2・旅行前1

どこへ?

 さて、アフリカ。
 アフリカへ行ってみたい、サバンナを見てみたい…。ああ、ライオンさんキリンさん………。
 マナザシは早くもインド洋を飛び越えて彼方の大陸へ向かっていたものの、彼らに会うためには、いったいどこへ行けばいいのだろう?

 ンゴロンゴロ、セレンゲティ、マサイマラなどなど、数々の動物番組や岩合さんの写真集などで保護区や国立公園の名前をいくつか知ってはいても、それがいったいどこにあるのかなんて、詳しく知ろうとしたことがなかったのだ。<なんだ、あんたの憧れってその程度かい。<…はい。

 だから本来であれば、いざアフリカとなっても雲をつかむような話でしかないはずだった。
 ところが。
 これまた神の思し召し、アフリカへサファリ旅行をしてきた!というゲストが昨シーズンにいらっしゃったのである。それも、危険極まりないという首都ナイロビを擁するケニアへ一人で。 
 彼女の話を聞いていた時点では、まだ僕は遠くからの声を聞いていなかったので、まさか我々がシーズンオフにアフリカに行くだなんて、自分のことながら夢にも思ってはいなかった。それでも、そのときお聞きした話や、見せていただいたいくつかの写真は濃厚に記憶に残っていた。
 それが筋骨隆々の、誰に襲われてもすぐさま逆襲して秒殺するヒョードルのような人だったらともかく、タンク1本背負って立つのもどうか、というほどにか細い女性なのである。だったら我々だって行っても大丈夫じゃなかろうか。

 そうだ、我々もケニアに行こう!
 ナイロビがなんだ、デンジャラスゾーンがなんだ!!

 タンザニアでも南アフリカでも他のどこでもなく真っ先にケニアを選んだのは、ひとえにそんな単純な理由による。

 ケニアといえばマサイマラである。
 というか、それしか知らないだけなのだけれど、アフリカのサバンナの国々に数多ある国立保護区、国立公園の中で、世界的に最も有名といってもいいくらいの動物の王国だ。
 とはいえいろいろ調べてみると、フラミンゴが真夏のスカテンのごとく群れているナクル湖国立公園だとか、アフリカ最高峰のキリマンジャロのお膝元アンボセリ国立公園だとか、ケニアには各地にいろいろ見所がたくさんあって、どこにしようか、どことどこに行こうか、本来はいろいろ迷うものであるらしい。
 国内国外に限らず、日本人のツアー予定がたいていそうであるように、どこもかしこも回ってとにかく隈なく見落とさず、という旅程を組んだパックツアーは数多い。 
 が、ご存知のとおり我々の場合、ひとたび据えた腰はキリマンジャロよりも重くなる。小刻みに移動するのには耐えられない構造になっているのだ。
 だったら、最初からマサイマラにデデンと腰を据えてしまいたい。

 行き先が決まればあとは日程だ。
 ケニアの首都ナイロビまで行くにはいろんなルートがあるようだが、ドバイ経由でナイロビへ行くエミレーツ航空を利用するのが最もてっとりばやい。多少高くつこうとも、何箇所にも降りなくていいし、インド経由のように黄熱病の予防接種を受けなくてもいいし。
 意外なことに、経由地であるドバイと日本を結ぶ便は毎日運航している。おかげで日程を選ぶに際し、ある意味いつでも好きなときに行けるという状況だった。
 ただし当然ながらさすがに那覇空港から直接行けるわけではない。
 昨秋実家が引っ越したばかりだし、このオフは一度は帰省しなければならなかった。成田からの往復だと、そこからまた大阪へとなるとまたぞろ経費がかさむかなぁ…と思ったら。
 なんとドバイへ行くエミレーツ航空は関西空港発着。
 なんとまぁ、毎度のことながら図ったように好都合じゃないか。

 おまけに今回は、アラスカ旅行その他で溜まったノースウェストのマイレージで、日航の国内往復をタダで利用できる権利を手に入れていた。
 生まれて初めてのマイレージ利用!!
 キャーッ!!恥ずかしい!!
 クロワッサンにお越しになるゲストから、そのウマミをイヤというほどお聞きしていた僕たちは、今回初めてその恩恵に与ることができた。
 ここ数年は逃れられなかった、うちの奥さんのバースデー割引が有効な期間限定という日程の制約も、マイレージのおかげで自由自在。3年ぶりに1月末の学習発表会にも出ることができる。

 そんな次第で日程が決定。

 1月29日夜関空発
 1月30日早朝ドバイ着→昼ナイロビ着→ナイロビ泊
 1月31日マサイマラ着→マサイマラ泊
        ↓
 2月5日昼前マサイマラ発→夕方ナイロビ発→夜ドバイ発
 2月6日夕方関空着

