10・居酒屋あおき

 今回の旅先を高知に決めたのは昨シーズン終了間際のことで、以来いろいろとリサーチをするにあたっては、その多くをネット上に流れているものに頼った。

 でも、那覇のジュンク堂で見つけたこの本にも、随分お世話になっている。

 「図書館戦争」や「阪急電車」その他、映像化作品目白押しの作家有川浩が案内する「有川浩の高知案内」。

 高知出身の彼女の作品には、「県庁おもてなし課」という高知県庁を舞台にした面白い作品もあるほどだから(映画にもなってます)、郷土愛は相当ありそう。

 そんな彼女が案内役になって、とっておきの地元情報を紹介してくれる本である。
 文芸雑誌ダ・ヴィンチに掲載された記事をまとめたモノで、軽めな内容ではあるけれど、土佐ラブなベストセラー作家の案内が面白くないわけはない。

 その中で登場する飲み屋が……

 ここ、居酒屋あおき。

 追手筋周辺に比べれば駅にいっそう近い界隈なんだけど、飲み屋街の中心は追手筋あたりのようで、このあたりまで北上してくると「夜の街」という雰囲気ではなく、むしろ落ち着いたたたずまいを見せている。

 ガラリと引き戸を開けて入ってみると、女将さんが迎えてくれた。

 閑散期の平日ということもあってか、他に客は誰もいない。
 これだったら予約しておかなくてもよかったかも…?

 ご夫婦で切り盛りしておられるお店で、この時間は他に客がいないものだから、なんだかおうちに招かれておよばれしているかのような感覚。

 ともかくもまずは中生で乾杯。

 やっぱりアサヒだった……。

 ここもそうだけど、どうやら高知の居酒屋のキープボトルは栗焼酎のダバダ火振り率がダントツで高く、壁際にズラリと並んでいる。

 さてさて、焦らず騒がずじっくりとメニューを見てみよう。
 すると、ボードに書かれてある本日のオススメメニューを、まず初めに的に最初に説明してくださる女将さん。

 ひとつひとつの説明が丁寧なので、その後いちいちあれ何これ何と訊かずに済むのはありがたい。
 で、なにはともあれカツオ込みの刺身盛り合わせをお願いすることにした。

 その登場を待つ間は、お通しをチビチビと……

 …と思ったら。

 このお通しの量がハンパではない。

 フツーお通しといえば小鉢や小皿で1品、というものであるはずなのに、これもそれもあれもどうぞどうぞと次々に女将さんがサービスで出してくださるので、テーブルの上はこういうことになってしまった。

 普段からサービスたっぷりなのだろうけど、話の流れで我々が沖縄から旅行してきたことを知るや、お通しの波状攻撃に拍車がかかった感あり。

 これはもはや、沖縄の田舎に勝るとも劣らないカメーカメー攻撃である。

 でまたこれらのお通しの美味しいこと!

 ポテサラに蒟蒻&高野豆腐の煮物、三つ葉の胡麻和えお浸しに、すき焼き風の煮物に赤カブの漬物。

 さらにそのうえ、ホンマモノのご当地産鰹節たっぷりの、菜花のお浸しまで登場。

 菜花自体もさることながら、さすがご当地、鰹節も旨い。

 これだけでもう充分ってくらいなところへ、ついに登場、刺身盛り!!

 うわッ!!

 勝手に思い描いていた「これぞ高知!」という皿が、今目の前に。

 二人前でこんな大変なことになるのなら、皿鉢料理なんてことになったら、もはや宇宙規模になっちゃうに違いない。

 活け造り風に威勢よく頭を突き出しているのは、土佐清水のブランド清水サバ、そしてマグロの腹側にシマアジ、そして真鯛(天然)を従えて中央に陣取っているのは、もちろんカツオ!!

 刺身とタタキの揃い踏みだ。

 それにしても、カツオはもちろんのこと、各刺身の分厚いこと!!

 オタマサ的にはこの半分でもまだ厚いくらいだそうで、お通しからの流れでこの刺し盛りを目にした彼女は、量的にとても食べきれない……と恐怖していたという。

 そこへ大将が、

 「タタキの端っこが余っているから」

 と、別皿でタレにつかったタタキが登場。

 カメーカメー攻撃、エンジン全開。

 こうなるともはや、ウレシイ悲鳴を通り越してヨロコビの絶叫になりそうだ。 

 さて、まずはお刺身。

 カツオの脇役に徹しつつ、主役級の存在感を発揮している清水サバは、先述のとおり土佐清水で水揚げされるブランドサバで、種類的にはマサバではなくゴマサバになる。

 ゴマサバといえば昨年、福岡空港内の居酒屋で初体験してみたけれど、これといってスペシャルな特徴を感じることができなかった(刺身が薄すぎるから?)。

 でも清水サバを口にすれば、味はもちろんその食感に誰もが驚くという。

 人生初の清水サバを。

 おお!?

