17・なかのや旅館

 

 小なりとはいえ温泉街だけに、宿はけっこう選り取り見取り。

 …のはずだったのだけど、閑散期ゆえにお休みしているところもあれば、時代の流れで営業を終えたところもチラホラ出始めているようだ。

 そんななか、閑散期にもかかわらず我々を暖かく迎えてくれたのは、ここなかのや旅館さん。 

 温泉街のメインストリートから一筋入り……

 昔ながらの旅館が5軒くらい建ち並ぶ趣ある通りを行くと……

 …ほどなく到着する。。

 この宿の前からメインストリート方面を見やると、↓こんな感じ。

 昔からたんたんと営まれている湯治場の雰囲気が色濃く漂う。

 ちなみに突きあたりに見えている建物が、ここ温泉津温泉街のランドマークといっていい薬師湯の旧館側の建物で、薬師湯とならんで温泉津温泉2大外湯の元湯も、大通りに出てからすぐのところにある。

 オタマサには、まるでたまたまラッキーのように思えたであろうそれら外湯までの近さ、もちろんそれもあっての宿の選定であることは言うまでもない。  

 さてさてなかのや旅館さん。

 主は当代で二代目という歴史を重ねる旅館ながら、こざっぱりとした外見同様、引き戸を開けると、玄関はピカピカに磨き上げられていた。

 ここで女将さんに迎えてもらい、案内してもらった部屋は2階の和室だ。

 階段を登って廊下を進むと、おそらくは収納スペースらしき建具がまた味わい深い。

 年季が入っているはずなのに、廊下も建具も階段も、何もかもが玄関同様ピカピカに磨き上げられている。

 相当手入れに手間暇かけないと、こうはならないはず。

 階段の踊り場にあった装飾も可愛かった。

 これは昨年高知で知った長太郎貝(ヒオウギガイ)だ。

 こちらではどんな名前なんだろう?

  その廊下の先にある部屋は… 

 中庭が見える廊下もある。

 お手洗いや洗面所は共同ながら、2人で過ごすには十分すぎるほどに広い。

 温泉宿なので内風呂ももちろんある。

 温泉津温泉に2つある外湯のうち、このあたりの各旅館に湯を回しているのは薬師湯だそうで、ここなかのやさんも薬師湯から湯を引いているのだそうだ。

 すなわち湯の成分は、日本温泉協会天然温泉審査において、最高点のオール5評価、すなわちワインでいうなら「金賞受賞」のような栄誉に輝いている薬師湯と同じ(ワインの「金賞」ははなはだアヤシイ世界だけど)。

 連日2万歩以上歩いている体を、そろそろいたわってやらねばならない。

 というわけで、とりあえず温泉津の町をテケテケ歩き回ったあとは、宿の内湯へGO!

 風呂場には、玄関に続く階段とはまた別の階段を降りていく。

 この階段もピカピカだ。

 風呂場はいったん外に出る形になり、その途中の和風パティオとでもいうべき作りが随分オシャレだった。
 ただ、なにしろ寒い中を薄着で歩いているものだから、とにかく足早に行き過ぎてしまったため、じっくりその作りを味わってもいられず、残念ながら写真は残っていない。

 他に宿泊客はいなかったようで、内湯は貸し切りである。

 内湯は源泉かけ流し。
 ただしそもそも薬師湯自体の泉源の湧出量が多くはないため、各宿に引かれている湯の量も「湯水のように…」というわけにはいかない。

 そのため浴槽は無制限に大きくするわけにはいかないそうで、オトナが3人入れば満杯ってくらいだ。

 なので、大勢のグループでお越しになるお客さんには、お風呂は外湯でどうぞ…とおすすめするらしい。

 また、この湯量を外から引いてくるだけに、浴槽に届くころには湯温は少々低下する。

 外気が寒い季節ということもあって、熱い湯が苦手なオタマサでさえ少々ぬるく感じていたほどだから、熱い湯が好きな方には内湯はかなりぬるく感じるかもしれない。

 それでも、自然湧出で加水・加温・消毒・循環が一切無い、紛うかたなき完全無欠の源泉かけ流し。

 抗菌生活、消毒生活、風呂場もキッチンも高性能洗剤で不自然にピッカピカ!な暮らしに慣れた若い方には、温泉成分でコーティングされた浴槽の随所がアヤシゲにすら見えるかもしれないけれど、これぞまさしく温泉のチカラ。

