水納島の魚たち

ミナミゴンベ

全長 9cm

 伊豆あたりで潜っていらっしゃる方なら、イヤでも「オキゴンベ」に出会っていると思う。

 水納島では、このミナミゴンベはそれと同じくらいの頻度で出会える(「追記」参照)。

 砂地に点在する根でよく見られ、ふと視線に気づくと、好奇心いっぱいの瞳でこちらを眺めていることが多い。

 そのくせこちらから近づこうとするとつれなくプイと逃げてしまうから、お近づきになりたければ、とにかくじっとしているしかない。

 そうすれば、勝手に彼のほうから近寄ってきてくれる。

 時にはイソバナやウミシダにチョコンと乗っていたりもする。

 赤い体がイソバナによく映えるから、写真をやる方には格好のフォトジェニックモデルになってくれる。

 ただしこの場合も、ウカツに近寄るとイソバナからあっさり降りてしまうこともあるので、そっとそっと近寄ろう。

 ウミシダには彼らの餌となる小動物がたくさんいるから、それらを啄む様子を観ることができるだろう。

 幼魚はオトナとさほど色味に違いはないけれど、棲んでいる場所にって色味が違ってくるようだ。

 岩肌に地味にサンゴが点在するところに棲んでいる子は……

 わりと地味めな感じ。

 一方、アヤシくも沈んだ色になっているウミシダに潜んでいる子は……

 体の色を濃くしている。

 赤さが際立っているのはストロボを当てているためで、光がなければ赤は沈んだ色になり、白い部分が少ないから、海中ではわりと目立たない。

 そうやって目立たないように工夫しているわりには、興味津々で近寄って来ては、やっぱりこちらを覗き込んでいるミナミゴンベ。

 巨大な生き物(我々ダイバー)に物怖じすることなく近づいてくる彼ら、なんでそんなに好奇心が旺盛なのだろう?

 その理由の一端かもしれないシーンに出会った。

 砂地の根には、ホンソメワケベラが営業しているクリーニングステーションがある。

 その常連客であるヒメテングハギはいつも、中層から舞い降りてきては、ホンソメワケベラに身を委ねている……

 …と思ったら、どうもクリーニングしているのはホンソメワケベラじゃないっぽい?

 あれ?

 ひょっとして……

 ミナミゴンベだ!!

 これがたまたまではないことは、彼がけっこう精力的にクリーニング活動を続けていることからも明らかだ。

 ヒメテングハギのウットリした顔からすると、ミナミゴンベたちの施術(?)が、けっしてにわか仕込みのテキトーなものではないことがわかる。

 これはこの根に住む彼ら特異的に獲得したワザなのか、それともミナミゴンベにはそもそもクリーナーとしての素養があるのか。

 彼らが好奇心いっぱいの瞳で近づいてくるのは、ひょっとすると「このヒト、クライアントさんかな?」という期待を込めてのことなのかもしれない。

 追記(2021年8月)

 この稿の冒頭にて、「ミナミゴンベは水納島では伊豆で出会うオキゴンベと同じくらいの頻度で出会える」と紹介している。

 ところがいつの間にか、なかなか出会えなくなっているのだ。

 砂地のポイントのわりと深めの根にいるのはミナミゴンベ、リーフ際に近いところになるとヒメゴンべという感じで住み分けていたっぽいのに、近年は深めの砂地の根に行ってもミナミゴンベの姿はなく、昔はそんなところで観た覚えがないヒメゴンべばかりなのだ。

 先に紹介した、ヒメテングハギをクリーニングしていたペアもいなくなってしまったし、探せど探せど会えないミナミゴンベ。

 あれほどフツーに観られたというのに、ミナミゴンベはいったいどこに行ってしまったんだろう?