 コリコリピチピチ!!

 サバといえばしめ鯖人生だったこれまでのサバ歴など、なんの参考にもならないほどに、まったく別の魚だわ、こりゃ。

 激ウマ!!

 マグロのハラゴーもかなりのやる気系だけど、シマアジや鯛のトレトレピチピチ感がまたたまらない。

 で、この鯛やシマアジはこれに浸けて食べてみて、と出してくださったのがこちら。

 この鮮やかなグリーンに輝くものはいったいなんでしょう?

 実はこれ、ヌタ。

 葉ニンニクをたっぷり入れてあるからグリーンになっているのだ。

 ニンニクの葉は水納島でも好んで食べる食材ではあるけれど、球根本体じゃなくてそもそも葉を目当てに特化した葉ニンニクなんてものがあったとは(オタマサは火曜市でも目にしていたらしい)。

 この葉ニンニク、早春のこの季節数か月が旬なのだという。

 バジルソースがジェノベーゼであるのなら、このヌタはさしずめトサネーゼといったところか。

 < そりゃねーぜ。 

 見ただけで美味そうなこのご当地ヌタ、それに浸けていただく鯛やシマアジの美味いことといったら!!

 ヌタがやる気系をも併せ持つ味になるとはなぁ……。

 そしてお待ちかね、カツオちゃん!

 ひろめ市場ではどの店も「カツオのタタキ」をウリにしていたけれど、探せど探せど「刺身」はどこにもまったく見当たらなかった。

 これはひょっとして……と思っていたところ、大将と女将さんが教えてくださった。

 そう、近海産カツオの漁獲量が激減するこの季節にあれほどたくさんの需要に応え続けているカツオのタタキはすべて、あちこち産の冷凍ものなのだそうである。
 刺身で出すのは無理でも、タタキならOKというわけだ。

 冬の古宇利島でウニ丼を食べることができるのと同じことだったのである。

 そういうわけだから、客に美味しいものを食べてもらいたいキチンとした飲み屋さんは、無い時期は無いのだから仕方がないというスタンスで、この時期ならではのモンズマガツオなどにシフトするそうである。

 しかるになぜ今このとき、目の前にザ・カツオの刺身やタタキがあるのかというと、馴染みの市場か仲買人かにひさしぶりに入った8キロサイズのカツオを、大将が真っ先に押さえてくださったから。

 それってひょっとして、予約していたからこそ??

 ああ、旅行出発前に予約しておいてよかった……。

 さて、人生初の高知産カツオ、はたしてその味は??

 フム、旨い!!

 旨いけど、本部のカツオも負けてはいない!!

 戻りガツオの脂ノリノリには対抗のしようがなくとも、通常期のカツオだったらまったく互角の戦いだ。

 高知に来て、本部産カツオの実力をあらためて知った。

 そして塩タタキ!

 タレに浸かったタタキも旨いけど、ニンニクスライスとともにいただく塩タタキ、やっぱ旨いやこりゃ。

 旅行前からカツオのタタキは毎日でも食べたいと願ってはいたものの、ひょっとしてすぐに食べ飽きてしまったりして…という一抹の不安もあった。

 でもそれは我々に関するかぎりまったくの杞憂。
 食べても食べてもまだ食べたい。

 そこへ、刺身盛りとともに最初に注文してあった一皿が登場!!

 居酒屋あおき名物、うな丸タタキ!

 これ、パッと見じゃまったくわからないけど、高知産ウナギなんです。

 見た目同様、一口含むだけではウナギに思えないのに、皮と身の間のゼラチンは、紛れもないウナギのそれ!!

 このお店のオリジナル料理なので、観光客が初めてこのお店に来てこれを食べなかったら、何をしに来たのかわからないといってもいい。

 タレがまた絶妙で、残ったタレに刺し盛りのツマを浸けて食べれば美味しいよ、と大将が教えてくれた。

 それが美味しくて、オタマサは貪り食べていたほどだ。

 それにしても、まだ刺し盛りとうな丸タタキしか頼んでいないというのに、テーブル上はすっかりパーティ状態である。

 これらの料理をビールで流し込んでいたのではしのびないので、日本酒の時代に突入。

 まずはこちら。

 久礼のすごい酒という謳い文句がダイレクト。

 そして、念願のこれもありました!

