がいそうな気さえするほどだ。
 が。
 そこにいるのはゴキゲンに酔っ払ったオタマサなのだった。

 イルミネーションでは、日本の有名ブランドも負けてはいない。
 一見フツーに大きなクリスマスツリーながら、よくよく考えると銀座通り界隈には大きなツリーというものが見当たらない。

 そういう意味では貴重な「大きなツリー」。

 日本が世界に誇るミキモトの装飾だ。

 仕事帰りなのか待ち合わせなのか、このツリーを写真に納めようとしている女性が多かった。
 それにしても今の世の中、写真といえばおしなべてスマホなんですな。
 僕のようにコンデジを使っているヒトなんて、極めて少数派になっていた。

 クリスマスのイルミネーションといえば、この銀座通りには「ヒカリミチ」という幟があって、すでに道路脇には今や遅しとスタンバっているイルミネーションがずーっと並んでいる。

 それらは12月になった途端に点灯するのかと思いきや、こうして我々が3日3晩ウロウロしても、いっこうに点灯する気配がなかった。

 それが、銀座で過ごす最後の夜に、ついに点灯!!

 こういう光の下では、素朴なフツーの自転車ですら高級ブランドの品に見えてくる。

 しかしこの界隈を歩いていて何がオシャレに見えるって、各お店のさりげない吊り看板ほど可愛くカッコイイものはない。

 沖縄の田舎に来ると突然目につくようになるジャスコや御菓子御殿の巨大な看板に比べ、なんと上品かつ洗練されていることか。

 銀座という街は、金儲けという目的だけではない何かがあるからこそ、歩いていて居心地がいいんだろうなぁ。

 この地で長く営業しているらしい眼鏡屋さん松島の看板も、静かに夜空を見上げていた。

 すでにアイソン彗星は崩壊していたこの時、望遠鏡の先にはいったい何が観えるのだろうか。