37・プリマヴェーラ♪

 さして広くないモンレアーレの町をさらにテクテク散歩してみるというのも魅力的だったものの、今からパレルモ市街に戻ればちょうどお昼頃、というほどよい時間だったので、そろそろモンレアーレを去ることにした。

 バス停までの戻り道、ふと小道の先を見やると………

 ドォーモの後陣があった。
 矢印のところが、さきほど我々が登ったあの狭い窓のところだ。
 けっこう高い……。
 それよりも何よりも、この後陣の建物の紋様が美しいッ!!

 なんだよ、大聖堂って後ろ側のほうがかっこいいじゃん。
 ああ、この小道を歩いて、この建物を真下から見上げてみたい……。

 が。
 雨降りの下、老人を抱えた身には寄り道は許されなかったのだった。

 しかし!!
 怪我の功名、災い転じて福となすのが人間万事塞翁が馬。ここで寄り道せずに正解だったのである。

 雨の中、行きとは違うベルベデーレな道を下っていると、バスが停まっているのが見えた。
 すると、制服を着た人が乗り込むではないか。
 ひょっとして??

 二人にはゆっくり歩き続けてもらいつつ、バスまで駆けつけると、運ちゃんエンジン始動。
 ちょっと待ってくださいね!

 「ああ、いいですよ!」

 なんとなんと、バスちゃん今まさに出発せんとす、ってところだったのだ。
 二人に合図を送り、ちょこっと早足で到着。
 すぐさまバス発進。

 繰り返すけど、このバス、約30分に1本。
 あの建物を見に寄り道していたら、危うく雨の下で30分も待つハメになっていたところだった。

 逆に1秒の待ち時間もないなんて………
 まさに神がかり的!!
 さすが天下のモンレアーレ大聖堂、いきなりこういうご利益があるとは。<ご利益目的で行くところではないと思います。

 ギリギリセーフで乗れたはいいけれど、行きと同様またしても刻印器は我々のチケットを受け付けてくれなかった。
 オタオタと困っていると。
 これまたまたしても、乗り合わせた地元の方らしき青年が、いろいろとテクニックを繰り広げてくれて無事刻印完了。
 どうやらチケット自体の薄さに問題があるようで、そういう場合は2枚、3枚重ねてやると受け付けてくれるらしい。
 ……って、一人のときはどうすれば??

 ともかくありがとう!!

 「Prego.

 青年はさも当然のことをしたとばかりに、静かに席に着いた。

 困っている人を見ると放っておけない

 パレルモはそんな人たちだらけだ。
 いい国だ………。

 行きと同じく、バスに揺られること40分ほどで、終点インディペンデンツァ広場に着いた。
 なるほど、ここが始発駅だったか……。

 再びヌォーヴァ門を通り抜け、ヴィットリオ・エマヌエーレ通りを歩く。
 その道筋にあのカテドラーレがあるんだけど、案の定寄る必要はなくなっていた。
 2箇所、3箇所と続けて父ちゃんが教会を眺めていられるはずがない……。

 我々が……というか、僕が今目指しているのはボローニ広場。
 そこにあるのが……

 トラットリア・プリマヴェーラ♪
 日本のガイドブックに載っているのかどうかは知らないけど、いろいろ見ていたブログの中で、お友達のダンナさんがやっている店として紹介されていたところ。
 いわゆるパレルモの家庭料理が良心的価格で味わえるようなので(観光客擦れしている店だと、高かったりボッたくったりすることもあるらしい)、是非とも訪れたいお店の1つだったのだ。

 お店のオープンは12時半。
 我々の到着も12時半。

 神がかり的!!

 1時過ぎくらいから店内はにぎやかになっていったものの、オープン直後は他に誰もいなかった。
 おかげでお手洗いの場所を聞くのも、手洗いの電気のスイッチの場所を聞くのも、慌てず騒がず。
 もちろんメニューも、オーナーらしき方と相談しながらゆっくり眺められた。


いかにもシチリアーノって感じの方だった

 例によって、小さい女性と老人連れなので、一皿を分けあって食べたいんですけど……作戦。
 でも今思い返してみると、ここまでもこの先も、父ちゃんはとにかくテーブルごとに備え付けてあるパンやグリッシーニをポリポリムシャムシャ食べていた。
 僕を基準としてオーダーしたら絶対に多すぎるよなぁ、という相談をうちの奥さんとしていて、それで品数を僕としてはかなり少なめに(我慢しまくって)注文していたのだが……。
 うちの奥さんにはそれで適量で推移していたものの、ひょっとして父ちゃんには足りなかったんだろうか??
 もっと食べたいけど、それだと足が出てしまうかも…と、スポンサーとして気遣ってくれていたのかもしれない。

 ただ単にもったいないから備え付けのものを食っていた、という説もあるけどね。<そっちに千円。

 一応食べ過ぎにならないよう、前述のブログの方がオススメしていたアンティパストミストをひとつ頼み、ハウスワインの白500ミリリットルを。

 乾杯!

 

 で、このアンティパストの様々な惣菜の美味しいこと!!
 中にはカルチョーフィを調理したものもあった。
 昨夜の茹でただけのものとはゼンゼン違った。<当たり前。
 カルチョーフィ、やるじゃないか。

 皿が届くやただちに食べる人たちばかりなので、うかうかしているとその写真を撮れない。
 このときもウカウカしていたので、魅惑のアンティパストミストはまったく撮れず………。

 そしてお待ちかね!!

