それは6月に開かれた、中体連国頭地区卓球大会でのことだった。
シーズン中であるにもかかわらず我々(オチアイと僕)がその卓球大会の応援に行くという時点で、周囲の人たちは口をあんぐり開け、マジかよお前ら…という目で見られたものだった。
その大会での少年少女の活躍については、かつてログコーナーで触れた。
僕に卓球の奥深さを味あわせ、そしてコーチオチアイが本当にコーチだったということが明らかになったこの大会で、僕が少年少女のおかげでいかに感動したかということをログコーナーにて伝えたところ、世の人々に大きな感動の嵐を巻き起こした。
なので、今ここではあらためて詳細は述べない。覚えているでしょう?
で、その会場でのこと。
国頭地区大会には、なぜか行政区画的には島尻郡になる伊平屋中学の選手たちも参加している。その伊平屋中学女子卓球部の副顧問が、なんと昨年度まで水納小中学校の養護を担当していたチカ先生だった。
先生とはいっても、まだうら若き、そして美しい乙女である。
そんな女性を前にして、違いのわかる男ことコーチオチアイが黙っているはずはなかった。
美女を前にすると、口も腰も軽くなるコーチオチアイは、すかさず彼女に迫った。
「伊平屋島まで練習試合に行きますからね!」
対するチカ先生も、そこは水納島でおっさんたちに2年も鍛えられたツワモノである。
「どうぞどうぞ!船賃高いけど…。」
推測するに、2人はおそらくノリで会話していたに違いない。
こういう軽い会話は、大人の社交辞令と言ってしまえばそれまでである。
しかしここに、精神年齢の成長があるところで停まってしまっているバカオロカがいた。
僕だ。
こういう会話を耳にしてしまうと、それはもう、互いに固い約束を交わしたものと理解してしまうのである。
だからキッズたちにも、よし、オフになったら伊平屋に遠征するぞ!とその日に伝えた。無理矢理連れて行くわけにはいかないので、その反応が気になるところだったけれど、二つ返事で
「連れてって!」
という卓球少女の返事を聞くにおよび、僕の中では是が非でも実現しなければならない企画へと昇華した。
よし連れて行くぞと答えた僕の返事を、君は信じていたか、卓球少女。
といいつつ。
伊平屋島には卓球をしに行くわけだけれど、もちろん最大の目的は我々が遊びに行くということになる。だから、キッズたちはいわゆるダシ。
み〜くもダシ
ナァナもダシ
リョウ君はトンコツ(ブヒッ!!)
ということもかつて書いた。
その後も僕の卓球熱はとどまるところを知らず、企画は順調に推移していくかと思われた。
が。
そこへ大きく立ちふさがる壁が。
夏である。
ダイビングという仕事をしている以上、我々は夏が本場だ。たとえ6月には卓球大会の応援に行けようとも、さすがに夏休み期間中となると小中学校の体育館に行くことすらおぼつかなくなる。
そして、卓球少女も同じように夏は忙しくなる。
ビーチの仕事は本人の意思とは関係なくやらなければならず、週3日午前中は登校日。
登校日には部活をしていたらしいものの筋トレが中心で、2学期が始まってもずっとそうだったらしい。9月になって2ヶ月ぶりに我々が体育館に行って卓球をしにいくと、なんと卓球少女もラケットを持つのは2ヶ月ぶりなのだという。
ブランクが空きすぎていた。
伊平屋遠征計画が、僕の中でモチベーション的にかなりトーンダウンしかけていたのは事実である。
そんなときに、中体連国頭地区の陸上大会があった。
生徒2名の中学校だから、地区でイベントや大会があったらとにかくなんでも出ることになる。
そしてその会場には、ほぼ間違いなく伊平屋中学のチカ先生も来ているであろう。
それを見越して、コーチオチアイは卓球少女に指令を出した。
「チカ先生のメアドを聞いてきなさい」
ただ一人、ブランクの合間も実現に意識を向けていたのは、何を隠そうコーチオチアイなのだった。
…という大義名分で、うら若き女性のメアドをゲットするオチアイ氏。
もっとも、伊平屋行を決行するとすれば11月初旬。ちょうど開催まであと1ヶ月という頃合だったので、行ける行けないに関わらずとりあえず連絡を取らなければならない。
アドレスをゲットした以上は、がんばれコーチ!!
……と思ったら、そのアドレスはコーチから僕に託されてしまった。
うーむ………。
この場合、どういうノリでメールを送ればいいのだろう?
うーむ、ウームと悩んでいるうちに時が経過し、そして皆さんもご存知のとおり、島内で不幸があった。
そういえば、来週末の運動会にチカ先生も来るって言ってたっけ。そのご不幸を知らないままいらっしゃったのではビックリすることだろう。ここはひとつ訃報を伝えねば……。
というわけで、意を決してメールを送ったのだが………
送れない!?
何度送っても、送れていないというメッセージが出てくる。
なんだ、いったいどうしたのだ?
ひょっとして卓球少女に聞いたアドレスが間違っていたのだろうか?