 で、関空は夜出発なので、那覇からその日の午後4時くらいに出る飛行機に乗れればまったく無駄はないことになる。
 ところがそうは問屋が卸さない。
 その便はマイレージで取れる分が1席しかなかったのだ。
 午前11時発の便だったら2人分取れるという。仕方がないのでそうすることに。
 そうなると、ちょっとやっかいなことになる。
 午前11時発だと、朝8時30分発の連絡船に乗って高速を飛ばせば、けっして間に合わない時間ではない。が、我々にはかんぱち君やテンちゃんをながみね動物クリニックにあずけていくという使命があるのだ。さすがにこの時間内にやりとげることはできない。
 やむなく、島からは前日のうちに出て、かんぱち君たちをあずけ、我々は那覇泊で翌日出発、ということにあいなったのだった。
 一見かなり無駄に見えるこの日程。それもこれも、マイレージで取れる席が1つだけだったせいだ。
 けれども人間万事塞翁が馬。
 何事であれ、災い転じて福となってしまうのである。

ケニアでは何がいる?

 ケニアは赤道直下の国である。
 きっと暑いに違いない!!
 ……というのは我々シロウトの浅はかさ。
 赤道直下ではあっても、ケニアは海沿い以外のほとんどが高原なので、標高が高いのだ。首都ナイロビでおよそ1700mという。
 そのため意外に涼しいらしい。
 朝晩ともなると、涼しいを通り越して寒いくらいだというのだ。
 聞けば、ケニアは冬のない軽井沢のようなものらしい。
 なるほど、軽井沢ね、フンフン………
 ……とわかったようなフリをしつつも、その実軽井沢には行ったことがない。
 それでも、とにかく沖縄の真夏の装束だけでは、えらいことになるってことは理解できた。

 また、サファリは早朝だったり夕方だったりするので、風を受けるとけっこう寒いらしい。薄手のものでもいいから、長袖の上着があると重宝するってことだった。
 ところで、サファリ中はどんな服装だったらいいんだろう?
 僕の単純バカオロカ思考では、サファリと聞いて思い浮かぶのは、ドリフのコントの探検隊編のようなファッションだ。
 カーキ色のシャツに短パン、ハイソックスに帽子………。
 股の下からヘビなど出てきて、パクッと股間をひと咬み!ってことになれば完璧だ。

 本気でそれを着ていたら、思いっきり浮きまくるところだった。
 動きやすければ基本的にどんな格好でも大丈夫というので、まったく普段の格好、名護あたりにお出かけするときの格好で済ませた。
 ただし、哺乳動物は白黒でしかものが見えないという話だから、本来はあまり色彩は関係ないと思うのだけれど、赤やオレンジなど、派手派手系の色は控えたほうがいいらしい。

 そのほかケニアには、マラリアをはじめとする、蚊を媒介する伝染病が多いという。
 何を隠そう、一度ソロモン諸島でマラリアに罹患したことがある僕は、今さらマラリアを必要以上に恐れたりはしないけれど、蚊だらけというのは閉口するので、一応虫除けなるものも持っていくことにした(結局使わなかったけど)。

 首都ナイロビを経由するから、護身用にワルサーPPKでも持っていたいところだったけど、そんなものを持って飛行機に乗ろうとしたら護身どころ騒ぎじゃなくなりそうなので断念。
 そんな護身用のメカよりも圧倒的に重要なのがカメラである。
 サファリに行って、写真を撮らないでどうする!
 ここで、本来であればバズーカ砲のような長大なレンズ付の一眼レフカメラに登場願いたいところではあるものの、そんなものを用意したら旅行に行けなくなってしまう。
 うちで用意できるのはせいぜいデジカメ。
 聞くところによると、光学10倍ズームくらいの機能を備えたものでないと、動物を撮るにもフラストレーションが溜まるらしい。
 ならば。
 ということで、この旅行のために、キャノンのデジカメを1台新たに…。
 はたしてその結果は??

 また、撮るだけじゃなく、観るときに必要なのが双眼鏡だ。
 オペラグラス程度の小さな倍率のものではない。10倍程度の、視野の明るい双眼鏡。
 調べてみると、スタビライザー付などというものもあるらしい。デジカメでいうなら手ぶれ防止機能のようなものだ。
 フムフム、それは便利そうだ。いったいいくらくらいするんだろう??

 え”ッ!?

 に、にじゅうまんえん!?

 世の中には双眼鏡に20万円もかける人がたくさんいるらしい………。
 もちろん我々がそんなものを買うはずはなく、10×50のちょっと重い双眼鏡を得るに留まった。
 はたして現地で活躍するだろうか?
 ま、たとえ現地で活躍しなくても、きっと夏のビーチで活躍するに違いない………?