水納島の魚たち

ブダイベラ

全長 25cm

 ウシカモシカとかキツネザルとか、はたまたウナギイヌなどなど、別々の動物の名前をくっつけた、ある意味強引な名前を持つ生き物はわりと多い(ウナギイヌは架空の存在です)。

 たいていの場合その前節は形容詞的な意味で、ブダイベラも「ブダイのようなベラ」という意味と思われる。

 ただとってもザンネンなことに、ブダイにしろベラにしろ、どちらもダイバーがスルーする魚ランキングで1、2を争う不人気グループだから、「ブダイベラ」とことさら合体名をアピールされてもまったくインパクトがない。

 しかしこの世に1匹しかいないウナギイヌほどではないにしろ、ブダイベラはブダイベラ属唯一の魚で、他のどのグループにも属さない孤高の存在だ。

 しかもベラ類変態社会御用達図鑑「ベラ&ブダイ」において、約200種のうちのトップを飾って登場しているひそかな実力者なのである(登場順が早いほど実力がある、というわけではありませんが…)。

 ……ということなど、多くのヒトにとってはどーでもいいことである、という動かしがたい事実はいかんともしがたく、海中でオトナに出会ったとしても限りなく目の端にしか留まらないことだろう。

 でもこのブダイベラはより南方系の魚のようで、昔の図鑑では「稀種」と書かれていることが多かった。

 最近の図鑑でも「数は多くない」とやや控えめながら、日本の海における個体数の少なさが述べられている。

 たしかに冒頭の写真のようなオトナに会う機会は水納島でも多くはなく、いたとしてもひとつの根にせいぜい1匹くらいでしかない。

 ところがこれがチビターレとなると話は別で、群れ成すほどではないにしろ、オトナに比べれば出会う機会は断然多い。

 ベラの仲間なので幼魚の体色がオトナと全然違うというのはいつものことながら、この配色、何かに似ていると思いませんか?

 上の写真はヒレを全開にしているためイメージが違うけど、もう少し小さい頃にヒレを閉じ気味にしていると……

 そう、↓ホンソメワケベラのチビターレにそっくり。

 ほとんどの魚にクリーナーとして認知されているため、外敵に襲われることがないホンソメワケベラのチビターレ。

 そのフリをすることによって、幼少期間をサバイバルしているらしいブダイベラのチビである。

 でも慧眼なるヒト科ヒト属のダイバーであれば、ブダイベラのほうが体高が高いとか、ホンソメワケベラのチビには無いアゴからお腹へと続く2本目のラインがブダイベラにはある、ということですぐに見分けがつくことだろう。

 それよりもなによりも、ホンソメワケベラは自らがクリーナーであることをアピールするため、体を上下にピョンピョン跳ねるように泳ぐのに対し、ブダイベラにはそこまでの芸は無いことでも見分けられる。

 せっかくホンソメワケベラのチビターレに似せてサバイバルしているのに、ホンソメワケベラのチビターレがいないところで暮らしていたんじゃ意味が無いからだろう、ブダイベラのチビターレはホンソメワケベラのチビターレが居るところで会うことが多い(↓この写真のどちらがブダイベラか、おわかりですね?)。

 すると、ちょくちょくこういうことになる。

 ブダイベラと同じく、幼少時にホンソメワケベラの幼魚のフリをすることによって世渡りしているミナミギンポのチビとツーショット。

 ここにはちゃんとホンソメワケベラのチビもいるので、彼らがこの体色でいる意味はちゃんと活かされている。

 そっくりさんとして巧妙に世渡りしつつ、本家ホンソメワケベラにはしっかりクリーニングケアをしてもらうこともある。

 ↑このころにはブダイベラの幼魚のほうはやや成長しており、オトナの階段を昇り始める印の尾ビレの黄色い帯が出始めている。

 この黄色い帯がクッキリハッキリしてくるにつれ、ホンソメワケベラの幼魚に似ていた体色は徐々に別のものに変わっていき、特徴的だった青いラインが薄れていく。

 青いラインは最後には目の上だけに残され……

 チビターレ時代は海底付近にいることが多いブダイベラも、これくらいになると行動範囲は随分広がって、根の周囲の上下左右を広く行き来するようになっている。

 そしてオトナのホンソメワケベラにクリーニングケアをしてもらえるようなサイズに成長している。

 ほどなく、幼少時に青いラインがあったことなどつゆほども感じさせない体色になる(冒頭の写真)。

 ここまで育ったものに会う機会はチビターレに会う頻度に比べると遥かに少なく、さらに立派にオスオスした成熟オトナに出会うことは水納島では滅多にない。

 南方の海で撮られた成熟オスオス個体は毒々しいまでに赤味が増しているようなのだけど、なにしろ海中で出会うことはたまにあっても撮るチャンスに恵まれないものだから、水納島のアダルトブダイベラも南方系のブダイベラのように毒々しい色をしているのかどうかがわからない。

 もっとも、たとえ赤味が増していようとも、出会いがいきなりそんな成熟オトナだと、単なる地味地味ジミーなベラにしか見えないかもしれない。

 その点、子供の頃から彼らの様子を観ていれば、貫禄たっぷりなアダルトな世界にも興味を掻き立てられるかもしれない?

 ところでブダイベラは英名でChiseltooth wrassと呼ばれているそうだ。

 「鑿の歯のベラ」って、いったいどんな歯をしてるんだろう?

 おお、たしかになんでも彫刻できそうな歯…。

 どうやらチビの頃からこの歯のようで……

 「幼魚はクリーニング行動をする」という記述もチラホラ見受けられるけれど(ワタシは観たことがない)、こんな歯でクリーニングしてもらったら、ヒレやウロコを彫刻されてしまうんじゃあるまいか……。

 追記(2022年9月)

 砂底の根では幼魚から若魚のブダイベラにはしばしば会うことができても、毒々しいまでに赤味がかった大きなオトナのブダイベラに出会う機会は滅多にない。

 本来の生息場所は、もっと潮通しのいい深いところなのかもしれない。

 …と思っていたところ、今夏(2022年)ふと立ち寄った岩場のポイントの深場で、一瞬ブダイベラとは思えないほど大きく育っているオトナに出会った。

 やはりけっこう毒々しげなカラーリングだ。

 すぐそばにもう1匹同じくらいのブダイベラがいたのだけれど、そちらの色味は多少異なっていた。

 求愛その他のわかりやすい行動は披露してくれなかったから定かならないものの、これはオトナの雌雄ということなのだろうか?

 その場合、どっちがオスでどっちがメスなんだろう?

 いずれにせよブダイベラのオトナたちは、こういうところで暮らしているのだろう。