水納島の魚たち

アキアナゴ

全長 60cm

 大学卒業後はしばらく都内で働いていた。

 その間、それ以前に4年プラスおまけの1年いた沖縄では感じたことがなかった、海への渇望感に襲われた。

 沖縄にいたころは、講義をさぼって海まで来たとしても、なんだか天気が良くて風が気持ちよくて、ついつい浜辺でビールでも飲むかぁということになって、結局潜らずに終わってしまう、なんて事はしょっちゅうだった。

 ところが都内で働き始めるやいなや、その渇望感のせいで朝4時出発、往復に9時間を要する伊豆ダイバーになってしまったのである。

 ダイビングするために車で片道4時間もかけて海に行くなんて、それ以前も今現在も考えられない……。

 そうやって通っていたのは伊豆の大瀬崎で、期待以上のにぎやかな海中を目にした途端、いっきに虜になってしまった。

 当初はカメラなど持っておらず、ただ純粋なファンダイバーとしてあちこちのポイントを潜っていた。

 そんなある日、朝早くに柵下というポイントで潜っていたときのこと。砂地からニョロニョロと生えているものに目を奪われた。

  まさかこんなところにガーデンイールなんていないよなぁ、と思いつつ徐々に近づいていくと、どう見てもガーデンイールなのである。

 それも、チンアナゴとは大きさも顔つきもまったく違っている。


これは水納島のアキアナゴです

 それは、当時ようやく存在が世間的に明らかになりつつあったアキアナゴだった。

 まさか伊豆の海にもガーデンイールがいたなんて。

 それ以来、アキアナゴというのは伊豆あたりにいるもの、と思いこんでいたワタシは、その後数年経ってから水納島に越し、再び驚かされることになる。

 水納島に越してきたばかりのころ、砂地のやや深いところまで行ったら、そこら中がアキアナゴの大群落だったのだ。

 群落、という一言ではとても表せないほどに、砂地一面にニョキニョキ生えているのである。

 この密度で見渡す限り、いや、見渡せない奥のほうまでビッシリ。

 引っ込んでしまうのを覚悟していったん群落の深いほうまで行き、そこから彼らが群れなす浅い方を見上げた景観が抜群で、チンアナゴよりも遥かに長い体が無数にニョロニョロとくねっている様子はまるで異世界幻想空間。

 ある種の神々しささえ覚えるほどだ。

 よく観ると2匹ずつになっているものが多いチンアナゴとは違い、アキアナゴはまさにランダム、かつ密度も濃い。

 揺らめく墓標のようにも見える、アキアナゴの大群落。

 残念ながらこのアキアナゴも、ダイバーが近づくとまるで潮が引いていくように、最前列からサァーッと引っ込んでいく。

 その様子を動画でどうぞ(50秒くらいから引っ込み始めます)。

 動画の場合はカメラだけを置いておき、ワタシ自身は遠くから眺めていれば済むけれど、写真を撮るとなると、タイマーをセットでもしないかぎり、カメラのところに居なければならない。

 そのため息をひそめてじっくりじっくり近寄ってみるものの、アキアナゴたちはもちろんながら警戒して引っ込んでしまうから、かろうじて撮れる写真は顔を出しているだけ…。

 近づいてじっくり眺めることはできない分、神々しさが増すのかもしれない。

 ただし彼らが生息している水深は深いから、なかなか長居できないんだよなぁ……

 …ところが。

 近年になって、アキアナゴの群落がどんどん浅いほうへ進出しているのだ。

 先の動画もカメラを置いていたのは水深20mほどで、画面左がリーフ側だから、アキアナゴたちがもっと浅いところでニョロニョロしていることがわかる。

 場所によってはチンアナゴとカブっていることさえあるほどで、いったいこれはどうしたことだろう?

 おそらく、行政の愚策に起因する水納島の桟橋周辺に堆積した砂が、航路を経てリーフ外へ流出し続け、海底の砂が以前よりも遥かに多く堆積しているためと思われる。

 体長が長い分、砂の堆積量が少なければ巣穴を維持できないアキアナゴにとって、島の周りから大量の砂が流れ出して浅いところにもたくさん溜まったおかげで、その長い体を住まわせることができるようになったに違いない。

 当初は深場のような密度の濃さではなかったものが、次第次第に個体数が増えてきて、2023年現在では、群落の範囲こそ深場ほどではないにせよ、密度は深場で観られる群落と遜色ないほどになっている。

 やがてチンアナゴが駆逐される勢いで増えてしまうかも?

 浅いところでアキアナゴが観られるようになったのはうれしい反面、なにごともほどほどにしておかないと、バランスはあっけなく崩れてしまうことだろう。