 様々な力を秘めているような色のお湯は、ナトリウム・カルシウム−塩化物泉……と言われてもよくわからないけど、成分のどこにもFeが見当たらないのに、血液にも似た鉄分の香りがする。

 味はほんのり塩辛い。

 貸し切り状態でダハダハダハ……と湯に浸かっていると、連日の歩け歩けで溜まりに溜まっていた全身の疲れが(なにしろ2日で5万歩、距離に換算すれば20〜30キロは歩いている…)、ジワジワジワ〜と溶け出していく。

 日本はいい国だなぁ…… by 伊武雅刀

 疲労が湯に溶け出していくと、入れ替わるようにやってくるのが……

 空腹感♪

 さあて、夕飯だ夕飯だ!

 なかのや旅館さんでも食事は1階の別室になっていて、お声がかかったのでいそいそと足を運ぶと……

 ご馳走がスタンバイ。

 料理はご主人の手によるものらしく、地のモノらしき魚が……

 刺身、

 煮つけ、

 天婦羅になって登場。

 魚の天ぷらを覆うように野菜の天婦羅が、そしてタコ刺しのヌタ、ワサビ漬けや茶わん蒸しといった小品まで。

 文字どおりのフルコース会席料理、すべてオマカセの旅館の料理って素晴らしい。

 こちらの宿をチョイスしたきっかけのひとつは、西日本のステキな宿を紹介するサイトの、この一文にあった。

 料理は主人が作る。地元のもの、天然のもの、薄味にこだわった料理は繊細で、魚が好きな人に特に嬉しい献立になる。

 まさに嬉しい献立!

 漁港と温泉津の鮮魚事情を知ったあとだけに、こんなにステキな地の魚の料理を味わえるだなんて、うれし涙がちょちょぎれる。

 沖縄のスーパーにたまに並んでいるアジの刺身ときたら、鮮度落ち落ちの茶色い肌のものばかり、たまに訪れる現地でいただくピチピチの味はピンク色。

 ところがこちらのアジは、ピンクを通り越して透き通るほどの色艶だったから、女将さんに教えてもらうまで正体不明だった。

 アジ、めちゃウマ。

 特筆すべきは魚の天婦羅。

 沖縄県はなにげに天婦羅天国で、ひと昔前なら子供が学校帰りに天婦羅屋で買い食いするほどに街中に普通に天婦羅屋さんがあった。

 街中の天婦羅屋は減ってしまったけれど、今でも相変わらず人気のある品である。

 そんな沖縄の天婦羅にも「魚の天婦羅」がある。
 けれど、たいていの場合、白身の魚を細長い天婦羅仕様の切り身にしたもの。

 でも魚の天婦羅といえば、フツーは……

 こうですよねぇ、やっぱり。

 女将さんによると、これはキスだそうな。

 こういういかにもな天婦羅はなかなか沖縄に居ると食べる機会がないから、有難みもグーンとアップする。

 テーブルに所狭しと並ぶこれらの肴を前にして、酒が進まぬはずはなし。

 もちろんのこと事前にビール&酒の有無はチェックしてあったので安心していたところ、日本酒についてはメニュー書きがあって、温泉津唯一の酒蔵・若林酒造所が誇る銘柄の「開春」がズラリと勢揃いしていた。

 300mlの小瓶のラインナップもあるなか、最も気になったのはこちら。

 「五郎之会」の会員しか手に入らない非売品?

 なんと会員のみなさんが手ずから幻の米「亀の尾」を栽培し、お酒にしているのだそうな。

 なかのや旅館さんはさすがに仕事柄米作りの現場を手伝うことはできないものの、会員なので購入資格を得ているそうである。

 他に比べるといささか高級ではあるけれど、他所に出回らないとなればここで飲まずにどこで飲む。

 2泊することだし、720mlでも多すぎることはないだろう。

 というわけで、

 亀五郎。

 幻の米ではあっても、けっして奇をてらうわけじゃないマジメに美味しく旨い酒。

 若林酒造、いい仕事してます。

 いいお湯いい酒いい食事。

 3拍子揃って満足度120パーセントに達したあとには、いい夢タイムが待っていた。

 一夜明け、再び宿の湯で朝風呂をいただいてから(6時から入れる)、朝食。

 お風呂に浸かると腹が減る。

 いかにも宿の朝食的メニューのなかで、ユニークだったのはこちら。

 鍋状の柄がついた小さなかわいいカップに卵が。

 目玉焼きでもなく、ゆで卵というわけでもなく、強いて言うなら温泉卵っぽくはあったけれど、しっかり黄味にも熱が通っていた不思議な逸品(ホントはもう少し半熟になる予定だったのだろうか?)。

