エビカニ倶楽部

ニシキテッポウエビ

体長 35mm

 ニシキテッポウエビという和名は昔から知られており、温帯域の冷たい海にも適応しているから、伊豆あたりでも共生ハゼのパートナーとしてお馴染みのエビだ。

 伊豆の海のような黒い砂底で観られるニシキテッポウエビは模様の色が濃く、冒頭の写真のような沖縄の白い砂底で観られるモノとは一見別の種類のよう。


撮影地:西伊豆大瀬崎@1992年

 でも90年代の私の座右の書といっていい存在だった「沖縄海中生物図鑑・甲殻類編(新星図書出版刊)」は、白っぽいタイプの写真を掲載しつつ、ニシキテッポウエビであると名言していた。

 なので水納島で潜るのが日常となってからも、白っぽいこのエビもまたニシキテッポウエビである、とフツーに信じていた。

 ところが99年刊の「海洋生物ハンドブック」では、濃い色をしたニシキテッポウエビとは別に、この白っぽいタイプを「テッポウエビの仲間」として掲載されていた。

 アカデミズム方面でひと悶着(?)あったのだろうか。

 2000年に世に出た「海の甲殻類」では、まるで白いタイプの存在をひた隠しにするかのように、まったく触れられていない。

 それが2003年刊の「エビカニガイドブック2(久米島編)」になると、再びニシキテッポウエビとは別種として白いタイプが掲載され、「テッポウエビ属の1種」と紹介されている。

 白いタイプのテッポウエビは、つまるところいったい誰なんだ?

 エビともども私も路頭に迷いかけたところ、同じ年にエビ業界西の横綱・野村恵一氏によって、この白いタイプもニシキテッポウエビである、と最終的な判断がついに下されることに。

 その10年後に登場した「サンゴ礁のエビハンドブック」では、それ以前の混乱などナニゴトもなかったかのごとく、白いタイプが大きな顔をして「ニシキテッポウエビ」と紹介されている。

 ことほどさように、年ごとに、出る図鑑ごとに、同じ図鑑でも改訂版が出るごとに、学名・和名や扱いが変わっていくアカデミック変態社会。

 潜ればいつも「エビエビ、カニカニ…」で、最新情報を求め続けていた私の頭がどれほど混乱したことか。

 いつしかそのような最新情報についていくことを諦め、やがて時代に取り残されるようになってしまったのも無理はないのである(イイワケ)。

 ちなみに、同じ種類でも住んでいる環境により随分と違った色彩になるというのは、魚でもとてもよくある。

 前世紀最終盤のその昔、水納島の水深20m前後の砂底で観られる白っぽいハゼの存在を初めて認識し、

 「あれは(ニチリンダテハゼならぬ)ゲツリンダテハゼや~」

 と、新種発見の興奮とともに嘯いていたのは、ほかならぬ某有名(当時自称)海洋写真家KINDON氏だった。

 そして意気揚々と写真をだんなに見せたところ、あえなくオニハゼの沖縄バージョンと片付けられた彼。

 当時世に出ていた図鑑に掲載されているオニハゼといえば、伊豆あたりで撮られたものすごく模様の色が濃い写真ばかりで、白っぽいオニハゼの写真など目にする機会はなかったから、自称(当時)海洋写真家が未知のハゼと思い込んだのも無理はない。

 アカデミック変態社会におけるニシキテッポウエビ白っぽいバージョンの混乱も、早い話が「ゲツリンダテハゼ」と同じようなことだったのだろう。

 水納島で見られるニシキテッポウエビは、オニハゼやハチマキダテハゼ、ミナミダテハゼ、ヒメダテハゼと暮らしているのをよく見かける。

 それらハゼたちが好む環境とニシキテッポウエビが好む環境がマッチしているから、ということもあるのだろうけど、ほぼほぼ同様の環境で周辺に見られるヤシャハゼにはコトブキテッポウエビがパートナーになっている率が圧倒的に高く、ヤシャハゼが↓このようにニシキテッポウエビと一緒に暮らしているのはかなりレアケースだ(ヒレネジやヤノダテハゼでは観たことがない)。

 レアケースなのでこの組み合わせに遭遇すると注目してみることが多く、ある日出会ったこの組み合わせは、ニシキテッポウエビがペアで一所懸命巣穴の修復作業をしている一方、ヤシャハゼはヤシャハゼで絶好のお食事タイムという状況のようだった。

 でもエビ用安全監視業務をほっぽりだしてエサゲットに夢中になるわけにはいかないから、ヤシャハゼはエビに合わせてちゃんとシゴトをしていたのだけれど……

 …だんだんウズウズしてきたヤシャハゼ。

 そしてついにヤシャハゼはガマンできなくなって、エサゲットのためにスイスイとホバリングを始めてしまった。

 コトブキテッポウエビの稿で述べているように、ヤシャハゼの体から触角が離れてしまうと、エビたちは周辺危険情報がまったくわからなくなってしまう。

 だからだろう、ニシキテッポウエビたちは、いつになく途方に暮れているように見えた。

 コトブキテッポウエビだと、こういう場合でもわりと平気そうに見えるのに、ニシキテッポウエビは自立心が乏しいのだろうか、それともヤシャハゼのほうもニシキだと勝手が違うのだろうか。

 やはり普段着底している時間が長いタイプのハゼたちと共生していることが多いニシキテッポウエビたちには、ホバリングする時間が長いタイプのハゼとともに暮らすうえでの遺伝的経験値が少ないのかもしれない。

 ホバリング時間が長いハゼとの共生は増えてかもしれないけれど、安心安全保障のもとに暮らしているニシキテッポウエビのシゴトぶりはなかなかスゴイものがある。

 巣穴から外に向かって、回廊のような構造を作り上げていることがよくあるのだ。

 いわば映画「西部戦線異状なし」に出てくる塹壕のようなもので、これなら外敵には横からエビの姿が見えず、ニシキテッポウエビが安全に行動できる範囲が外に大きく広がる。

 どういう理由かは知らないけれど、巣穴から出ている塹壕通路は1本だけで、ペアが縦列になってゾロゾロ歩いている姿もよく見かける。

 この構造は他の共生エビで観た覚えがないから、ニシキテッポウエビのオリジナルなのかも。

 ところで、共生ハゼのチビチビたちの姿が増え始める初夏には、テッポウエビのチビの姿も増えてくる。

 小さなハゼと小さなエビの組み合わせはなんだか小さな恋のメロディのようで、いつ見てもなんとも微笑ましい。

 ある年のこと、1cmほどのヤシャハゼのチビチビと小さなテッポウエビが健気に互いのシゴトをしているシーンに出会った。

 この時もその後も、ずっとこの小さなエビのことをニシキテッポウエビのチビチビだと信じて疑っていなかった私。

 疑っていなかったからろくに調べもしないままその後長い月日が流れた今頃になって、このチビチビは各種図鑑(「海の甲殻類」、「日本の ハゼ」)において「レッドフィラーシュリンプ」という通称で、ニシキテッポウエビとは別のエビとして掲載されていることを知ってしまった。

 たしかにオトナのニシキテッポウエビと比べると赤味が強くてより美しいけど、これもまた……

 …「ゲツリンダテハゼ」なんじゃ??

 というわけで、初見時のインスピレーションを信じ、私はこの小さなエビはニシキテッポウエビのチビチビであると認定するものである。

 分類学的根拠は一切ないので信用してはいけません。