2・Q400、高知へ

 沖縄から高知まで、現在はあいにく直行便がないから、どこかで乗り継ぐことになる。

 そのルートにはいろいろと選択肢があるのだけれど、ANA限定でなおかつ便数が多くて割安でとなると、大阪伊丹空港経由のV字ターンルートが良さそうだった。

 ただ、当然ながらそのルートを想定した乗り継ぎに特化した時刻表ではないため、那覇発がほどよい時刻で、なおかつ午後遅くならないうちに高知に到着したければ、11時20分那覇発、そして13時40分伊丹発ということになる。
 時刻表を見るかぎりでは、その乗り継ぎ時間、わずか35分しかない。

 機内預け荷物の移動もさることながら、10分前には搭乗口にといわれる中、その間に人間の移動も可能なのだろうか?

 というか、そんなタイトなスケジュールで予約ができるんだろうか。

 ネットで航空券を予約する前に、ANAに電話してみると…

 「間が30分ありましたら大丈夫ですよ♪」

 と見目麗しいおねーさん(推定)が優しく教えてくれた。

 そうか、手続き上は大丈夫なんだ……。

 そうはいっても「よりによってこんなときに…」が得意なワタシのこと(出発日早朝、沖縄自動車道で那覇空港を目指している際には、Yナンバー車の事故のせいで8キロもの渋滞……)、こんな短時間のインターバルで無事に乗り継ぐことができるのだろうか。 

 …という伊丹空港での心配を今していてもしょうがないので、行きの那覇空港ではけっして素通りは許されないキリンビアレストランに、それも開店早々にお邪魔していた。 

 那覇空港のターミナルビルが生まれ変わって以来、我々にとって欠かせない存在になっているこのキリンビアレストラン。
 当初はビールに重点を置いていたメニューは、今では食事メニューも充実、すっかりシフトチェンジしている。

 これまでも何度かその方向でメニューのリニューアルを経てきたこのレストラン。
 今回久しぶりに寄ってみると、メニューの内容はさらに変身していたので驚いた。

 数年前から食事メニューに相当力を入れるようになっていたのが、一層スケールアップしている。
 これだったら、ビールにはまったく無縁な方々でもフツーに美味しく食事ができることだろう(メニュー表に占めるビールの面積が小さくなってます……)。

 そんな時代の流れとは関係なく、我々はもちろん……

 朝ビール。

 生ビール注ぎ職人のマイスターが腕を振るってくれるビールは、まるでアイスクリームのような泡。

 これがなかなか消えないんだわ。
 まさにマイスターのワザ。

 でまた彼がとても気の利いた方で、先にできたツマミメニューをおねーちゃんが運ぼうとすると、マイスターすかさず

 「ビールまだだよ!」

 とおねーちゃんに一言。
 我々が肴とビールをおいしくいただけるよう、タイミングを計ってくれているのだ。

 ところがその声に急ブレーキをかけられたおねーちゃん、自分は立ち止まれたのは良かったものの、慣性の法則が皿の上のぷりぷりソーセージを床に落下させてしまった。

 3秒以内なら大丈夫……などという家庭内ルールが適用されるはずはなく、傷心のリターンをするおねーちゃん。

 そのあと作り直すことになった品をあらためて運んできてくれたときは、思わず手を叩いて応援してしまった。

 ついに無事にテーブルまでたどり着いたソーセージ。

 ピザメニュ―にはマルゲリータも!

 さすがに石窯でってわけにはいかないものの、生地が従来のレンジでチン的なモノから本格派に変わっているのがウレシイ。

 いきなりのスタートダッシュで朝から満腹。
 会計の際にはマイスターがレジ係になっていたので、おねーちゃんを怒らないであげないでくださいねとフォローしておくと、

 「おっちょこちょいなもんで……」

 どうやら2度や3度のことではないらしい…。 

 こんなことをしているうちに、伊丹行きの飛行機が遅延になっていたりして……

 …なんていうことはまったくなく、飛行機は定刻どおりあっという間に那覇空港を飛び立った。

 黒潮のルートに沿うように飛ぶ飛行機が、やがて四国上空に差し掛かった頃のこと。

 眼下に陸地が見えてきた。
 「翼の王国」に載っている飛行ルートを観ながら、窓外を2人して食い入るように観ていたからだろう、推定ではなく見目麗しいCAさんが優しげにそっと教えてくれた。

 「高知県の足摺岬でございます♪」

 やっぱり!!

