3・伊平屋島へ〜フェリー伊平屋にて〜

 うちの奥さんはその昔伊是名島に行ったことが過去に一度だけある。
 今でこそ単身赴任だったなどと豪語しているが、実は都内で働くダンナを置いて、自分だけ遊んでいたのである。
 当時はまじめに働いていた僕は伊平屋にも伊是名にも行ったことがないので、運天港を利用するのは今回が初めてだ。
 とはいえこの港にはこれまで何度もドライブで立ち寄ったことがあるから、その港のたたずまいは知っていた。

 何もない。
 本島周辺では比較的大きな2つの離島へ続くターミナルなのだから、もっと港の周りが開けていても良さそうなものなのに、そもそもそういう気合がなかったのか、あったけど訪れるお客さんが少ないからなのか、圧倒的に何もないのである。
 「ちょっと周りを散歩してくる」
 そういってフラリと歩いていった少女だったが、しばらくしてすぐに戻ってきた。
 「興味を引くものが何もなかった…」

 そりゃそうだろうなぁ…。
 どこでもいいから、水納島、伊江島、そして伊平屋、伊是名への連絡船の港を昔のように一ヶ所にすれば、もっともっと産業的にも広がるような気がするのだが…。

 何もないとはいえ、自販機やよくわからないガチャポンは置いてある。
 気がつくとそのどちらも利用しているリョウ君。
 ぷよぷよ2とかなんとかいう、スライムのようなネバネバゴムゴムオモチャが入ったガチャポンに100円を投じ、出てきたそのプヨプヨちゃんを自慢げに見せる彼のもう片方の手には、すでに三ツ矢サイダーの徳用サイズが握られていた。
 リョウ君みたいなお客さんばかりになれば、このターミナルももう少し活気づくのだろうねぇ…。

 ところでこの三ツ矢サイダー。
 どう考えても徳用だとその量は多すぎるだろうから、見かねたオチアイが助け舟を出してやろうと一口もらおうとすると、しぶしぶながら…という感じで渡すリョウ君。
 それでも渡すところが彼のすごいところではある。
 でももっとすごいのは、そのあとだった。
 フェリーをバックにキッズの写真を撮っているときも、彼は片時もサイダーを手放さなかった。
 それなのに、ちょこっと岸壁に腰掛けて彼らと話していたら、

 「お腹一杯になったからあげる!」

 あ、ありがとう……。
 缶の中に3分の1ほど残されたサイダーは、もう思いっきりぬるくなっていたのだった。
 どうせくれるなら冷たいうちにくれ!!<って、子供にねだってどうする…。

 さあ、いよいよ乗船だ。
 今回の参加者の中で、この船に乗ったことのある人はいない。
 み〜んな初体験。
 その記念すべき初乗船を前に、ハイ、チーズ。

 さあ、これから1時間20分の船旅である。
 僕らは仕事柄酔ったりする心配はないけれど、はたしてキッズは大丈夫だろうか?酔わないまでも、ヒマをもてあましはしまいか?

 とりあえず出港準備段階の間は、まだまだ気持ちも新鮮だ。
 携帯のバッテリーがやばいと姫がいうので、コンセントがある場所に荷物をまとめ、船を散策することにした。
 タイタニックごっこしよう!
 そう少女が言って、おもむろに船のデッキの先端方面を目指す。

 あのー、そっちは船の後ろ側なんですけど……。
 姫は方向感覚が人間離れしているのである。
 気を取り直して船のへさきを目指すと、当然のことながら乗組員以外立ち入り禁止のドアの向こうで、船員さんが甲板業務をしていた。

 「あのぉ、出港するまでの束の間、そこに入っていいですか?」

 「もうすぐ出港するから……」

 あえなく不可となってしまった。
 もう少し早く来ていれば可能だったかも……。

 やがて船は動き始めた。
 出港までに客室およびデッキ、そしてトイレや自販機等の位置関係をおおむね把握した我々大人は、ある重大な事実に気づきやや愕然としていた。
 船内にはビールの自販機がない!!
 おお、なんてことだ、我々の充実するはずの船旅はどうなってしまうのだ……。

 大人たちがそうして愕然を通り越して憮然としていたとき、一人の少女はやや悄然としていたのだった。
 船が思ったより揺れる……。
 そう、彼女は船酔いの苦しさを知っているのである。
 だからこそ、フェリーが片道1時間20分もかかると知ったとき、1時20分もどうしたらいいの!?と彼女は騒いでいたのだ。
 僕はてっきり長すぎるから飽きる、という意味と思っていたらそれは大違いだった。景色はずっと見ていたいけど、酔ってしまうのがイヤだったらしい。
 はたしてこの外洋ならではの大きなうねりを乗り越えることができるのか?
 まだ船旅は始まったばかり。先はあまりにも長い。
 憂いを湛えた瞳が水平線を眺めていた。

 
酔ったらどうしよう……悄然とするナァナ          酔いたいのにビールないじゃん!!……憮然とするオタマサ

 その頃、リョウ君は……。
 船が出港してしばらくすると、早くも船内散策にも周囲の景色にも飽きてしまった彼は、あの大きなバッグの中から必殺のアイテムを取り出していた。
 ゲームである。


もうゲームしてんの!?
ハッ!?

 ここまで来てゲームかよ!
 …なんてことを言ってはいけない。
 ヒマをもてあまさないようにとの彼なりの工夫なのだから。

 それでもやっぱり飽きてしまうであろう頃合を見計らって、オチアイがリョウ君と将棋をすることにした。
 その傍らで眠っている姫。寝ていれば酔うこともないだろう……。

 そのはずだったのに。
 気がついたら姫&オチアイの相談禁止の一手ずつ交代打ちタッグ対リョウ君という図式になっていた。
 酔う心配をしていた人が将棋などしていていいのか?

 「でも面白かったよ!」

 フムフム、どう面白かったの?

 「王様が相手の陣地まで入っていった!こんなの初めて…」

 フムフム……。
 聞いたところによれば、あと一手でリョウ君の王様を詰めるところまで来ていたそのとき、コーチオチアイは指す順番を姫と代わった。あと一手で勝てるから自分で打ちなさい、と。
 さぁ、そこで考えに考えた姫、気合いの一手は………
 ……正解からひとマスだけずれていたのだった。
 こうして対局は泥沼化の一途をたどり、入玉する乱戦模様となるうちに船が伊平屋の前泊港に到着。時間切れ引き分けになった。

 ま、退屈せずにすんだのだからよかったね!

 一方我々夫婦は。
 船室で将棋をしている彼らが窓越しに見える舷側のデッキで、ず―――っと景色を眺めていた。 


撮影:ナァナ

 いつも水納島から見ている伊江島も、反対側から眺めるとタッチューの形が変わる。
 その傍らに、小さくおまけのように水納島が見えていた。
 そういえば、伊平屋・伊是名両島は、お天気がよければ水納島から島陰を見ることができる。
 とはいえよほど空気が澄んでいるとき以外は、たいてい霞のむこうにボゥッと浮く程度だ。
 そんな島々がだんだん迫ってくると、さすがに感慨深いものがある。


伊是名島

 ああ、これが伊是名島だ。船長カネモトさんの故郷だ。
 少雨のせいか、中途半端な台風のせいか、山肌を覆う松という松が随分枯れていたため、やや赤っぽく見えた伊是名島。いつかカネモトさんとともに訪れてみたい。きっと浴びるほど飲ませてくれるだろう…。

 船はさらに進み、やがて野甫大橋が見え、伊平屋が眼前に迫ってきた。
 いよいよ伊平屋島上陸だ!