 ちゃんと撮り損なったので、翌朝ちゃんと撮りつつじっくり味わおう… 

 …と思ったら、翌朝は違うメニューなのだった。

 翌日も温泉津をテケテケテクテク歩き回り、外湯で疲れを吹っ飛ばしてから臨んだ夕食は……

 再び豪華フルコース。

 でまた地魚メニューが豪華なんだわ。

 お刺身は……

 島根あたりではオキイワシと呼ばれているニギス、サヨリ、そしてマグロのおそらくは脳天か尾のあたりと思われる切り落とし。

 マグロやサヨリは食べたことがあるけれど、オキイワシはおそらく人生初。
 産地では鮮魚としてフツーに食べられていても、全国的には干物としてしか流通することがないから、完全無欠の地のモノである。

 これがまた、深海魚だからなのかなんなのか、たいそう美味しい。
 旅行者的に、レア度といい味といい、昨年土佐でいただいたウルメイワシ級の出会いだ。

 一方、日本海でマグロといってもピンと来ないけど、日本海も季節ごとに南北に行き来しているらしい。

 2月3月は山口県あたりが漁場になるそうで、その辺で獲れたものが出回っているのだろうか。

 中トロでもなく赤味でもない程よい脂のノリ、これもまた相当美味しい。

 その他、鰆の味噌ソースかけやブリの照り焼きも美味しかったけれど、感動的に美味しかったのがこちら。

 揚げた麺のデコレーションもステキな、カレイの甘酢あんかけ。

 カレイの種類は不明ながら、そういえば夕方の漁港でもたくさん水揚げされていたっけ。

 それらの漁獲物は遠方のセリに出ていくというのに、ご主人はどうやって魚を確保しておられるのだろう?

 そういった苦労話もお聞きしたかったところながら、生まれも育ちも温泉津という二代目ご主人は、あくまでも裏方に徹しておられる。

 一方配膳してくださる女将さんは広島から嫁いで来られた方で、実は魚についてはご本人が恐縮されるくらいあまりお詳しくなかったりする。

 なんでもかんでもいちいち素材について尋ねてしまってすみません……。

 ともかくそんなわけで、温泉津鮮魚事情からすれば考えられないくらいにいろいろと地のモノをいただくことができて、会員限定美酒とともに大変充実した2晩を過ごさせていただいた。

 これで1泊1人8000円は安すぎなんじゃ……。

 これもみな、どんどん不便が増していってもなお、客に地のモノ、美味しいモノを提供しようと頑張ってくださるなかのや旅館さんのおかげである。

 一方、そういったこの地に暮らす人々の不便を生み出している元凶といっていい行政はといえば、市の公式サイトにおいて大田市の漁業概況を、

 本市の漁業は、朝出漁して、夕方帰ってくる日帰り操業が中心で、鮮度の良い魚が水揚げされるのが特徴です。水揚げされた魚は夕市にかけられ、その日のうちに関西や九州に出荷されます。

 と誇らしげに謳っているのであった。

 地場産業としては遠方への出荷も大事だろうけれど、地元住民もともにシアワセになる方法も模索しようよ、大田市&JFしまね。

 是非温泉津漁港の夕市復活を!!

 さて、なかのや旅館さんでの最後の食事となった朝食では、ついに登場、シジミ汁!!

 ご存知宍道湖の特産だ。

 宍道湖は出雲の国、ここ温泉津は石見の国とはいっても同じ島根県、島根県といえばシジミ汁。

 これでもかというくらいにたくさん入っていたシジミがもたらすオルニチンパワーが、またたく間に体中に染み渡っていった。

 ヘタに居酒屋に行くよりもよっぽどいい思いをさせてもらったステキな食事、落ち着いた館内、そして温泉。

 閑散期にもかかわらずどうもありがとうございました。

 前述の紹介記事にあったこの一文……

 2つの外湯にも近く便利な上に静寂と安らぎがある宿だ。

 ……に、ウソは欠片もなかった。

 なかのや旅館さんご自身のサイトではないけれど、ご予約はこちらからできます。