 こんな真上を通るんであれば、いっそのことここで降ろしていただいたほうが……

 我々の最終目的地を告げ、そんなありがちな冗談を言うと、ちゃんとノッてくれたCAさんであった。

 でもCAさんいわく

 「伊丹経由が一番安いんですか?」

 俺に訊いてどうするねん……。

 でもまぁ自社機に乗るのに料金を払ったことがないCAさんが詳しいはずはないか。

 そうこうするうちに定刻どおり伊丹空港着。
 これなら乗り継ぎもうまくいきそうだ。

 しかも、高知行きの便は10分間の遅延表示。
 おかげで乗り継ぎにはなんの支障もない(この前後が逆じゃなくてよかった……)。

 というか、10分間の遅延って、ひょっとして我々の荷物を載せ変えるための時間だったりして……。

 それにしても、いくら待ってもボーディングブリッジの先に搭乗機の姿が見えない。
 ひょっとして、遅延表示が10分、20分、30分と増えていくとか?

 一方で、この便は満席のため、大きめの手荷物はあらかじめ搭乗口で渡してくれというアナウンスも。

 この季節の平日の伊丹〜高知便って、満席になるような便だったの?

  などといろいろ「?」マークを頭の上に並べていたところ、ようやくボーディングが始まった。
 そしてボーディングブリッジの窓外にようやく搭乗機が見えた時、飛行機の姿がいつまでたっても見えなかったのも満席なのも、ひと目で納得。

 というのも。

 恥ずかしながらまったくノーマークだったことながら、大阪伊丹空港から高知龍馬空港へと我々を運んでくれる飛行機とは、なんとなんとこの方!!

 昨オフ、五島を目指す我々を福岡から運んでくれた名機、DHC-8-200の兄弟分、DHC-8-Q400!!

 まさか伊丹〜高知間もプロペラ機だったとは(時刻表には、ちゃんとQ400って書いてあった…)。

 機体が小さいために、通常の搭乗口から階段で地上まで降り、そこからテクテク歩いて飛行機に乗る仕組みだから、搭乗ゲート前の椅子に座っていたのでは機体の姿が見えないのも当たり前だったのだ。

 登場する寸前まで知らなかったくらいだから、この機体にまつわる話などまったく知る由もなかったのだけど、帰宅後チョコッと調べてみると、この型の飛行機はけっこうあちこちでトラブルを起こしているらしい。
 2007年にはなんと、高知空港にて胴体着陸をしているのだとか。

 前脚がどうしても出てこなかったたがための、最後の手段だったという……。

 さらに昨年1月には、新千歳空港でオーバーランして立ち往生なんてこともあったらしい(これはのちに機長の操縦ミスという結論)。

 そんな飛行機に乗って大丈夫なのか!?

 などという余計な不安を抱かずに済んだのは、ひとえに無知のおかげ。

 世の中、知らないでいた方がいいこともたくさんある。

 知らないでいたおかげで、プロペラ機独特の音が、まるで紅の豚の世界のようで心地いい。
 その心地よさを思い出しながら考えてみれば、数々のトラブルがありつつもおおむね無事に乗り越えてこられたのは、この型の機が持っている運の強さなのかも。

 我々が乗ったQ400は、幸い何のトラブルにも見舞われることなく(知る限りにおいてだけど)無事に高知龍馬空港に到着。

 オタマサ、高知へ人生初の1歩。

 規模も意義も違えど、気分はアームストロングである。

 飛行機から地上に降り立ち、そのままターミナルへ。
 青空の下、桂浜の龍馬さんがお出迎え。

 そしてターミナルに入ると…

 島崎和歌子がお出迎え。

 地元高知出身のこの方、いまだに全国区のバラドルながら、こちらのローカルテレビでも活躍されているらしく、今やすっかり高知の顔になっているようだ。

 高知龍馬空港からは、空港と高知駅を行き来するとさでん交通空港連絡バスに乗って市街地まで行く。

 一応目安の時刻表はあるけれど、遅延その他で時間がずれることがある到着便にある程度合わせて運行してくれているという。
 なので安心しつつのんびりと機内預け荷物をピックアップして外に出てみると、ちゃんと待っていてくれた。

