エビカニ倶楽部

オガミテッポウエビ

体長 15mm

 かつては一部マニアのサブカルチャー的アイドルでしかなかったキンチャクガニやフリソデエビが一躍スターダムに躍り出て、ついに変態社会がダイビング業界におけるメインカルチャーになって久しい。

 そしてそれまでひっそりと人知れず暗がりで平穏な日々を過ごしていたエビカニたちが、次々に表舞台に文字どおり引きずり出されている。

 オガミテッポウエビなんて、少なくとも今世紀初頭のエビカニ図鑑には、和名はおろか写真すらいっさい掲載されていなかった。

 それが今やこの名で画像検索してみると、沖縄各地で撮られた写真がズラズラズラ…と表示されるほど存在が知られたエビになっている。

 こんなに特徴的な色形なのにこれまでほとんどのヒトが存在を知らなかったものが、どうして突然メジャー化したのかといえば、それは日中の彼らが石の下の住人だからだ。

 ウミシダやヒトデ、ナマコ、サンゴなど各種動物を拠り所にするエビたちは比較的表舞台への登場が早かったものが多いのに対し、ちょっとした石の下でひっそり暮らしているモノたちは平和な暮らしが長く続いていた。

 ところがそこへ、市民権を得たメクリストたちがやってくる。

 たとえ目的は他のエビカニであろうとも、死サンゴ石が転がる浅い海底で石をめくっていれば、けっこう出会う機会があるオガミテッポウエビのこと、石をめくってみれば鮮やかな赤色のスマートなエビが飛び出してこようものなら、変態社会人たちが見逃すはずはなかった。

 かくいう私も、今世紀初頭までは「ついに時代が私に追いついた!」とばかりにエビカニラバーの市民権獲得を喜び、日増しに増える情報に隔世の感を抱きながら、石の下を探訪する時期があった。

 ある日ヒメキンチャクガニを探して石をめくっていると(めくる石の枚数制限は自分に課してました)、石の下にいるわりには派手なこの姿に出会った。

 当時はまだ図鑑には載っていなかったから姿を見るのは初めてで、鮮やかな色もさることながら、私の目を釘付けにしたのは、このエビの姿勢と動きだった。

 頭部から尾にかけての姿と動きは明らかにテッポウエビに見えたものの、テッポウエビにしてはずいぶんと細めのハサミ脚をピタッと合わせて前方に伸ばし、背筋(?)を伸ばした格好で、スイースイーッと滑らかに移動するのだ。

 まるで鍛え上げられたアスリートのような均整のとれた肉体、そして無駄のない動きに、写真を撮るのも忘れてしばし見入ってしまった。

 ただし前から見ると、待ち合わせに遅刻してしまい、両手を合わせて平身低頭している風を装いつつ、ノリはあくまでも軽いサラリーマンのよう…

 …に見えなくもないけど、両のハサミ脚をピタリと合わせるその姿は、拝殿の前に立って神仏に相対している参拝者のようでもある。

 その後晴れて「拝み」テッポウエビという名前がつき、ものすごく納得したものだった。

 とはいえその姿をじっくり拝ませてくれるほど、彼らは呑気ではない。

 本来石の下の暗いところで心の平穏を保っているものがいきなり明るい日差しの下に出されれば、たちまち暗がりを求めて素早く動き回ることになる。

 そのため、特徴的なその「拝み」ポーズを撮りたくても……

 …尻尾だけじゃフツーのテッポウエビ。

 顔から先が見えなきゃ意味がない…。

 といった調子でなかなか落ち着いて撮れるものではない。

 せっかく姿を拝めても、すぐに別の石の下に潜り込まれからまたその石をめくり、またその次の石を…となることも多いはず。

 きれいだし姿は面白いし名前も愉快となれば、わりと人気があるのも頷ける。

 でも彼らの写真がネット上にズラリと並ぶということは、いかに多くの石が引っくり返されているか、ということの証でもある。

 市民権を得たヨロコビも束の間、変態社会が帝国となるまで勢力を広げてしまってからの私は、「石の下環境保全協会」を1人で発足させ、ゲストに何かをお見せする用でもないかぎり石をめくらなくなったので、オガミテッポウエビとはその後出会っていない。

 そしてもちろん、石の下にいる他の魅惑的なエビカニにもまったく出会えず、いつの間にか私は時代に取り残されているのだった…。