そうではないことは、彼女が直接送ると届くということからすぐさま明らかになった。
いろんな人からご教示いただいたところによると、どうやらパソコンからの迷惑メールを防ぐためのセーフティ機能がチカ先生の携帯電話で働いていたらしい。
そのときはそんな知識がなかったので、うろたえつつもどうしようかと悩んだ挙句、やはりご不幸を知らずに来島したのでは具合悪かろうと思い、夜分ながらややキンチョーしつつお電話することにした。携帯番号も聞いていたのである。
すると……
「ああ、さっき大城さんに宿の手配の連絡をしたときに聞きました」
ガクッ……。
まったく意味がなかった。
どうしてもメールを送れないという旨をそのときに話し、とりあえず詳しい話は運動会で!ってことにした。
ところが肝心の運動会は台風の影響下に入り、天気晴朗なれども波高し、連絡船はあえなく欠航。前日から来島予定だったチカ先生は来れなくなってしまった。
うーん、うーん、そろそろ話を具体的にしなければならないというのに、期日どころか行けるかどうかさえもわからない。
聞くところによると、我々が想定していた11月の最初の週末は、地区の駅伝大会があるというのだ。
さすがにコーチオチアイをシーズン終了後長らく引っ張っておくこともできないので、ではその翌週に…というわけにもいかない。
うーん、うーん……。
かくなるうえは、オクマビーチリゾート卓球台貸切卓球合宿にするか?
10月にお越しになったゲストがオクマビーチにお泊りになったとのことで、なかなか値段の割りにお得感のあるセットがあるという話を聞いていたのだ。
うーむ、オクマビーチか。
調べてみると、なんだか魅惑的だ。卓球台もちゃんと時間単位で借りられるようだ。
おお、オクマビーチリゾートか!!
と、ほぼ我々の意識がそちらに流れ始めたそのとき、チカ先生から電話がかかってきた。
それによると、無理と思われた最初の週末は、土曜の午前中だけが彼女の予定が塞がっているだけで、その晩も日曜日もまったくオーケーとのことだった。
なんだ、それだったら行けるじゃん、伊平屋!!
こういうのって不思議なもので、きちんと魅惑的な第2案も用意すると、えてして第1案が可になったりするのだ。
また、チカ先生は運動会の翌週に一度来島し、おじいにお別れの線香をあげに来るというご予定をうかがった。
で、その当日。
ここから話は一気に具体化していく。
まず、チカ先生が関わっている駅伝は土曜の午前中なので、彼女は午後の便で伊平屋に戻ってくることができる。
卓球部の生徒たちも、全員ではないにしろ何名かは大丈夫らしい。
顧問の先生も、それは是非、といってくださっているという。
おお、これは行くしかないではないか。
それやこれやで、一気に予定は決まった。
11月5日11時の便で伊平屋へ。
11月6日13時の便で伊平屋を発つ。
練習試合は日曜日の午前中に。
到着日はレンタカーを借りて島内観光!
その日の夜はシーズンの打ち上げを兼ねて飲む。
我ながら見事な計画だ。<これって計画??
行けるとなれば、伊平屋島についていろいろ調べ始める。
天候次第では水納丸は運航しているのにフェリー伊平屋は欠航ということも予想されるから、そういう場合は窮余の策として、第2案オクマビーチリゾート卓球合宿!を発動しよう。
さあ、あと残された問題は……?
それが一番大問題だったのだ。
キッズたちが本当に行けるのか、ということである。
それも、こと卓球ということでは主人公と言ってもいい卓球少女が本当に行けるのか?
なにしろ練習試合―――というほど堅苦しいものではないにしろ―――をしに行くのである。
それも、実績で言えば卓球少女は胸を貸しに行くといってもいいほどの存在だ。
人数は小なりとはいえ、国頭地区でダントツ1位の実力者を連れて行けば、そういう人と試合できるということで迎える側にだって多少の利はあるだろう。
そんなエースがもし行けないとなれば……。
この企画が根本から瓦解してしまう。
もちろん彼女自身は行きたがってくれてはいる。
が、島でともに暮らすおばあがはたして許可してくれるだろうか?
だって冷静に考えたら、我々って先生でも保護者でも親戚でもなんでもなく、単なる近所のおっさんおばさんでしかないのだから。
年頃の娘さんをお持ちのみなさん、そんな連中に大事な娘・孫を託せますか?
さあ、はたしてエースは行けるのか?
彼女は島で大事に大事にされているので、その分なにかというとこういうことではダメ出しが出ることが多い。
それは彼女もわかっていて、きっとダメって言われるだろうなぁと思えば思うほど、なかなか訊ね難くなる。だから、期日はググッと迫ってきているというのに、彼女はまだおばあに告げてはいなかった。
でも、もう君も随分大人になった。
これまではダメって言われたかもしれないけど、今だったら大丈夫かもしれない。それにもし今回のことがダメと言われたら、その後は僕たちが全力でおばあを説得する。だから、勇気を出して自分で言ってごらん、ナァナ!
そして……。
おばあのオッケー!!!
えらい、よくぞ自分で言った!!
そのことだけでも今回の企画の価値があった。
それに、おばあ、よくぞオーケーを出してくださった。
いやあ、僕たちって信用されているんだなぁ、クロワッサン。それがとってもうれしかった。
エースが行けることが決まったも同然なので、あとは補強メンバーである。
普段僕たちや卓球少女としかやる機会がないリョウ君も是非連れて行ってあげたい。小学生とはいえ、そんじょそこらの女子中学生となら互角以上に戦えるのだから。
「リョウ君も行くか?」
「うん」
「とか言って、伊平屋でオガアヂャーンって泣かないか?」
「泣かないよ!」
泣かないよ!というときに、妙に大人びて見えたリョウ君だった。
リョウ君の場合は僕のほうからご両親にお願いに行くつもりでいたのだが、彼はあっさり、
「行っていいって!」
その際、お母さんは自分がついて行かなくていいのかと訊ねたらしい。すると彼は、
「来なくていいよ!」
親とすれば一抹の寂しさを味わうところだろうか。
しかし、少年はこうして日々成長していくのだ。
さあ、ついに。
ついに参加メンバーも予定もすべて決まり(み〜くは残念ながら他に約束があった)、あとは天候を祈るだけとなった。
目指せ伊平屋島!!