 高知は尾長鶏も有名なのだ。 

 バス停のそばに、フード自販機コーナーのような券売機があり、目的地まで購入。

 飛行機の到着を待ってくれていたというのに、小なりとはいえ飛行機が満席だったわりには、バスの乗客は我々以外に数名ほど。
 にもかかわらずけっこう頻繁に運行してくれているのだから、とさでん交通には太田胃散に捧げるそれと同等の感謝を捧げたい。

 ありがとう、いい会社です。

 ちなみに「とさでん交通」とは、路面電車、路線バス、観光バスなどをそれぞれ地道に運営していた3社が2014年に統合合併して誕生した会社だそうだ。
 3つの心が1つになれば、1つの正義は100万パワーなゲッターロボなみの合併である。

 そんなゲッターロボとさでん交通のバスは、空港から高知市街まで30分ほどで運んでくれる。
 なんだか妙に懐かしい郊外の田園&山なみの風景に心暖められつつ、バスはやがて市街地に入った。

 路面電車(@とさでん交通)が隣を走っている! 

 幼少の頃、当時京都市内に住んでいた祖父母の家に遊びに行くと、必ずといっていいほど目にしたチンチン電車。
 当時は日本のあちこちで活躍していたはずなのに、今ではヤンバルクイナと同じくらいの絶滅危惧種である。

 そんなチンチン電車も走る高知市の街中で、全国にその名が轟くはりまや橋付近の「はりまや橋観光バスターミナル」にて下車。

 高知駅まで行くより、ここからのほうがホテルまで近い(……と思ったんだけど、実際には北はりまや橋のほうが近かった)。

 バスターミナルといっても、大きな6車線の国道が意味ありげにカーブしているところに設けられたバス用の区画で、乗客数からして閑散と……

 ……しているかと思いきや、なんだなんだどうしたんだ!?と言いたくなるくらいに、ターミナルにはヒトヒトヒトの行列。
 それも、1台、2台のバスに乗り込もうとする人々らしく、全員外国の方々である。

 洋の東西を問わないいろんな人種の外国人客が、こんなにもたくさんバスを利用する街だったのか、高知って。

 …と一瞬焦った。
 しかしどうやらこの時かぎりの何かだったらしく、その後街を歩いていても、東洋西洋いずれの外国人も、そこまでの密度で会うことはなかった。

 じゃあいったいなんだったんだろう?
 商店街にクルーズ船客ウェルカムの貼り紙が多数あったところをみると、高知港に乗りつけたクルーズ船のお客さんツアーだったのかな?

 さてさて、いよいよ高知市街に降り立った我々。
 もちろんのことながら、ここからホテルまでのルートも、リストアップした飲み屋のおおよその場所も、すでにして把握してあるワタシである。
 人生初の土地ながら、右と左くらいはわかっているのだ。

 ところが、さっそくホテルを目指そうとすると、オタマサ、初っ端から想定外の場所でクギ付け状態に。

 バスターミナルから道路を渡ったその場所に、なんとも昔懐かしい小鳥屋さんがあったのだった。

 ほんの四半世紀前くらいなら、日本のどこにでもあったであろうこのテの小鳥屋さん。
 しかし今の世の中、この規模の商いで若い世代が食べていけるはずはなく、店主の高齢化による引退とともに、次々に姿を消しているのが実情だ。 

 でも……

 十姉妹やキンカチョウなど、同種の小鳥さんが大集団でいるのがうれしいのはわかるけど、キャスターバッグ引きずりながら立ち寄る場所か??