 …と不思議に思っていた矢先、昨年大御所大方洋二さんがご自身のブログでミナミゴンベについて書いてくださった。

 それによると、ミナミゴンベは暖かい水が苦手なのかも…とのこと。

 一方、2008年に刊行されたヤマケイの「日本の海水魚」(吉野雄輔著)に掲載されているミナミゴンベ3点の写真のうち1点は西伊豆の大瀬崎で撮影されたもので、他の2点はどちらも水納島だから、ミナミゴンベがいたというのはワタシの夢幻ではけっしてない。

 また、当時は水納島で潜る機会が多かった某有名水中写真家氏も、この件について

 1990年代の水納島では、ミナミゴンベをよく観ていて、ヒメゴンベの方が少なかった記憶はあります。

 とコメントを寄せてくれている。

 加えて彼は、「(ミナミゴンベとヒメゴンベが「区別されてからの話では、沖縄あたりだとどちらかというと本種の方がミナミゴンベより多い、といわれるが、筆者が観察しているところは沖縄島だが、ミナミゴンベの方が多い(はずだ)。」と、ワタシ自身が某雑誌に書き記していたというジジツまで教えてくれた。

 夢幻どころか四半世紀前の感覚では、水納島ではやはりミナミゴンベのほうがフツーで、ヒメゴンべはリーフ際の限られた場所に多いといった感じだったのだ。

 それが今やすっかりヒメゴンべになっていることを考え合わせると、水納島の場合これはここ20年くらいの変化ということになるのかも。

 ここ20年で遭遇頻度がめっきり減ってしまったものといえば、アカウミガメもまた然り。

 水納島でウミガメといえばアカウミガメ、といっても過言ではないくらいによく出会えたアカウミガメも、今ではアオウミガメにそのお株を奪われてしまっている。

 アカウミガメもまた、南洋仕様のアオウミガメに比べると暖かい水が苦手っぽく、アオウミガメに比べれば分布の中心はより北方になる。

 ミナミゴンベにしろ、アカウミガメにしろ、彼らが姿を消していく理由はといえば……

 温暖化??

 このところ姿を見る機会が富に増えた魚たちがいる一方で、いつの間にか姿を消している魚たちもいる。

 出会う機会が増える魚には気づきやすいけれど、当たり前に観ていたものが居なくなると、なまじ当たり前すぎて注目していない分、気づくまでに時間がかかる。

 ゴンべ類は好きだからちょくちょくカメラを向けるんだけど、ミナミゴンベに限っていえば、2015年7月に撮った↓この子が最後になってしまっていた。

 写真が無いからといって必ずしも「目にしていない」というわけではないものの、あれほどフツーにいたミナミゴンベも今やすっかりレア。

 そのジジツに愕然としつつ、でも探せばいるかも…と砂地の根を訪れるたびにチェックしてみるものの、昔はそんなところにいなかったはずの深いところまでヒメゴンベが進出していて、ミナミゴンベの姿はない。

 そうしてミナミゴンベに会えなくなって6年も経ってしまった今年(2021年)、どういうわけだか各地の根でミナミゴンベと再会を果たしている。

 その近隣の根ではヒメゴンベが幅を利かせているものの、小さな根でペアになっているものもいたし、すぐ上の子のように小さい子も元気に育っているっぽい。

 ところで、このように俄然注目するようになったおかげで、これまで特に意識していなかったことに気がついた。

 ヒメゴンべではこのホバリング行動はまず観られないのに、ミナミゴンベはわりと暮らしの中に「ホバリング」があるような気がするのだ。

 すぐ上の写真の子は、周りにいるスカテンの群れに誘われるようにホバリングしていたのだけど、これってミナミゴンベならではなんじゃ…。

 だからこそのヒメテングハギクリーニングができるのかもしれない。

 カメラを向けていても気軽に手軽にホバリングしてくれるうえに好奇心旺盛だから……

 なんだかゴンべらしからぬ不思議な魚のように撮れちゃった。

 なるほど、着底するためだけなら無駄に大きいように見える胸ビレも、ホバリング時にはかなり有効に機能しているのだなぁ…。

 実はヒメゴンベもミナミゴンベのように日常的にホバリングするんだろうか。

 ホバリングしているヒメゴンベをご覧になったら、ひと声かけて鍵かけて。