25・2月3日

ロングサファリ・2〜二人のため世界はあるの〜

 明けて2月3日。
 この日の我々は、またしてもロングバージョンである。それも貸切で!

 昨日のロングバージョンで訪れたタンザニア国境付近の風景があまりにも素晴らしかったのと、どうせだったらわがまま言い放題で思う存分動物たちを眺めてみたい、そう思ったので、昨日のうちにスタッフの方にお願いした。
 いつの間にかロッジの日本人スタッフは、イチハラさんからマツオカさんに代わっていた。


日本人スタッフ・マツオカさんと

 本来ロッジに常駐しているのはマツオカさんで、イチハラさんは休暇をとっていたマツオカさんの代役としてナイロビの事務所から来ていたのだそうだ。
 オプションとして貸切もできる、ということをイチハラさんからうかがっていたので、それをマツオカさんに伝えたところ、ドライバーとゲスト数の兼ね合いもあるので、ちょっと調整してみます、ということだった。
 で、昨日の夕食の頃に本日の予定が決定した、という次第。
 それにしても、こういう場所での日本人スタッフにとって、うちの奥さんのような人はきっととってもやっかいなことだろう。
 人とはちょっと違うところで疑問に思ううちの奥さんは、それを少女のような目をして問うのである。

 「あのー……」

 「はい、なんでしょう?」

 「ここの人たちって、どうやって散髪しているんですか??」

 たいていの人がみんなマルコメ頭なのだ。五厘刈りではなくて、まばらにチリチリとなった状態で。
 それをずっと不思議に思っていたうちの奥さん、ついにたまりかねてマツオカさんに訊いた。

 「こちらの人たちは、みんな毛が薄いんですよ」

 地肌が見えるほどにまばらにチリチリなのは天然なのだそうだ。だから、散髪する頻度は我々日本人に比べると圧倒的に低くて済むという。
 たしかに、マサイの人たちのすね毛なんてなかったもんなぁ……。

 「あの女性のみなさんの髪はどうしているの?」

 女性スタッフは、ラハダちゃんのようにチリチリのまま長〜く延ばして結っている人もいるのだけれど、直毛の人もいたのである。

 「あ……。あれはね、実はカツラなんですよ」

 なんと!!
 なるほどなぁ……。

 こんな具合で、うちの奥さんが素朴といえばあまりにも素朴すぎる疑問を次々に問いかけるので、不思議的疑問は次々に解決していくのはいいものの、それに丁寧に応えてくれるマツオカさんにとってはやっかいな客だったろうなぁ……。

 さて。
 出発時刻も好きに設定できるということだったので、どうせなら部屋から夜明けを眺めてから行く、ということも考えた。でもそうするとなんだか出遅れたみたいになるのが悔しいので、他のみなさんと同じ時刻に出発することに。
 なのでこの朝も、上着を着ても肌寒い中、6時前にロビーへ。

 他のゲストたちもたくさん集まり始めていた。
 いつものようにホットチョコレートを飲みつつ、さて、今日のドライバーは誰なんだろう?ヘンリーだったらいいのになぁ…。でも彼はどうやら主力ドライバーのようだから、我々二人の貸切につけるわけにはいかないんだろうなぁ……。
 ボヨヨンとそんなことを考えていたら、出発の時間が来た。

 「じゃあ植田さんたちは、ヘンリーの車で」

 おおっ!!ヘンリー!!

 「ジャンボ!!」

 挨拶もそこそこに、我々は嬉々として彼のランクルに乗り込んだ。今日はさすがに我々だけだから、いつもヘンリーがコンビを組んでいるデビットの姿はない。
 さあ、今日も行ってみよう!!

 暗い夜道を走っている間、空にはまだ星たちがきらめいている。
 ヘンリー、あの星はサザンクロスだよねぇ?

 どれどれ?という具合に空を見上げるヘンリー。

 「いいや、違うよ」

 え?
 違うの??
 たしかに偽南十字星があるって話は聞いたことがあったけど……。

 やがて東の空が赤く染まり始め、それが徐々に淡い色へと移り変わる頃、オロロロゲートに到着。
 この日の出のタイミングで、僕は是非とも撮ってみたいものがあった。
 シルエットである。
 昨日の朝に出会ったゾウさんのように、もう一度大きな動物を朝焼けをバックにして撮ってみたい…。
 キリンさんでもゾウさんでもいい、ヘンリーお願い!!

 すると、ゲートを越えてほどなく、その望みはかなった。

 今日の第一の目的は、ライオンでもチーターでもサイでもなかった。これを撮るためだけにこの日貸切をお願いしたといっても過言ではない。
 朝焼けの間という限られた時間帯にもかかわらず、チャンスはいきなり訪れ、今日の目的を達成してしまった。 
 僕のわがままを聞いてくれたヘンリーが、少しずつ車をゾウさんと太陽の軸線に乗るように移動してくれたからこそである。
 ヘンリー、ありがとう!

