13・宵待ちの宿 萩一輪

 人生最初で最後になるかもしれない萩旅行、せっかくだから3泊することにした。

 日帰りで充分という飛騨高山に3泊して調度よかったくらいだから、萩だとそれでも足りないかもしれない。

 今回我々が3泊お世話になることにしたのは、屋号を書くのがちょっぴり恥ずかしい「宵待ちの宿 萩一輪」。

 事前に地図を見ていたので覚悟はしていたものの、やはり大きな荷物をズルズル転がして歩くには、東萩駅からいささか遠かった。

 到着した頃には、すでにこの看板に灯がともっていたくらい。

 宿の玄関は表の道路に面してはおらず、駐車場側から入るようになっており、古風ななまこ塀仕様の表と同様、趣のある入り口になっている。

 あらかじめ地図を見ていたワタシはある程度距離感は掴んでいたものの、まったく白紙状態のオタマサは、歩いている間に日も暮れて寒さが増す中いささか絶望的になっていたらしく、こんなことなら駅近くのビジネスホテルでよかったじゃん…などと思っていたらしい(あいにく手頃なビジネスホテルがなかなか無い)。 

 しかしはるばる歩いてきたこちらの宿には、そのへんのビジネスホテルにはないものがある。

 温泉だ!

 昔ながらの温泉地というわけではなく、2004年に掘削された萩温泉。

 火山列島日本のこと、地中深く1000メートルほど掘ってしまえばどこでも温泉が出てくるわけだけど、何を隠そうここ萩の近くは、阿武火山群という、火山が目白押しの地帯なのだ。

 何かがどうにかしていたら、昔から温泉地になっていたとしてもおかしくはない土地なのである(日本はどこでもそうなんだろうけど…)。

 こちらの宿では大浴場のほか露天風呂も設けられていて、そのほか露天風呂付きの部屋が12室もある。

 予算的にそこまで頑張れなかったので部屋に露天風呂は無いかわり、少し頑張って「海が見える部屋」は条件に入れておいた。

 なので部屋から……

 日本海が一望のもとに。

 ベランダまである。

 部屋は入り口からベランダまで長細い造りになっている。

 この部分だけで軽く我が家より広い……。

 部屋はトイレシャワー付きだから、飲みに出かけるまでに温泉でゆっくりしていられなかった到着日にはありがたかった。

 フロントフロアにはロビーがあって、朝夕にはコーヒーや夏みかんオレンジジュースがフリードリンクとして宿泊客に用意されている。

 そこもまたオーシャンビューだ。

 窓辺に行くと、正面の海に浮かぶ島々の名前がわかるようになっていた。

 沖に浮かぶこれらの平たい島々は、実はすべて単体火山なのだとか。

 火山学的にかなり興味深い地形だそうで、本土側も含めたこれらの阿武火山群は、かつて訪れた五島列島福江島と同じくらい、火山マニアにとっては要注目のエリアなのである。

 詳しいことを知りたい方はどうぞこちらをご覧ください。

 これらが火山であることを知ったのはブラタモリ萩編を観たからで、今回せっかく萩を訪れるのなら、これらの島々をせめて遠望してみたいなぁ、と思っていたところ…

 …毎日部屋から一望できたのだった。

 水納島のような隆起サンゴ礁の島のように平たいのに、これらがそれぞれ火山だなんて……。

 でもこれらの火山の活動があったおかげで、萩の町は成り立っているんだって。

 それについては後に触れるはず。

 さて、ロビーから海側に出たところには、足湯も設けられている。

 足を湯に浸けながら、ボーッと海を眺めているってのも心地よさそうだ。

 その他このフロアには、こういった一角もある。

 女子向けインスタ映え需要ってところだろうか。

 こちらの宿はこういったわかりやすいビジュアルだけじゃなくて、たとえば部屋の玄関には、脱いだ靴に入れておけるポプリのようになっている消臭剤があったり、鏡台にはオタマサにもワタシにも無縁ながらトリートメント用の各種アイテムがいろいろ揃っていたり、お香セットがさりげなく置いてあったりする。

 最も驚いたのは大浴場の美容アイテム。

 大浴場は一見するとフツーなのだけど、傍らに…というか真ん中にというか、見やすいところに設置されている棚に、ナチュラルトリートメント系のシャンプーだとかなんとか液などが、まるで販売コーナーなみにズラリと各種用意されているのだ。

 朝6時から9時半までと、15時から22時まで利用できる大浴場with露天風呂は、朝と午後で男湯女湯が入れ替わるから、男性が入っている側にも同じようにいつも用意されていることになる。

 こんなのを使う男のヒトっているんだろうか…と思っていたら、滞在中風呂場で唯一出会った「他のヒト」は、トリートメントアイテムが並ぶところでしばし熟考したかと思うと、サッと一つを選んで使っていたのだった。

 到着時には「駅近くのビジネスホテルでも…」などと言っていたくせに、朝夕そして寝る前と、日に3度も浸かりまくって毎回極楽オバサンになっていたオタマサ。

 かけ流しではなく循環システムのなんちゃって温泉ながら、普段浴槽とは縁遠い生活をしている我々にとって、広い広いお風呂をほぼ貸切状態で使えるだなんて、ゼータク以外のなにものでもない。

 その他、客室フロアには各種ケア用の部屋があり、希望すればいろんな美容ケアを受けることもできたりなど、なんだかインドネシアのリゾートでマッサージを受け倒すおねーさんたちにもピッタリなのかも。

 そういった大小様々な気の利かせ方が押しつけがましくなく伝わってくるからだろう、この宿には「女性に支持される癒しの空間」という評判もある。

 といった要素は我々にはまったく無縁なようながら、そういう宿だと温泉宿にはつきもののガハガハオヤジ集団がいないだろうという期待が持てるところが大きい。

 といいつつ、毎晩締めの部屋のみをしていたから(部屋には栓抜きも備えられていた)必要以上にゴミが多かったにもかかわらず、毎日毎日キレーに掃除してくださっていたスタッフの方にとっては、我々こそがガハガハオヤジ集団だったかもしれない……(特にオタマサが)。

 けっして小さな宿ではないから、フロントの方も日や時間で顔触れが変わっていたくらいに従業員の数は多い。

 なのに客はといえば、超閑散期の平日だからだろうか、我々以外のヒトに会うのが珍しいくらいだった。

 オフシーズン中のオフシーズンは、経営的にホテル業は大変だ。

 にもかかわらず素泊まり連泊で、なんだか申し訳ない……。