水納島の魚たち

ミナミギンポ

全長 10cm

 よく表情が顔に出ないヒトのことを

 「魚のような…」

 と例えることがある。

 しかしこの笑顔を見れば、とてもそんなことはいえない。

 ミナミギンポの仲間たちは、誰も彼もみんな微笑仮面なのだ。

 穴から出ると、このような体つきをしている。

 ホバリングしているときにはわりとこのように背ビレや尻ビレを広げているのだけれど、泳いでいるときなどはヒレを閉じていることが多いため、見た目は鉛筆のように細長く見える。

 そうやって泳いでいる時でも、その口元には微笑みが浮かんでいる。

 その微笑みがなぜ「仮面」なのか。

 なんと彼らは、他の魚のヒレや鱗を、瞬時の早業で囓りとるのだ。

 この笑顔にだまされ、痛い目にあった魚たちは数多い。

 5〜6秒の短い動画ですが、画面真ん中の細長い魚がミナミギンポで、右から来るスズメダイ類に一撃を加えます(早すぎて見えないですけど…)。

 ヒレを齧りとる瞬間など、素早過ぎてそうそうつぶさに観ることはできないけれど、誰も知らない刹那に、ふとその本性を垣間見せることがある。

 微笑を浮かべていたはずの彼が、一瞬……

 キャーッ!!

 露出オーバー&ピンが甘すぎという悔いが残るものの、彼の本性を暴いたという意味では、ピューリッツァー賞ものかもしれない……。

 単にアクビをしているだけです。

 普段は穴に入っているから、それだけでも防衛策としは充分なように思えるのに、ミナミギンポの幼魚たちは、また別のセキュリティ対策を講じている。

 体色が、クリーナーで有名なホンソメワケベラの幼魚にそっくりなのだ。

 ちなみにホンソメワケベラの幼魚は↓こんな感じ。

 ホンソメワケベラは子供の頃から他の魚の耳鼻咽喉科&デンタルクリニックとして活躍しており、魚たちの社会の掟上、まず襲われることはない。

 そんなホンソメワケベラの幼魚とそっくりな色をしていれば、他の魚に襲われる心配はないうえに、あろうことか相手がケアを受けるべく身を委ねようとして油断している隙に、まんまとヒレや鱗などを囓りとってしまうのだ。

 さすが微笑仮面、なかなか抜け目がない。

 ホンソメワケベラ幼魚のフリ生活がよほど快適なのか、オトナになっても黄色くならないタイプもいる。

 ホンソメワケベラの幼魚のフリをしていようと、微笑の陰で悪さをしようと、この微笑みがすべてを水に流してしまう。

 ある意味得な魚ではある。

 追記(2020年4月)

