水納島の魚たち

アオバスズメダイ

全長 6cm

 その昔、「サスケ」のオープニングナレーションは語っていた。

 光あるところに影がある。
 まこと栄光の陰に、数知れぬ忍者の姿があった。
 だが人よ、名を問うなかれ。
 闇に生まれ闇に消える、それが忍者の定めなのだ…

 トロピカルな海で一陣の涼風をもたらすデバスズメダイは、絵柄的にも数の多さでもわりと名の知られた魚だ。 

 ところが。

 デバスズメダイだとばかり信じて観てきた魚たちは、かなりのわりで別の魚だったかもしれないのである。

 その名をアオバスズメダイという。

 有名なデバスズメダイが光であるならば、アオバスズメダイはまさに影といっていい知名度でしかない(闇に消えていかないし忍者でもないけど…)。

 たしかに、色形も群れ泳ぐ様子も何から何までそっくり、しかも両者は混泳していることもよくあるとなれば、涼やかな一陣の風をなにもわざわざ区別する必要はない……

 …というのは一般社会人の思考。

  変態社会  アカデミックな世界 では、この両者をキチンと区別している。

 その見分け方の重要なポイントは、胸ビレの付け根。

 そこに明瞭な黒点があれば、アオバスズメダイというわけだ。

 それさえ押さえておけば、↓こういう場合でも…

 この中に少なくとも1匹はアオバスズメダイが混じっていることがわかる(ツノダシのすぐ上の子)。

 そうはいっても、ではこれは?

 写真が小さいからまず見えないだろうけど、元写真をパソコンモニターで見ると、胸ビレ付け根に黒点がある子がけっこういる。

 無いように見えるものでも胸ビレを閉じていると見えないこともあるし、ホントに無い子もいる。

 モニターで静止画像を観てこれなのだから、海中で実際にクラシカルアイで観る若魚の群れがアオバなんだかデバなんだか、識別不能になるのも無理はない。

 もっとも、デバスズメダイはインリーフ的環境が好きなようで、深くてもせいぜいリーフ際くらいまでの浅いところでしか観られないのに対し、アオバスズメダイはミドリイシが生息可能なら相当深いところでも群れているらしい。

 なので深いところでワシャッと群れている水色の魚は、ほぼアオバスズメダイってことにしておこう(あいにく水納島にはそういう場所はありません)。

 見分け方があろうとも、見分けがつかないデバスズメダイとアオバスズメダイ。

 しかしある状態のときだけは、両者を明瞭に区別することができる。

 求愛&産卵だ。

 リーフ際のガレ場などで、大きめの水色の魚が単独で、しかもなにやら忙しげに泳いでいるときは、アオバスズメダイのオスがメスにアピールしている可能性が高い。

 ナンパに成功したオスは、あらかじめ整えておいた産卵床にメスを誘う。

 そういう場合のデバスズメダイのオスがどういう色になっているか、ということはデバスズメダイの稿で触れた。

 アオバスズメダイはというと、そういう「ここ一番」でも、あからさまにそれとわかるような婚姻色を出さないままでいるオスがわりと多い(デバスズメダイとはまた違う婚姻色になるそうなのだけど、観たことがない…)。

 そして、やる気モードのオスをよく観ると、お腹からピヨンと出ている輸精管がオレンジ色。

 それに対してデバスズメダイは白。

 生殖器で区別も可能という裏技もあるのだ。

 ま、クラシカルアイでは、もちろん海中でそこまで見えるはずもないけれど……。

 パッと見だけではそれとわからないやる気モードでメスを誘ってきたオスは、ご自慢の産卵床で念願を成就させる。

 リーフ際の死サンゴ礫の表面など、ちょっとした平地(?)が彼らの産卵場所で、そういう場所でデバスズメダイたちが産卵をしているのは観たことがないから、たとえ胸ビレ付け根の黒点もオレンジ色の輸精管も見えずとも、こういう場所でこういう動きをしていたらアオバスズメダイと思って間違いない。

 これまでアオバスズメダイの存在など微塵もご存知なかった方々でも、ひょっとするとデバスズメダイと思って撮っていた写真の中に、けっこう写っているかもしれないアオバスズメダイ。

 ご存知なかった方は、この機会に是非、栄光の陰に隠れた影ことアオバスズメダイをお見知りおきください。

 追記(2020年4月)

 昨シーズン(2019年)はリーフ際の浅いところで時間を過ごす機会を多くしたおかげで、アオバスズメダイの産卵シーンに何度も立ち会うことができた。

 水納島では婚姻色がイマイチ出ていない…と思っていたアオバスズメダイのオスは、体の色をしっかりやる気モードに変えていることが多かった。

 繁殖の時期を迎え、居ても立ってもいられなくなったオスはこのように体の色をやる気モードにしつつ、リーフの上の方でオスの誘いを待っているメスにアピール泳ぎを見せる。

 すると誘いに乗ったメスがオスに連れられて産卵床まで降下し……

 オスにエスコートしてもらいつつ産卵床にやってくると、2匹で盛り上がりながら産卵する。

 そんな産卵の様子を動画でも撮ってみた。

 このオスは、前年の爆裂台風で海底に沈んでいる木の枝を産卵床にしている。

 そこに産み付けられている卵を狙っているのか、テングカワハギのペアが近寄ってきた。

 せっかくの卵を気安くつまみ食いされてなるものかとばかり……

 父ちゃんもいろいろ大変である。

 このように自分の卵は一所懸命守るアオバスズメダイながら。

 夏場の日中、潮が引いていくタイミングで盛んに産卵する各種ベラ類は、リーフ際で産卵をするものも多い。

 ギチベラほどのサイズのベラになると卵の数も多く、群れ集うプランクトン食のスズメダイたち小魚にとっては、格好のエサになる。

 ある日ギチベラが何度もメスを誘いながら産卵行動をしていると、その近くに群れているオヤビッチャやアオバスズメダイたちが狂乱状態で大集合。

 夢中になって卵をパクついていた。

 自分の卵は守るけど、他人の卵は大好物らしい。

 産卵床に卵を産み付けてオスが守るスズメダイ類と違い、中層に産みっぱなしジャーマン的産卵方法のベラ類だから、ギチベラがそれに対してどうこうするということはないのだけれど……

 卵食べられ放題のギチベラは、いささかフクザツな表情なのだった。

 追記(2021年6月)

 その後またアオバスズメダイについてのネタが。

 ひとつは、アオバスズメダイたちのまさかのクリーナー仕事

 で、上記リンク先のシーンを目撃した際は、チビターレたちだからこそのワザなのかと納得した。

 ところがその後、ほぼオトナになっているものたちまでがクリーニングをするシーンを目撃した。

 リーフ上でホンソメワケベラに身を委ねているイスズミのもとへ、それまで上層で食事をしていたアオバスズメダイたちがワーッと集まってきて…

 …ホンソメワケベラと一緒になってイスズミをクリーニングし始めた。

 シゴトとしての執着はあまりないようで、すぐに飽きるのかクリーニング行動は短時間で終わったとはいえ、上層でプランクトンばかり食べていると思っていたアオバスズメダイたちに、このような習性があるとは知らなかった。

 アオバスズメダイネタ、もうひとつおまけにこちらのヒカリのヒミツも。

 デバスズメダイやアオバスズメダイたちが、観る角度によって色味が異なるのはなぜ?という話です。