 さらに……

 どれもこれもとにかく高知の酒は旨い。

 南は思いのほかあっさりだったのに対し、なんだかこうしてふりかえってみると、ワタシは久礼シリーズが気に入っていたみたい。

 酒についてはいろいろと女将さんがアドバイスしてくださるのだけれど、よくよくうかがってみたら、大将も女将さんも酒はまったく召し上がらないのだとか。

 それはそれでオドロキである。
 高知県でお酒を召し上がらない男性がいらっしゃったとは。

 よくよく聞けば、大将は讃岐のお生まれだそうな。
 朝昼晩とうどん生活なのかな??

 酒の勢いも手伝い、いい感じでテーブルの品々が消費されていったので、ここらでもう1品お願いしてみた。

 四万十産青さのりと蕗の薹の天麩羅。

 高知県が誇る四万十川はいろいろな川の幸でも有名で、この季節はあおさのりが旬なのだとか。

 蕗の薹もそろそろ顔を出し始める季節だ。

 そのヨロコビの皿にオマケで足してくださっていたのが、赤目芋の天麩羅だ。

 火曜市の店でも売られていたこのイモ、見た目は鬼太郎のお父さんのようだったのに、食感はサトイモのような雰囲気で、天麩羅にピッタリ。 

 なるほど、こういう味だったのか。

 その頃には隣に他のお客さんもやってきて、ようやく通常モードになったかと安心しつつ、もう1品、何かシメのようなものを頼もうかな……とメニューを見ながら思案していたところへ、

 特製味噌汁登場。

 これまたサービス。

 隣に座っていた2人連れにも、「そっちにもあとで出すからね!」と伝える女将さんである。 

 この白味噌っぽい味噌には、豆腐や油揚げのほか、なんとお餅まで入っている。
 ご友人が杵でついたというホンマモノのお餅だ(お祝い事などがあると、ちょくちょくオーダーするらしい)。

 薬味の三つ葉とゆずがオシャレで、ご当地味噌汁マニアのオタマサには願ってもない逸品である。

 このうえさらに……

 おにぎりまで!

 あのぉ、今お餅食べたばかりなんですけど……

 …といいつつ、茄子の漬物と一緒にいただくこのおにぎり、なんでこう高知のお米って美味しいんだろう?

 お腹一杯のはずなのに、2人で1個ずつ完食。

 一時はどうなることかと思われたテーブルの上は、いつの間にやらきれいさっぱり片付いていた。 

 さすがにこれ以上食べられないから、結局追加オーダーはできずじまいで終わってしまった。

 オーダーしたのは刺し盛りとうな丸タタキとハーフ&ハーフの天麩羅の3品のみだというのに、120パーセントの腹一杯状態である。

 こんな調子で商売になるんでしょうか??

 いやはや、聞きしに勝るホスピタリティ。

 ホントに、親戚のおうちにおよばれしているような感覚だ。

 美味しい酒と肴のほか、いろいろと楽しい話を聞かせてくださった大将と女将さんに、一緒に写ってもらった。

 調理中は厨房からチョロリチョロリとお顔が見え隠れするだけだった大将、初めて表に出てきていただいたら、なんだか柴又帝釈天にいる笠智衆のように優しげなたたずまい。

 ご夫妻揃って、お姿に店の味わいが滲み出ているお2人である。

 御前さま……じゃなかった、大将、女将さん、ご馳走様でした!!

 時刻はまだ「夜はこれから」ってところだったけれど、満腹のお腹を抱えた今宵は、さすがにこのあと2軒目に入れる予備タンクが無い。

 そのかわり腹ごなしを兼ねて、遠回りして帰ることにした。

 まずは例によってひろめ市場を冷やかし、そのあとこちらへ。

 夜の高知城。

 天辺まで登ったあとだと、こうして眺める姿に思い入れも加わって美しさもひとしおだ。

 堀越しに見てみると、鏡のように静かな水面に追手門と天守閣がそっくりそのまま映っていた。

 うーん、ほろ酔いの頭には実にフォトジェニック。

 いやあ、今日も大満腹大満足の一日だった。
 この2晩で高知を満喫した気分になっているから、あとはもう、オマケでいいや。

 その「オマケ」もまたもの凄いなんてことは、月夜を歩く我々には知る由もなかったのだった…。