 今年(2020年)1月のこと、砂地の根の上で、やけに気前よくヒレを全開にしたままでいるミナミギンポがいた。

 細長い魚がヒレを閉じたままだとなんだか貧相に見えるから、なるべくならヒレを開いている姿を撮りたいところ。

 とはいえこのテの仲間は、わりとヒレ全開を見せてくれることはあっても、常時全開状態でいてくれることはない……

 ……と思っていただけに、意外なサービス精神に驚いた。

 ヒレ全開状態でヒラヒラしつつ、ときおり思い出したように他の魚に齧りついては、追っかけられているミナミギンポ。

 これだったらいつでもヒレ全開(腹ビレ以外)状態が撮れるじゃん。

 同じ根にもう1匹アヤシゲにヒレを広げたままのミナミギンポがいて、そちらも同じようにずっと全開状態でヒラヒラしていた。

 ヒレ全開大盤振る舞いもさることながら、なんかミョーに両者の色合いが違う。

 後刻あらためて写真を観比べてみると、全体的な色味以外にも違いが3つあることが分かった。

 ひとつ目は、2本ある体のラインのうちの、上側のラインの太さ。

 下の写真の子のほうが明らかに太い。

 過去に撮った写真も見くらべてみたところ、上側のラインはたいていの場合下側よりも細い。

 なのに幼魚の頃は上側のラインが主で、下側は薄い痕跡程度でしかない。

 気がついたふたつ目の違いは、背ビレ前縁の色。

 ビミョーに異なる色味の子のほうが、ちょっとばかし赤く色づいている。

 天下の大御所写真家・大方洋二さんのブログを拝見したところによると、ミナミギンポのオスは、やる気モードになると、

 「青いラインが鮮やかなり、さらに背ビレも赤紫の婚姻色になる。」

 とある。

 ということは、ビミョーに色味の異なる子はやる気モード寸前のオスで、ノーマルカラーの子はその「やる気」を受け止めるメスってことだったのか??

 3つ目の違いは尻ビレ。

 尻ビレの前端が、なぜだか白くなっているのだ。

 小さい写真じゃ傷だかゴミだか寄生虫だかわからないから、拡大。

 いったいなんだ、この白い模様。

 ひょっとしてオスの印とか??

 まずは自分の手持ちの写真で調べてみたところ……

 他にまったく無し。

 ネット上に数多ある写真を見てみたところ……

 他にまったく無し。

 ミナミギンポの婚姻色として説明されてないかどうか調べてみたところ……

 そのような記述はまったく無し。

 うーむ……この子だけのスペシャルマークなのだろうか。

 いずれにせよこのビミョーに色味が異なっている子は婚姻色を出しているオスであることは間違いなさそう。

 でもこれを観たのって……1月なんだけど。

 クロスジギンポもそうだったように、産卵行動は初夏以降と思われていたこれらのギンポたち、実は真冬から励んでいるってことなんじゃ??

 追記(2021年5月)

 ミナミギンポたちの繁殖期は、遅くとも5月には始まっていることが判明した。

 とある砂地のポイントの、リーフ際の浅いところにハマサンゴが死んだ跡と思われるドーム状の大きめの岩があって、GW頃からその岩の表面にいろんなギンポたちが顔を出している状態が続いていた。

 そのなかにはミナミギンポの姿も。

 ミナミギンポがこれほど浅いところにいるのはけっこう珍しい。

 ミナミギンポは普段の生活でもこのように穴から顔を出しているから、こういうシーン自体は珍しいわけではないけれど、ファインダー越しに観ていると、いつもと違ってなんだか体がプルプル震えている気がする。

 特に顔の先だけ外に出している時にそれが顕著だ。

 ん?

 このプルプル動きは、もしかしてヒレを小刻みに動かしているのでは??

 穴の中でヒレを小刻みに動かすその目的は……

 …卵か!?

 ゴキゲンそうに空を眺めているところをお邪魔して、覗かせてもらうことにした。

 すると……

 卵だ!

 矢印の先あたりを拡大。

 おお、目玉キラキラの卵が!

 その他入口周辺に近いものほど、まだ目玉ができるほどではないくらいの、発生段階の異なる卵が巣穴の壁にビッシリ産み付けられてあった。

 この卵たちに新鮮な水を送るために、ずっとプルプルしていたのだなぁ…。

 ところで今さらながらだけど、このように巣穴で卵を守っているのは、オスなんでしょうか、メスなんでしょうか。

 孵化まで日数がかかる卵の場合、次回の産卵に備えてその間も栄養補給に時間を費やす必要があるメスは食事に専念、オスが卵を守る、という傾向がある魚たち。

 とすると、このミナミギンポはオスってこと?

 でも卵を守っているオウゴンニジギンポの尾ビレの雰囲気は、メスっぽいんだよなぁ…。

 ちなみにミナミギンポが卵を守っているそばで、せっせと食事(他の魚のヒレやウロコを齧る)に精を出している別のミナミギンポがいた。

 この子がすぐ近くの巣穴で卵を守っている子の伴侶だとするなら、先述の「ミナミギンポのオス印」(推定)が無いから、メスということになる。

 ってことは、オスが卵を守っているの??

 なんか、5年前にはどっちが卵を守るのか知っていたような気がするのに、わからなくなってしまった。

 ご存知の方、テルミープリーズ!