 ここにはこのあといつでも来られるのだから、何も今じっくり見なくてもいいじゃん……

 もっとも、地元の方にとっては見慣れた当たり前の景色だろうけれど、そうそう目にできなくなりつつあるという意味ではチンチン電車と同じくらいの絶滅危惧種。
 ある意味「観光名所」といえなくもないか。

 高知には、現地では当たり前、でも他所ではレア、がまだまだいっぱいあるのかもしれない。 

 よもやの障害(?)となった小鳥屋さんを乗り越え、ガラガラヅルヅルとキャスターバッグを引きずりながらホテルを目指す。

 いささか遠回りながら、わかりやすいはりまや橋通りを北上。
 高知市街はもともと城下町だからか、街の区画が碁盤目状で、初めての我々でも右と左さえわかればわりとたやすく目的地に着ける。

 ときおり行き来する路面電車を眺めつつ歩いていると、やがて追手筋の交差点に到着。
 
 追手筋には、沖縄でだってなかなか目にできないほどの相当立派な椰子が中央分離帯に林立していて、南国ムード光線を四方八方に発していた。
 この椰子だけを見れば、この先に名城と呼び声も高い高知城が聳えているとは想像もつかない。

 我々がこれから世話になるホテルは、この追手筋の交差点を、お城と逆向きの東側に曲がってすぐのところにある。

 セブンデイズプラスホテル。

 いわゆるビジネスホテルだ。
 この並びのすぐそばに同系列のセブンデイズホテルがあって、ざっと調べたところではプラスとそちらとでは規模もサービスも価格もほぼ変わらないのに、迷わずプラスを選んだのはなぜか。

 目当ての飲み屋に近いから。

 玄関では、この方が出迎えてくれる。

 天童荒太作品の表紙に出てきそうな、50センチほどの像。
 なぜか夜間と早朝には、台座ごと姿を消している。

 チェックアウト時に訊いてみようと思っていたのだけれど、早朝夜逃げするかのような時間帯にホテルを出たため、シャッターが下りたフロントは無人だったため訊けず。

 理由をご存知の方、テルミープリーズ。 

 前後合わせて4泊することになるこのセブンデイズホテルプラス、お部屋は7階の713号室だった。

 船員会館ほど広いわけじゃないけれど、APAホテルのような絶望的狭さでもなく、あえていうなら現在の我が家とさほど変わらない。

 ここで数日過ごすことになるので、「巣」にすべくいろいろとショバを作り、落ち着いたところで少し街を歩いてみることにした。

 その散歩時間を持てたのも、乗り継ぎが完璧に順調だったからこそ。
 何かあって1便あとになっていたら、早くも飲みに行く時刻になっていたところだ。

 うーん、いつになく順調♪

 斜陽になりつつもまだ青空が広がるなか、街へ出てみた。
 いずれちゃんと行くことになるだろうけど、なにはともあれまずはお城を拝んでみようと、追手筋を行く。

 これが先述の林立する椰子たちだ。

 フェニックスだろうか。
 江戸時代から生えてます、と言われれば、そのまま信じてしまいそうな迫力がある(でもフェニックスが日本にもたらされたのはホントに江戸時代のことだそうです)。

 大きな木は椰子だけではなく、追手筋とクロスするグリーンロードという道には、クスノキの巨木が中央分離帯で茂っている。

 樹木の種類がなんであれ、このように大きな木を大事にする文化って素敵だなぁといつも思う。

 そんな素敵なグリーンロードが、夜になると別の顔を見せてくれるのだけど、それについてはのちほど。

 この巨大な椰子の道は、追手筋といいながら完全な飲み屋街の様相で、あたりには大手チェーンから魅惑的なたたずまいの店まで星の数ほど並んでいて、これだったら何の下調べもせずとも飲み屋に困ることはなかったことだろう。

 そんな追手筋という名の飲み屋街を歩いているうちに、椰子の葉の間からお城が姿を現す。

 日本にお城は数あれど、高知城は土佐藩が官軍側だったために明治の廃城令による城解体を免れ、昭和の米軍の爆撃にも耐えた数少ないお城で、本丸の建築群がすべて現存しているのは日本で唯一なのだとか。

 城で持っているのは尾張名古屋だけではなかったのだ。

 高知城をチラ見したあと、はりまや橋通り側から行くとお城のチョイ手前になる観光名所に入ってみることにした。

 その名もひろめ市場。 

 先年金沢を訪れた際に毎日のように通った近江市場をイートインに特化させたような市場で、比較的最近誕生したらしい。
 地元の方々も利用しているようながら、今やすっかり有名な観光名所で、酒飲みの観光客が初めて高知へ来たならば、けっしてはずすわけにはいかない最重点ポイントのひとつでもある。

