写真・文/植田正恵

195.オーバーツーリズム考(上)
月刊アクアネット2019年8月号

 私が学生の頃遊びに来ていた80年代後半の水納島は、盛夏ですらビーチのパラソルはまばらだった。

 なにしろネット社会以前の世の中では、那覇に到着後その先へ行く手段の情報が限られており、旅慣れた方がそれぞれ工夫をして予約をし、目的地までの足を見つける時代だったのだから無理もない。

 今でこそ押しも押されもしない日本有数の観光地になっている沖縄県も、その昔は航空運賃が高額だったこともあって、一部の方々にとっての旅行先でしかなかったのだ。

 その後航空各社による沖縄キャンペーンが始まり、バブル景気の頃には水納島でも日帰り海水浴客の受け入れ態勢が整い始めたとはいっても、私が島に越してきた95年でさえ、水納島は県民にとってさえ「知る人ぞ知る島」でしかなかった。

 ところがその後、格安航空券の登場、NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」が巻き起こした沖縄ブームという追い風もあって、沖縄は誰もが1度は足を運ぶ観光地として発展していく。

 水納島もその流れに乗り、島で過ごす日帰り海水浴がいつしか大手旅行業者のパッケージツアーに含まれるようになった。

 さらに時が流れ猫も杓子もスマホを手にする時代になって、かつては七面倒くさかった各種手配が、画面のタップひとつでなんでも予約できる世の中に。

 そのうえレンタカー料金が昔では考えられないほど安くなり、不便な公共交通に頼る必要もなくなった現在、20年前には知る人ぞ知る小さな島だった水納島は、当時では考えられなかった入域客数を誇るようになっている。

 人が大勢やってくるようになって需要が生まれれば、本島の業者ももちろん黙ってはいない。

 島を訪れる観光客といっても、求めるものは様々だ。

 にぎやかな夏の海を求め、離島に来た感を味わいつつビーチでマリンレジャーさえできればそれでいいという方々もいれば、都会とは違う小さな離島ならではの情緒を求める方々もいる。

 これが大きな島であれば、それぞれの目的に合わせてうまく住み分けできることだろう。

 けれど周辺約4キロの極小離島の水納島となると、どちらの目的も同時に同じ場所で…というわけにはいかない。

 水納島の観光資源的価値を冷静に観るなら、小規模の宿泊施設を多少増やし、小さな離島情緒を味わえる方向で独自の観光産業を発展させていけば…と私などは昔から思ってきた。

 けれど現金収入の道が限られていた島の人々にとって、日帰り海水浴客から得られる収入の重要度は計り知れず、海運会社もビーチの業者もその方向で発展していく道を選んだのはやむを得ないことなのかもしれない。

 そして経済的右肩上がり信仰はこんな小さな島でも同様なので、訪れる客が増えれば増えるほど「成功している」ということになっている。

 そういう観点からすると、修学旅行の団体が先細りになり、国内旅行者数にもやや陰りが見え始めていたところへ降って湧いたようなアジア方面からの外国人旅行者急増は、各業者にとって棚から牡丹餅以外の何物でもない。

 小さな離島にもかかわらず、連絡船待合所には各国言語による案内板が設けられ、行き帰りの連絡船内でいったいどこの国なのかわからなくなるくらい外国語が飛び交うようになっていようとも、今や売り上げの半数を占め、アジアからの旅行者がいなければやっていけないという業者もあるとなれば、訪日外国人客増に否やのあろうはずはなかった。  

(つづく)