水納島の魚たち

クマドリ

全長 25cm

 砂地のポイントなら、リーフ際の浅い所からけっこう深い砂地の根まで、広い範囲で観られるクマドリ。

 もちろんその名前は、全身を彩る模様が歌舞伎役者の隈取りのよう…というところに由来している。

 ただしこの隈取り模様、雌雄で違いがある。

 メスは↓このように顔までビッシリ入っている。

 それに対しオスは、模様が入っていない。

 雌雄で模様の違いが観られるこの鼻筋(?)部分はフォルムにも違いがあり、内側に向かって緩くカーブしているのがメス。

 オスは、整形女優のようにまっすぐ一直線になっている。

 体のサイズも、オスのほうが大きい。

 一方、数多いモンガラ類の中でも警戒心最強のクマドリチビターレは……

 顔に模様が入っており、鼻梁はメスのようにカーブしている。

 なにしろ警戒心が強いものだから、出会えてもそうそう撮れないクマドリチビターレ。

 なので、写真に残しているのはかろうじてこの子だけ。

 そこでネット上で散見されるクマドリのチビを観てみると、同様の特徴のものばかりであることに気づく。

 ということは、クマドリってメス形態が基本で、そこからオスになるモノが出てくる雌性先熟の性転換をする魚なのだろうか。

 モンガラ類の性転換話なんてこれまで目にしたことも聞いたこともないのだけれど、ひょっとして今では常識になっているとか?

 それはともかく、クマドリチビターレの模様は、オレンジ地にブルーのストライプが入っているように見える。

 それがオトナになるとまるっきり逆になるあたり、イソモンガラと同じような地色の逆転だということに今さらながら気がついた。

 また、オトナは頬のあたりに黒い隈を出していることもある。

 尾柄部の黒斑は常時あるのに対し、この頬の黒い隈は出したり消したり自由自在で、普段はさほど気にならない程度なのに、体の色を淡くさせつつやたらとクッキリ出ていることがある。

 きっと気分の問題なのだろう。

 オトナのクマドリは、どこにいてもたいてい単独で暮らしている。

 そのわりには個体数が多いから、出会う機会も数多い。

 ただし警戒心が強いため、じゃ、まぁ1枚…と気安く写真を撮らせてはくれない。

 ところがとある砂地のわりと深い根で、どういうわけだか異常にカメラに対して興味を示すクマドリに出会った。

 レンズを向けるとたちまち逃げ去るかと思いきや…

 覗き込んでくる。

 すぐさま我に返ってその場をあとにするかと思ったら…

 右目で観る。

 左目で観る。

 正面から観る。

 ちょっとつついてみる。

 いっそのこと、齧ってみる。

 しょうがないから反対向けになって観てみる。

 事ここに至り、ようやくクマドリは、ライバル心剥き出しにしていた相手が、レンズポートに写った己の姿であることに気がついたらしい。

 なぁ〜んだ…という気配満載でその場を去っていったのだった。

 この間ワタシはずっとファインダー越しに目と目が合っていたわけで、後にも先にも、クマドリとこんなに長い間目を合わせていたのはこのときだけ。

 クマドリ、けっして逃げてばかりいる魚ではなかった。

 追記(2019年9月)

 卵をケアしているメスならなおさら。

 他のモンガラ類同様、砂底に拵えたささやかな産卵床で、卵をケアするクマドリママに出会った。

 こちらを気にしつつも、卵のケアを優先するクマドリママの姿には、いつものビビリの様子は欠片もない。

 水流を送っている口の先には、クマドリの卵塊がある。

 この千切れたスポンジに見えるところが卵。

 拡大すると、卵に砂粒がまぶされているのがよくわかる。

 水が淀むと卵の周りの酸素が足りなくなるから、クマドリママはセッセと口から水流を送り、酸素を豊富に含んだ新鮮な水が卵に行き渡るようにしている。

 その際、水流を送るだけだとその推進力で体が後退してしまうから、定位できるよう忙し気にヒレを動かすクマドリママ。

 動画の途中でクマドリママがカメラ方向に突進してくるのは、カメラの背後側に、卵に近寄ってくる他の魚がいたから。

 本来はビビリだからカメラが気になって仕方がないところなのに、いざとなると気になるカメラなどものともせず、外敵を追い払うママの強さ。

 その強さは、まったく別のケースで活かされていることもある。

 集団で岩肌に卵を産み付けるオヤビッチャたちは、卵に他の魚が近寄ってくると、それぞれが猛然と追い払う。

 そういう攻撃を受けると、卵がどんなに御馳走でも、他の魚たちはスゴスゴと退散するもの。

 ところがクマドリときたら……

 これほどの集中攻撃を受けながらも、頑なにその場を離れず、岩肌に産み付けられてある卵を食べ続ける。

 この厄介な闖入者にはオヤビッチャもいささかお手上げ状態のようで、なんだか人身御供を求めて毎年やってくる大江山の鬼を相手にする村人のようなあきらめムードも漂っているのだった。

 この集団産卵場でクマドリがオヤビッチャの卵を食べているのを見かけたのはこの時だけのことではなく、前年のシーズン中にも何度か観かけたことがある。

 クマドリがみんな同じような行動をするのか、それとも味をしめたこの個体だけが毎年うまい汁を吸っているのか。

 意外なほどに打たれ強い、クマドリのご馳走ゲット術なのだった。

 追記(2021年10月)

 顔周辺の模様の違いで雌雄を見分けることができるクマドリではあるけれど、体の模様はみんな同じ縞々ストライプ……

 …かと思いきや、過去に撮った写真を見返していたところ、このストライプ模様はオトナになると個体ごとにけっこう異なっていることに気がついた。

 個体ごとにこんなに差があれば、個体識別も可能なんじゃね?

 …と思いつき、模様に注目してさらに写真を見くらべてみたところ…


2017年5月撮影


2020年6月撮影


2021年1月撮影

 同じポイントで撮ったこの3枚の写真に写っているクマドリは、みんな同じ子だった!

 クマドリといえば、どこで潜ってもいつでも会えるからたくさんいるモンガラ…と思っていたけど、実はポイントごとにいつも同じ子と会ってばかりだったりして…。

 それはともかく、2017年からお付き合いが始まっているらしいこのクマドリのメス、最後に写真を撮ってから9ヵ月経っているけど、今も元気にしているかな?

 …オスになっていたりして。