9・ホテルにしえ

 伊平屋島周遊のドライブを終えた頃には、すでに日は随分傾いていた。
 まだまだ巡るべき箇所はあったものの、そろそろ暗くなってくるし、それになんといってもリョウ君が、

 「5時からポケモンがある!」

 そうだよな、子供の頃は旅先であれどこであれ、いつも見ている番組は見たいものだもんね。
 そういえば僕が子供の頃、家族で旅行したおりに、うちでいつも見ている番組を宿で見ようとすると、地域が違うので放送がない、なんていう悲劇がよくあったっけ。
 その点ここは同じ沖縄県だから、番組も同じでよかったね。

 ということで、今宵の宿にチェックインすることにした。
 ホテルにしえという。
 ホテルといっても、本島の豪華なリゾートホテルのようなものではなく、旅館のような宿である。
 宿のウェブサイトを見ても、

 ご飯食べ放題だからさ〜 いっぱい食べてね〜 コーヒーもよ〜

 と、おばあがカメーカメー攻撃をしているくらいだから、沖縄の家庭的で素朴な宿と思ってもらって間違いはない。

 ところで、なぜいきなりこの宿を選んだのかというと。
 一応チカ先生にオススメの宿を何軒かうかがっていたのである。そのうちの1軒であるここを選んだのは、まず民宿大城やコーラルリーフさんと同じノリが通じそうなところであること。
 翌日は卓球をし、終了後にフェリーに乗って帰るわけだけど、その前にシャワーくらいは浴びておきたい。ただその頃にはもう宿のチェックアウトを済ませておかなければならないから、宿泊客としてシャワーを堂々と浴びるわけにはいかない。
 はたして、チェックアウト後もシャワーを使わせていただけるだろうか?
 それがいわゆる水納島の民宿のノリというヤツである。
 お願いしたところ、ご快諾いただけた。よかったよかった。
 そして、もうひとつの要素はその安さ。
 素泊まり3500円。朝食付きにすると4000円。夕食もつけたら5000円。
 本来なら夕食もつけてもらって、その宿の実力をいかんなく発揮していただきたかったところながら、夜は居酒屋に行くつもりでいたので、朝食のみでお願いしてあった。

 敷地内にある駐車場に車を停め、中へ。
 傍らの建築中のテラスの工事現場で、子供たちが何人かで元気よく遊んでいた。宿の子たちなのだろうか? 

 どういうわけか我々は9名で予約していることになっていたらしく、チェックインの際に4部屋もの鍵を渡してもらった。
 予約したのは僕で、どう考えても9名なんていうはずはないから先方の勘違いであることは間違いない。でもどこでどう間違えると5名が9名になるのだろう?
 仮に5名って伝えてから子供が2人って言ったとしても、足したら7名でしょ?
 なぜ9名になるのだろう??
 こういう場合、水納島の宿だと多く刺身を注文してしまったりするから宿に迷惑をかけてしまうところ。その点ここだったらその日の食材を連絡船でその日に運んだりはしないし、そもそも夕食を頼んでいないからその心配はない。

 で、空いていることもあって使いたい放題でそれぞれ部屋を割り振った。
 キッズで1部屋、我々夫婦で1部屋、独身貴族オチアイで1部屋、そして、あわよくばチカ先生を連れ込むのだなどとたわけたことを言うオチアイのためのスイートルームがもう1部屋。
 キッズと僕らの部屋は2階とはいえオーシャンビューである。
 窓を開ければ、心地よい海風が入ってくる。
 キッズのように、海を眺めながら横になりつつ枕元に海風が…という配置で布団を敷けばよかったのに、我々ときたら窓に足を向けて寝ていたのだった。

 このホテルにしえ、おばあが昔から切り盛りしているのかと思いきや、おばあは娘さんがこの島に嫁いだときに合わせて島に越してきたそうで、娘さん夫婦が主体で経営しているらしい。おばあは手伝っておられるのである。
 このおばあ、元々はなんと本部町の方だった。
 そういうことを事前に知っていればもっともっとお話しすることもあったのに……。
 ひそかにうちの奥さんがそういうトークをしていて明らかになったものの、その話をそのときに僕に伝えないから、それ以上広がることはなかった。
 ところでなぜうちの奥さんがおばあとそういう身の上話になったのかというと……

 赤瓦のせいである。
 庭先で工事中のテラスの飾り付けのために、古い赤瓦が集められてあったのを目ざとく見つけたうちの奥さんは、おばあにズーズーしくお願いしたのだ。

 「あのぉ、あの赤瓦、いくらかで譲っていただけないでしょうか……」

 昨年学校主催のシーサー作りでしっくいシーサーにはまったうちの奥さんだったが、土台であったり各部パーツになる赤瓦がないからできない…といじけていたのである。
 水納島ではまず手に入らない。
 かといっておいそれともらってこれるものでもない。
 そんな貴重な赤瓦が、今目の前に!

 すると宿のおばあは、

 「ああ、いいですよぉ、お金は。でも家の者に怒られるから他の人には黙っておいてねぇ」

 といいつつ、おばあはうちの奥さんが必要とする5枚ほどの赤瓦を渡してくれたのだった。
 こういうところが素朴な宿のいいところなんだよなぁ……。
 いや、何かをもらったからとかそういうことじゃなくてさぁ…。
 そういうやりとりを僕がいるときにしててくれたらもっと話がはずんだろうし、少なくともおばあと一緒の写真を撮ったのに……。

 さっき表で遊んでいたのはやはり宿の子供たちだった。
 これがまた元気なこと。
 部屋に案内されたとき、浴室の案内もしてもらったのだが、どういうわけか女湯が内鍵されていてドアが開かない。
 どうするんだろう?
 すると、おばあに呼ばれてやってきました身軽少女、ヒラリとドアを乗り越えるやいなや、内側にヒョイと飛び降り、内側からあっという間に開けてくれた。
 あまりになれたその身のこなし、ひょっとして内鍵事件はしょっちゅうなのかな??

 前述のとおり、本当は夕食もいただきたかったところながら、チカ先生を交えた打ち上げ&前夜祭を兼ねた宴席のために夕食は頼まなかったので、宿でいただいた食事は翌日の朝食のみ。
 これが美味しかったのなんの。
 納豆、味噌汁、海苔、卵という不動のスターティングメンバーのうち、お味噌汁の具は大量のアサリで、フーチバーが入っている気の効いたもの。
 二日酔いの体にとても心地よく染み渡る。
 また、サラダの皿にヒョイヒョイとさりげなく乗っていたタカセガイの炒め物が美味しかった。
 僕ら客としては、このような地のもの系のさりげないメニューが食べたいのだが、まだまだこのあたりは昔の水納島と同じで、自分たちが普段食べているものをお客様に出すということに戸惑いを覚えるのかもしれない。
 また、メインディッシュであるカボチャのコロッケが美味しいのなんの。
 朝からコロッケってグッとくるものがあるかと思いきや、これがコロッケなのにアッサリしていてそれでいてコクがあるという、まぁおよそボキャブラリーの無い僕が何を言っても始まらないか。とにかく美味しいのだ。
 いやあ、二日酔いも吹っ飛ぶ大満足の朝ごはんだった。

 うーん、こんなことなら夕食も頼んでおけばよかったなぁ……。なにしろ宴メニューがあれじゃぁなあ……。