 この時のゾウさんたちは数頭いて、上の写真のゾウさんはチビターレを連れていた。
 順光側に回ってみると、チビターレはおっぱいを飲み始めた。

 かわいい!!
 ゾウさんたちの妊娠期間は2年近い。
 それだけ長く胎内で慈しんでいたんだもの、我が子がかわいくないはずがない。かーちゃんの目は慈愛に満ち溢れていた。
 このときは上手い具合にチビターレがこちら側に見えているけれど、たいていの場合は母ゾウさんは子供を我々とは反対側に位置させる。群れで移動しているときなども、チビたちは群れの真ん中を歩かせるという。
 なるほどなぁ…。

 様々な草食動物を目にしつつ、さらに進んだところでチーターがいた。
 若そうな2頭のチーターだ。

 ヘンリーによると、彼らはあの151番母ちゃんの子供だという。すでに親元を離れて暮らしているのだ。
 昔動物番組を見ていたとき、よくもまぁ広いサバンナでこんなに長期間に渡って同じ個体を追い続けられるなぁってことがとっても不思議だった。
 しかし実際に来てみると、彼らの縄張りさえ把握していれば、同じ個体を観察し続けることはさほど難しいことではないような気配である。その証拠に、件の151番母ちゃんも少し離れたところでチビチーターと共にいた。

 チータって………
 よく見られる動物なんだなぁ……。

 日が昇ると彼ら肉食動物たちはのどかなときを過ごしていることが多いけれど、草食動物たちにとってはお食事タイムである。
 真昼間はあまりの暑さに木陰で涼をとってばかりいても、朝はまだ涼しいからか、あちこちで草を食む彼らの姿を見ることができる。
 バッファローたちは壮観だった。
 やつらときたら、昼は本当にグータラしているくせに、この朝の涼しい時間は全員整列、右向け右ってな感じで、美しくも整然とした群れを作って草を食べているのだ。

 皆同じ方向を向いているのは、少しずつ歩みながら食べているためである。極めて歩みののろい行進なのだが、それでもやはり、病気その他の原因で落伍者が出る。それらはやがて、ハゲワシたちのご馳走となるのだ。

 さらに進むとダチョウが見えてきて、そのダチョウに向かってキリンが歩いてきた。


円内がダチョウ

 なんと豪勢なツーショット……。
 ダチョウって、他に何もいない平原で暮らしているのかと思っていたけれど、こうして普通にキリンさんが近くを歩くようなところにいるのである。これもテレビを見ていただけではわからない真実の姿だ。

 キリンさんの行く手を阻むものはない。
 たとえそこに車道があろうとも、彼はスローモーションのようなその動きで横断する。

 なんとマヌケなツーショット……。
 我々は、今日もこの地平線の向こうを目指す。

 ヘンリーはときおり冗談をいいながらも、安全に充分気を配りつつ運転する。
 そんなヘンリーにお願いしているリクエストの最初のひとつはもうクリアされていた。
 僕のもう一つの望みは、草食動物、特にヌーやシマウマ、そしてトムソンガゼルの群れをゆっくり眺めたい、というものだった。
 そんなの普通に見られるじゃないかとおっしゃるかもしれない。
 でも、他の方々と同乗していると、それらツノダシ級の動物たちはなかなかじっくり見られないのだ。
 その点今日は貸切なので、僕は是非ツノダシたちをじっくりゆっくり眺めてみたかった。
 目指すは、タンザニアとの国境付近!!
 さぁ、レッツゴー!!


ドライバー・ヘンリー

 ……と思ったら。
 ハンドルの脇にある無線機から、再び重要な情報が流れてきたらしい。
 この無線のやりとり、誰と喋っているのかまったくわからないけれど、最も気になるのが、必ず会話の最後にお互いが言う

 「サワサワ」

 という単語だった。
 何?サワサワって??
 あとで訊いたところによると、これはハクナマタタとはまたニュアンスの異なる意味での「問題ない」とかそういった意味だそうで、たいてい無線の会話の最後につけるのだという。
 聞き心地のいい言葉だから、かえって気になって仕方がなかった。
 無線で気になったといえば、返事なのかなんなのか、何かにつけ言っている言葉が、

 「アギジェ」

 という単語。
 意味はわからないけれど、聞いているとなんだか沖縄の言葉の「アキサミヨー」の個人ごとバージョンのひとつ、

 「アギジャビヨ」

 の変形版のような気がしてきてとっても面白かった。

 いや、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
 ヘンリーが真顔で我々に問うた。

 「リクエストのタンザニア国境あたりはこのずっと先だけれど、ちょっとこっちに行ったところにレアな生き物がいるかもしれない。見られるかどうか、まったく保証はないけど、行ってみるかい?」

 ヘンリー、レアな生き物って何何??

 「レオパードだ」

 おお、豹!!
 アラスカでオヒョウは食ったけどヒョウは見たことがないぞ!!
 ヘンリー、是非行こう!!

 ひょっとしたらヒョウが見られるかもしれない?
 期待に胸を膨らませつつ、ランクルはブッシュだらけの脇道へと入っていった………。