写真・文/植田正恵

210回.釣果は”産地直食”で
月刊アクアネット2020年11月号

 水納島は、知る人ぞ知る釣りポイント。

 普段はもちろん、コロナ禍で全県的に外出自粛を求められていた時でさえ、屋外で他人と接触することもない釣りなら問題なし、とばかりに来島している釣り人たちが結構いた(その場合行き帰りの連絡船はどうなんだろう?)。  

 近年はネット上で情報をたやすく収集できることもあり、水納島のような小さな島にも意外に多くの太公望たちが訪れるようになっている。

 リーフの外と航路で繋がっている桟橋には、夜間や朝夕に外海からガーラやタマンなど意外な大物が入って来たりするから、本格派ストロングタイプの大物狙いのヒトたちが、簡易ベッドなどを用意しつつ桟橋で一晩中過ごしていることもよくある(もちろん釣果は保証されないけど)。

 そんな島で暮らしているにもかかわらず、私にとって釣りは以前紹介したミジュン釣りが精一杯。費用対効果ならぬ時間対効果を考えれば、その時間で畑仕事をしているほうがよほど有意義と思ってしまうせいで、釣りはまったくやらない。

 にもかかわらず、日々の暮らしの中で水納島での釣果にはとっても縁が深い。島にも太公望たちがいるからだ。

  レジャーとしての釣りにはキャッチ&リリースといった胡散臭い似非エコロジーの権化のような習慣(※個人の感想です)があるけれど、島の太公望たちの釣りの目的は潔いまでに食糧確保、ある意味日々の暮らしの一環だ。

 地元のことだけに魚の習性や季節ごとの狙い目もよくご存知なので、今日の狙いは桟橋からサヨリ、いやボートでグルクン、などなどターゲットは幅広い。

 釣果は市場にまず出回らない現地ならではの魚であることもよくあり、それらが民宿の夕飯になることもある。島で獲れたばかりの魚なのだから、産地直送ならぬ産地直食、魚好きのお客さんにはたまらないだろう。

 大漁のときなど、我々もそんな釣果のおこぼれにあずかることがあるおかげで、我が家では夫婦とも釣りはしないにもかかわらず、獲れ獲れピチピチを産地直食することができるというわけだ。

 そのように自分たちの暮らしに身近な釣りがある一方で、巨大なレジャー産業になってもいる釣りの世界。

 釣り人口が増えるのは業界としていいことなのだろうけれど、一部の心無いヒトも相対的に増えてしまうのは避けられない。

 そのため「釣り人が増える」=「桟橋や突堤が散乱するゴミで溢れる」、「撒き餌などが異臭を放つ」といった公害につながり、海中ではサンゴに絡みついてしまっている釣り糸を目にする機会がどんどん増える。

 釣り振興目的の公益財団法人などもあるくらいだから、この調子でどんどん振興されてしまったら、陸上も海上も釣り関係のゴミだらけになるんじゃなかろうか…と危惧していた。

 ところが一時は2千万人を超えていたという釣り人口も、少子高齢化の影響か、今では8百万人にも満たないくらいに減少傾向なのだとか。

 そのためなのか、あるいはマナーの良い方々が増えているからなのか、島の周りを見ていても、陸も海中も昔ほど釣りゴミが目立たなくなっているような気がする。

 おかげで、以前までは海中でサンゴに絡まった釣り糸を回収する際には憤慨し、多くの釣り人の姿を見れば心がザワついたものだったのに、今ではそれがすっかり落ち着いたものになった。

 実はそれは、釣果を産地直食するシアワセを旅重ねるあまり、現金にも釣り人を見る目が変わっただけ…ということなのかもしれない?