写真・文/植田正恵

57.ウジャウジャ、オカヤドカリ
月刊アクアネット2008年2月号

  「動物園みたい…」とあきれ返られるほどの今の我が家ではあるが、子供の頃の私も、今と同じくやたらといろいろなものを飼っていた。オタマジャクシ、カタツムリ、イモリ、サンショウウオ、サワガニなどなど…。

 おかげで実家には水槽やら虫かごやらプラケースやらがゴマンとあり、時々そこから逃げ出した生き物が家の中を散歩していた。中学生くらいになれば納まるだろうと親は思っていたようだが、結局その後四十の今に至るまで変わっていない。
 親のほうも途中でいいかげんあきらめたようだけれど、その原因が、まさか自分たちがプレゼントをした生き物の図鑑だったということには気づいていないようだ。

 そうやって私が飼育してきた様々な生き物の中にオカヤドカリもいた。
 なにしろ海なし県の埼玉育ちだから、潮干狩りで出会えるようなヤドカリでさえ超レアものなのに、オカヤドカリとなればもうすこぶるつきで魅惑の生き物である。小学生のときにたまたまペットショップでみかけ、速攻で手に入れて一人ホクホクしていたものだ。たしか10センチくらいのアフリカマイマイの殻に入ったものが3〜400円だった。
 なけなしの小遣いで買ったヤドカリである、大切にたらいで飼っていたのだけれど、しょせん子供のやること、ある日オカヤドカリはたらいをよじ登って逃げてしまい、子供心にとてもガッカリしたのを覚えている。

 そんな思い出のオカヤドカリがやたらと歩き回っている沖縄の海辺。それを初めて見た私の感動をご想像いただきたい。
 それが水納島となると、もうそこらじゅうにウジャウジャいるのだ。海岸を歩けばかわいらしい貝に入った小さいものがあちこちにいるし、少し陸側に行くとチョウセンサザエの殻に入った大ぶりのものが集団になってさえいる。基本的には陸で暮らすオカヤドカリとはいえ、産卵や幼生時代には海が欠かせないオカヤドカリにとって、自然の海岸が残っている水納島は天国なのだろう。

 越してきたばかりの頃はオカヤドカリがいることが嬉しくて、見かけるたびウットリと眺めていたものだった。
 ところが最近ではそう喜んでばかりもいられない存在になっている。
 島では翌日連絡船に載せて出すゴミを前夜のうちに外にまとめて置いておくことがあるのだが、一夜明けたそこには、ビニールに穴をあけてゴミを漁って群がるオカヤドカリたちがいたりするのだ。雑食性のオカヤドカリにとって、生ゴミは格好の餌なのである。

 そのほかここ数年の我が家では、アヒルの餌場にオカヤドカリたちが集まるようになっている。アヒルに餌をやる様子を脇から見ていて、皿に餌を盛ったと同時にあちこちからワラワラと出てくるのだ。
 スプーンおばさんサイズで見れば、まるでエイリアン2かスターシップ・トゥルーパーズといったところである。
 ひどいときにはヤドカリが餌入れに山盛りになり、アヒルが餌を食べられないくらいになっていることもある。こうなるともはやオカヤドカリは「ちょっとした厄介もの」に格下げだ。

 それでも、シーズン中に島を訪れる子供たちがオカヤドカリに目を見張り、手にとって喜んでいる姿を見るとなんだかうれしい。時代は変わっても、ヤドカリはやはり子供たちにとって珍しい不思議的生き物なのである。
 小さな子供が大切そうにプラケースに入れている。ヤドカリさんはすぐに逃げたり死んじゃったりするかもしれないけれど、その思い出が、次代の地球を大切にする心をきっと育むはずだから…。