 鰯のブカティーニ!!
 タオルミーナでも一度食べたこの鰯のパスタ。
 あれはやはり………マガイモノだった!
 この鰯の量!!そしてこのブカティーニという、穴あきパスタの茹で加減!!

 これが………本場のアルデンテか!!

 まるでイデの発動を初めて目にしたギジェ・ザラルのような感動を味わった。<わかりますか?

 そして、一皿を一人で食べる場合には絶対についていないであろうパスタバサミ(なんていうの?)をつけてくれているところがうれしい心遣い。

 ……ああ、でもこれは一皿丸々食いたかったなぁ!

 そしてこちらは……

 ボッタルガのパスタ。
 パスタの種類はなんていうんでしたっけ、やや平たいヤツね。

 これがまたアルデンテ。美味いのなんの。
 実は、ここに至るまでのこれまで食べてきたいくつかのパスタは、

 「これだったら家でも作れるんじゃね?」

 的なものばかりだった(ジジ・マンジャのウニパスタは無理だけど)。
 なにしろうちの奥さんが作るパスタ・ジャポネーゼは、どこに出しても恥ずかしくないくらいに美味しいのだ。

 でもここでいただいたパスタは、たとえ食材を揃え得たとしても、けっして沖縄の自宅では作れない地元の味だ。

 美味いッす!!

 これも一皿丸々食いたかったなぁ!!

 ところでこのパスタ。
 出発前の我々……いや、僕にはいささか難関があった。
 というのも、パスタの本場では…というか欧米文化ではそもそも、食事をする際に音を立てる、ということがありえない。

 だから熱い味噌汁をズズズズーッってのもありえなければ、麺類を喉越し鮮やかにズズズズーッてこともありえない。
 落語で表現する食事描写が、すべてありえない社会なのである。

 ありえないというのは、自らが格好悪い、ということじゃなくて、周囲を不快にしてしまうのだ。
 だからパスタを食べる際も、口に入る量を丸めてパクリ、というのがマナーであって、けっしてラーメンを食べるときのようにすすってはいけない。

 なので、出発前まで家でパスタを食べるときに、ずっと練習していた僕なのだった。
 が。
 父ちゃんは??

 一応出発前から口を酸っぱくしてうちの奥さんは注意し続けてきたものの、人生70余年を蕎麦・うどん一筋で生きてきた人が、にわかに食べ方を変えられるはずはない。
 それでもなんとか最初は頑張っているのだが………

 酒が進むと、いつの間にか豪快に

 ズズズズズズーッ!!

 「また啜ってるよ、父さん!!」

 うちの奥さんが注意しても、

 「んなもの、いいんだよ!」

 開き直る父ちゃん。
 あんたは良くても周りの人たちが不快なんだよっ!!……娘・マサエ後日談。

 欧米人が埼玉の自宅に来て、土足のまま上がってきたらどう思います?それと変わらないことをしてるんですよ。

 …というと理屈ではわかってはくれるのだが、それでもやはり、

 ズズズズズズーッ!!

 体は反応しない。
 高級リストランテになんて、絶対に連れて行けない……。<自分も行けないっしょ。<ハイ。

 その他もう一品、カジキマグロのインボルティーニを頼みたかったところ、残念ながらカジキがないとのこと。
 かわりに、牛肉のインボルティーニならあるよ、と教えてくれた。

 しょうがないのでそれを頼んだものの、肉が包んでいたものが何かすら忘れているくらいだから、衝撃度はパスタ2種に及ばなかったのは間違いない。

 そうこうするうちに、気がつくとハウスワインの赤500ミリリットルを頼んでいる我々。


約一名「ズズズズズーッ」

 結局1リットル飲むんだったら、最初からボトルで頼めばよかったんじゃね??
 というか、我々はともかく、眠れぬ未明のワインから早朝の風呂上りのワインと、朝からずっと飲んでる父ちゃんには多いんじゃなかろうか。

 水もボトルで一緒に頼んでいるので、水を多めに飲んでおいたほうが……

 「ダイジョーブだよ」

 その大丈夫がホントに言葉どおりだったらいいんだけど……。

 食後にエスプレッソを頼んだ。
 そこでちょっとしたオドロキが……。

 どこのバールで頼んでも、テーブル席に着いて飲むときは必ずあのお猪口のようなデミタスカップで出てくるエスプレッソなのに、なんとここは、バールのテイクアウト用容器(コーヒー用ミルクの容器を少し大きくしたくらいの大きさ)に入れられてテーブルに登場。

 写真撮っとけばよかった!!

 きっと、こういうところの経費を節約しつつ、料理を安く提供してくれている、ということなのだろう。
 まさに大衆食堂って感じで、素直に感動したのだった。

 いやあ、堪能した!!
 こんだけ食べて飲んで、3人で55.5ユーロ。
 パスタも肉料理も、一皿10ユーロしないんだものなぁ…。

 気持ちもすっかりプリマヴェ〜ラ〜になった我々なのだった。
 まさに、神々の祝福を受けている気さえした。

 しかし。
 このあと異変が発生。
 まさか………………あんなことになるなんて!!