6・伊平屋周遊半日コース〜天の岩戸・クマヤ洞窟編

 とりあえず最初の目的地を制覇した我々は、次なる名所を目指した。
 クマヤ洞窟である(地図上の4番)。
 伊平屋島は沖縄県の有人離島の最北だと先に紹介したけれど、このクマヤ洞窟は、全国津々浦々に数多ある天の岩戸伝説の土地の最南端なのだそうである。
 天の岩戸伝説とは、ご存知のとおり古事記に書かれてあるエピソードのひとつ。それがここだとするなら、日本のお国の始まりは伊平屋ってことになるじゃないか!!

 ……という大論争が、それを提唱した変わり者藤井某と、それを否定する本居宣長との間で激しく戦われたらしい。
 その真偽はともかく、僕がビックリしたのはそのサイズだった。
 伊平屋の案内のサイトやパンフレットもどきのチラシを見る限り、それほど大きなものには見えなかったのだ。
 ところが実際に間近で見てみると、小高い丘のような巨岩がドデンとそびえ立っていた。

 この岩、伊江島のタッチューと同じチャート(珪岩)である。
 5000m以深の海底で気の遠くなるような年月をかけて堆積した岩だ。
 だから外見は層状になっていて、ところどころその後の圧力等でグネグネと褶曲していたりする。
 なんでいきなり知的な話になったのかというと、何を隠そう僕の卒論は伊江島のタッチューが舞台だったからだ。伊江島のタッチューがそうだったように、きっとこの岩からもたくさん放散虫の化石が出てくることだろう。

 で、そんなチャートの露頭にこのような洞窟ができるのは極めて珍しいらしい。
 ほら、沖縄県内に数ある洞窟って、陸上も海中も含めて全部石灰岩に穿たれているでしょう?
 そういう意味では地質学的に貴重なサンプルなのだそうだ。

 とはいえ。
 我々には、天の岩戸伝説も地質学的価値ももちろん関係ない。
 洞窟だってよぉ、ホラホラリョウ君、怖いぞぉ
 などと恐怖を煽りつつ階段を上り、まるで水曜スペシャルなみの狭い入り口を通って中に入ってみると……


本当は出てくるところなんだけどね……

 ひ、広い。
 もっとちゃちい洞穴を想像していたのに、実際は吹き抜けの天井のようなだだっ広い空間だった。
 そしてある程度奥行きもある。

 先行していた僕と姫は、ここで一計を案じた。
 暗いところにこっそり隠れてしまおう。そして、僕らがどこに行ったかわからなくなった後続部隊、特にリョウ君をビックリさせよう!!

 そうやって洞窟の奥の奥で2人してジッと息を潜めること数分。
 中はひんやりとしていて、外界とは別世界である。イタズラ心を起こしているからこそこうして闇の中でジッとしていられるものの、これで後続部隊がついに来なかったらけっこうコワイ場所であることは間違いない。

 じっと闇に耐えていると、後続部隊の声が近づいてきた。
 来た来た、けっこうリョウ君ビビッてる!
 というか、そのせいで歩みが遅く、なかなか思うところまで来てくれない。
 そうこうするうちに、彼らは二手に分かれている奥行きの、我々が潜んでいる側とは反対側に行ってしまった。

 あっち行っちゃったよ…
 おい、おい、こっち来いよぉ……

 ヒソヒソ声で対策を練る我々。
 どうしようかと相談していたら、反対側も行き止まりだったらしく、こちらに近寄ってくる足音が。

 「あの2人は?」

 やや心配そうにリョウ君がオチアイに聞いている。その辺にいるんじゃない?と余裕を見せるうちの奥さん。

 来た来た、だんだん近寄ってきた。
 よし姫、せぇので出るぞぉ……

 せぇの、今だ!!

 う”わぁぁぁぁあぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!

 地獄からの使者もかくやという声を出しながら暗闇から躍り出る我々。
 すると……

 ひぇぇぇぇぇ〜

 真っ先に、そしてただ一人逃げていったのは……うちの奥さんなのだった。
 リョウ君はおいてけぼりかいッ!!

 悪巧み大成功!

 ふと傍らを見ると、なにやら神事のためのものらしいグッズが散乱していた。
 うーむ……。
 こういう厳かな場所でこんな遊びをしていていいのだろうか……?

 まぁいいや、楽しかったし。
 はい、記念にパチリ。

 
実際より明るく写ってます。        この写真ほうが雰囲気出てるかな?(撮影:オチアイ)

 ところで、写真右のリョウ君、そして洞窟入り口の写真にいるリョウ君、ともに長い棒を持っていることにお気づきだろうか。
 これ、階段の登り口のところで僕が拾い、なんとなくこれから登るのに杖にいいかなと思って、リョウ君に

 「ガンダルフの杖だ!」

 と見せびらかしたもの(最近一緒にロード・オブ・ザ・リングを観たばかりなのだ)。
 するとリョウ君は何を思ったのか、それ貸して!といいつつ、その後ずっと彼のものとなった。
 以後この棒をガンダルフの杖と呼びながら、どこへ行くにも彼は手にすることになる。
 子供の琴線には、何がいつどこでどのように触れるのか、我々には想像もつかない。

 琴線といえば、この洞窟の正面にある海岸でもそうだった。
 クマヤ海岸と呼ばれている浜で、すぐそばに緩やかな丘であるクバ山があり、なかなか眺めがいい浜だ。普段水納島で海なんていつも見ているはずのナァナも、やはり違う場所で見る海は新鮮なのだろう、とても気に入っていた。


クマヤ海岸

 その浜には、背後の岩がチャートであることもあって、まるで伊豆の海岸のような丸い石や岩がゴロゴロしている。
 その石が……。
 リョウ君の琴線に触れてしまった。
 もともと水納島でも海岸をお母さんと歩いては、貝殻や変わった石を拾ったりしている彼だから、海辺の石というものがどういうものであるかを知っている。ただしそれは水納島でのことで、水納島にはまずほとんどない波に洗われた堆積岩が、ここには山のようにある。
 彼の目は輝いた!!

 石持って帰っていいかな?

 いいよ!!

 ところが。
 てっきり2、3個を記念に持って帰る程度だろうと思いきや、彼が一生懸命うちの奥さんと吟味しながら選んだ石の数たるや、すでに自分で持てる許容量を遥かに超えていた。

 お前、そんなに持って帰ってどうするんだよ(笑)。

 あまりにも多すぎるその量に、さすがに限界を感じたオチアイは、リョウ君にもっと取捨選択するように促した。
 しぶしぶ選定作業に入るリョウ君。
 そうやって厳選された石の数々は、それでもやはり大量なのだった……。

 子供の琴線には、何がいつどこでどのように触れるのか、我々には想像もつかない。

 
ガンダルフの杖を使い、うちの奥さんと石探しをするリョウ君と(左)、水切りで僕に負け、渚でたそがれる少女(右)。

 ところで、上の2枚の写真の背後にある小高い丘は、クバ山と呼ばれている。
 みなさんはクバというものをご存知だろうか。
 ほら、サバニを走らせるウミンチュには欠かせないあの帽子、あれはクバの葉っぱを編んで作られたクバ傘というもの。
 そう、クバというのは、ヤシのような葉っぱの植物なのである。
 それは知ってはいたけれど、実際にクバという植物をこれだという具合に認識したことはなかった。

 ところがこのクバ山には、そのクバがこれでもかとばかりに群生している。
 写真で見えている植物すべてがクバであるといっても過言ではない。
 伊平屋の村木がクバであるということがよ〜くわかった。