 観光客向けに、カツオのタタキを作っているところをガラス越しに見せてくれる店もある。

 これを見れば、誰だって食欲フライホイールが「ファイヤー!」になることだろう。

 いろいろと聞いていたウワサどおり、入ってみるとたしかに「ここで飲まずにどこで飲む」的パラダイス。
 このあとの予定がまったく白紙であれば、躊躇なく一杯一杯また一杯になっていたことだろう。

 しかし我々にはこのあと、とっておきの予定がある。
 ここは断腸ならぬ断肝臓の思いで、ありとあらゆる誘惑を断ち切るのであった。

 ひろめ市場の南側の出口を出ると、そこは大橋通り商店街だった。
 高知市街のこのあたりは商店街が交差していて、どの通りも広く大きな今風のアーケードになっている。

 そんな商店街には、もちろん鮮魚店もあった。
 電灯に誘われる蛾のようにフラフラと近づいてみると、ズラリと並ぶ鮮魚の一角にのれそれ発見!!

 のれそれ?なにそれ?

 と誰もが必ず一度は言うであろう疑問には、あえてここでは触れず。

 この季節が旬であるというのれそれ、おそらく出会うチャンスはあるだろうと期待していた。
 ここで出会えるならこの先の飲み屋さんでも出会える可能性は大ながら、「ああ、あのとき買っておけばよかった!」という後悔ほどカナシイものはないので、このお店で反射的にゲット!

 この土佐鮮魚「楠長(くすちょう)」さんの店頭にいらっしゃったおんちゃんがまた親切な方で、ホテル滞在でも美味しく食べられる方法をいろいろと教えてくださった。
 おかげで、後刻たっぷり賞味することができたのだった。

 今回の土佐旅行における希望ベストテンのひとつ、のれそれを初日からゲットすることができようとは。

 ホクホクした気持ちで商店街を抜け、路面電車が通る国道に架かっている歩道橋を歩いてみた。

 すると、タイミングよくチンチン電車が通過。

 けっこう頻繁に行き来しているこのチンチン電車、相当昔の車両から最新タイプまで実に様々で、廃線となった日本各地、いや世界各地由来の車両もあるらしい。
 なかには子供の頃に京都で観た記憶がある車両も走っていたような……(気のせいか?)。

 車両のタイプはいろいろあれど、路面にチンチン電車が走る風景は朝見ても昼見ても夕見ても夜見てもとっても素敵で、これは滞在中に是非とも乗らねばなるまい。

 再び追手筋に戻って歩いていると、各信号の脇に一様に同じデコレーションが施されていることに気がついた。

 これ。

 なんだか本部町のゆるキャラ「ぶともー」の配色そっくりのこの鳥は、けっして架空のものではなく、ヤイロチョウという高知の県鳥。
 カラーリングもほぼ実物どおり。

 その実物写真を見ればあまりの配色に目を疑うこと必至の鳥で、それが高知の県鳥であることは事前に知ってはいた。
 が、残念ながらこの鳥は夏鳥。
 冬の高知に雪が降ることはあっても、ヤイロチョウが冬にいることは100パーセントないから、出会いのチャンスはない。

 もっとも、夏鳥だからといって夏ならいつでも会えるわけではなく、むしろ絶滅が危惧されている稀少種である。

 そんなヤイロチョウには会えない代わりに、夕刻の高知の市街地には、こんな鳥が大挙しておしかけていた。

 ムクドリ。

 そこかしこで鳥の集団が飛び交っているなと思っていたら、電線という電線にヒチコックの「鳥」のごとき大集団で止まっているのだ。

 そろそろ日も暮れかけてきて、ムクドリたちも就寝モードに移る頃なのだろう。
 近年は市街地でこのようにムクドリが集団になる様子もお馴染みらしいけれど、沖縄ではまず観られない光景である。

 ムクドリがねぐらに帰る時、それは我々の酒の時間!

 暮れなずむ街をあとにしてホテルでひとっプロ浴び、襟を正して本日のメインイベントに臨む。

 さあ、高知旅初めての夜、目指すはどこだ?